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 高校演劇の夏の発表会に授賞式などはない。本当に、ただ演劇を楽しむための発表会なのだ。参加する学校も県内のみ。

 私の母校の演劇部は、秋からの大会に向けて、一年生を舞台に慣れさせるために、夏の発表会では一年生が多くキャストを務めるのだと聞いたことがあった。

 母校の公演が何時からか分からなかったので、私たちはプログラム一番が始まる午前九時から観ることにした。

 発表会がもよおされる会館までは私の車だ。

 佳くんが車に乗ってきた時、桃の香りが鼻腔をかすめた。その香りに、私は先日の車内での出来事を思い出してしまう。

「螢ちゃんも舐める?」

「あー……、あとで貰うね」

「そう? じゃあ、あとでね」

 そんな佳くんの自然な返事に、私は何となく複雑な心持ちで笑顔を返していた。

 会館へは二十分ほどで着く。

 会館の広い駐車場に車を停めると、私たちはゆっくりと入り口へ向かった。

 会館の前にある芝生の広いスペースでは、今日の練習をしている学校が何校か見えた。

 彼らの公演は午後なのだろう。発声をしている学校や基礎トレをしている学校、劇の練習に入っている学校など様々だ。

 私は顧問の姿を探してみたけれど、どうやら外には居ないようだった。

 会館の中へ入り、小ホール入口へと向かう。

 入口の受付けでプログラムを受け取ろうと近付くと、そこには副顧問の松永まつなが紗英さえ先生が立っていた。松永先生とはそれほど話をしたことがなかったので、向こうは私には気付かない。

 ここに彼女が居るということは、顧問の富田とみた泰雄やすお先生も近くに居るはずだ。

 私はごった返すロビーを見回した。

 居た。

 富田先生は、他校の顧問の先生らしき人たちと会話をしている。声を掛けるのは後にした方がよさそうな雰囲気だった。

「螢ちゃんの学校はプログラム二番だね。朝から来てよかった」

 隣で佳くんがプログラムを開いて言った。

「まさか、螢ちゃんが清美きよみ高校の出身だったなんてね」

「うちの高校知ってるの?」

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