「女だよ」

 ゴールデンウィークにカヤノンと僕とで久内さんの家に遊びに行った。

 自宅通学生の彼女の部屋はすさまじかった。


「壁が、無い・・・」


 四方、本棚なのだ。


「あれ? これって」


 カヤノンが何気なく本棚に手を触れると、すっ、と横に移動した。


「二段じゃん」

「うん」

「何冊あるの?」

「さあ。数えたことないから。それにこの部屋の本は常時読むのに手元に置いてある分だけ。父さんも母さんも本読みだから、1階に12畳の書庫があるよ」


 うらやましい。


「カヤノンの家もこんな感じ?」


 現実に戻ろうと僕はカヤノンに振る。


「ううん。わたしの部屋はすっきりシンプル。代わりに、これ」


 彼女はバッグからタブレットPCを取り出し、アプリを上げる。


「今や電子書籍でしょ」

「ちょっと待って。これ何冊入ってるの?」

「え・・・と。よっ、と・・・うん、1万3000冊」

「え? ええ? 仮に1冊1000円だとして・・・」

「1300万円。まあ、そんなことはなく、文庫化されてるやつとか割引とかもあるから、700万円ぐらいじゃないかな」

「うわ・・・」

「あ、でも誤解しないで。高校の時から本代だけはバイトで全部稼いでたから」

「バイト?」

「そう。平日は毎日カフェ。土日は日中ファミレスで夜はカフェ」

「それやって、本もこれだけ読んだの?」

「うん。言っとくけどわたし、受験勉強まともにやってたら東大行ってたと思うよ」


 多分、ほんとだ。吐き気がしてきた。



・・・・と、こんな本フリーク2人に僕は今朝のもう1つの収穫を見せる気になった。


「ねえ、久内さん。カヤノンも。これ、ちょっと凄いよ」


 スマホでブックマークした、その”短編”を見せた。


「”花に譬えて朝顔の”?」


 カヤノンに僕は解説する。


「うん。人間は朝顔にのっかってる露のひとしずくみたいに脆くて儚いって。短い文章だから、まあ、読んでみてよ」


 2人は頭をこすりあうようにしてスマホを覗き込む。いい? と久内さんがカヤノンに確認を取りながらスクロールする。どうやら2人とも読み終えたようだ。


「ふーん」

「ちゃんと韻を踏んでるよね。一気に読めちゃった」

「でしょ? 内容はとてつもなく深くて情報もびっちりなのに、澱みなく最後の行まで読ませる。文章力が半端ない」

「矢部っちが人の文章褒めるなんて珍しいな」

「真に素晴らしけりゃ素直に感動するさ。カヤノンはどう思った?」

「うーん。うん、歌だよね」

「やっぱりカヤノンもそう思う?」

「うん。これって、歌だよ。文字しかないけど、リズムだけじゃなくメロディーも多分ある。作者の頭の中に流れてるみたい」

「ねえ、わたしにも訊いてよ」

「ごめん。久内さんはどう感じた?」

「なんて言うんだろ・・・文章そのものはすごくさらっとしてるのに、切迫感があるね」

「切迫感?」

「他人事じゃないっていうか、”お前のことだよ!” って叱られてるみたい」

「へえ・・・」

「ほら、ここに ”自分の悪しきは棚に上げ” って一文あるじゃない? グサっ、ってくるよ」

「うん。僕もちょっとこたえた」

「作者のプロフィールは?」


 カヤノンが更に画面をスクロールさせる。僕が答える。


「それがさ、"motto" っていうペンネームしか書いてないんだよ。あとは何もなし」

「キャッチコピーとかあらすじ文も?」

「うん。まったくなし」

「なんだろ。こんなインパクトのある文章、もっとアピールすればいいのに」

「男かな、女かな」

「女だよ」


 女子2人が声を揃えた。

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