手のひらサイズの冒険

HaやCa

第1話

友達に誘われて、午後からは外で遊ぶことになった。夏を一歩前にしたこの暑い季節に何を期待しているのか彼女はとてもうきうきしている。彼女はいつだって好奇心に溢れているし、当然といえば当然のことなのだろう。

 そうやって考えながらのどに伝わる麦茶の冷たさにしばらく浸っていると、家の中にチャイムが鳴った。それが彼女だということはわかっていたので、急いで一階へと降りていく。

踏みしめる階段は苦しそうにキィと鳴いている。


「ねえねえ、今の時期ってクマいるのかな?」

「知らないよ。てか、阿月! あんまり奥行くと危ないってば」

「へーきへーき。こう見えても私頑丈なんだから。骨と皮みたいなあんたよりは大丈夫よ」

「なにその言い方。たしかにやせっぽっちだけどさ、あんまりだってばよ」

 有島阿月はずんずんと進んでいく。行く道に岩があろうが草木が立ちふさがろうが、彼女は意に介さない。阿月の言葉に私がしょんぼりとしていると、彼女はさっさと行ってしまう。

 こんな山奥に来ているのに、ここに私を連れ出した理由を阿月はいっこうに明かさなかった。

 見せたいものがある、とは言ってたけど、それがなんなのかさっぱり見当もつかない。とりあえず阿月を見失うわけにはいかないので、私は必死で彼女の後ろを追う。

頭上の木々には鳥が、足元にはさまざまな昆虫たちが、ここは本当に自然豊かな場所だと思った。


 私と阿月が友達になったきっかけは特にない。気が付けば友達になっていたというのがしっくりくる。入学当初から書道部に所属していた私たちはいつの間にかそんな仲になっていた。

 クラスは別々だったけど、そんなものは小さなことに過ぎなかった。絆とでもいえばいいのだろうか。そんなこと、本人の前じゃ恥ずかしくて絶対に言えないけど、私と阿月を繋ぐナニカはそれだと思う。

 四月が終わって五月に入ったころ、私たち書道部は駅前でパフォーマンスを開くことになった。何を思ったのか部長は私と阿月を主役だと言って、にやにやしていた。

部長の思惑が一体何だったのか今でもわからないけど、それが私たちの仲をより一層強める結果になったのは間違いない。

 テスト週間に入れば一緒に勉強した。その実力を発揮するつもりだった中間テストでは二人とも微塵も力を出せなくて、補習を食らう羽目になったのはいい思い出。

前日に二人でわちゃわちゃし過ぎたのがいけなかった。


 どうして今になって阿月との思い出が蘇るのだろうか。森の静けさが私にひと時安らかな時間をくれたせいだろうか。森林浴、そんな言葉が頭をかすめる。

「おーい、こっちこっちー。菜の花そんなとこで突っ立ってないで早く来る!」

「わかったー今行くー!」

 楽しい思い出がいつの間にやら私を感傷的にさせていた。それは悲しいことじゃないのに、阿月に気づかれないように私はそっと涙をぬぐう。

 高い木々の間を、足元を確かめながら歩いていく。笑顔で手を振り待ち構える阿月の手には、よくわからない枝が握られている。

 彼女の肩口から除く肌が、木漏れ日を受けて夏の色をしていた。

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手のひらサイズの冒険 HaやCa @aiueoaiueo0098

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