お家騒動美濃編

 犬山の動きに応じて防備を固めた。といっても戦力は隔絶している。尾張の残りは織田弾正忠家が支配しており、背後の美濃斎藤家と弾正忠家は同盟を結んでいる。要するに四面楚歌である。普通降伏するだろ?

 土岐家という爆弾もあるが、すでに彼の家に権力はない。しけった火薬だ。援軍の当てのない籠城は緩慢な自殺である。


「信清めの考えが読めぬな」

「自暴自棄とも言えませんねえ」

 小牧山で清須の北の守りを担当している現状、岡崎から手勢を呼び寄せてあった。

 一気に犬山を取り巻いてもいいのだが、後詰の存在がまだわからない。滝川、服部の両名が手を尽くして情勢を探っている。


「殿、美濃に不穏な動きが出ております」

「であるか」

 余裕こいてるようですがハッタリだな。指先がせわしなく動いている。

「報告せよ」

 とりあえず保長に先を続けさせる。

「山城守殿と新九郎殿の間に不穏な空気が漂っております。新九郎殿は土岐の血を引くとかいう与太も出回って押すようで」

「新九郎殿の母上はたしか土岐の妾であったな」

「左様にございます。それゆえ妙な信ぴょう性もあり……」

「確かめようもないか」

「吉殿、危険じゃ」

 無言でこちらを見て先を促す。

「道三殿の立場は危うい。隠居とはいえ隠然たる勢力がある。親子喧嘩ではすまぬかと」

「であれば?」

「おそらく信清めは尾張の耳目を引き付けるおとり。いざとなれば川を渡って美濃に逃げ込むのでしょう。遠山とのつなぎもおそらくそこかと」

「続けよ」

「国内の動きもそうで、身内に裏切り者がいるかはわかりませぬhが、それを疑えば動きが鈍る。林らの動きも囮かと」

「東声撃西か」

「そこで下手に動けば跳虎離山ですな。例えば那古野に不穏な動きがると思わせるだけでも信清の命脈は伸びる。そうなれば……」

「美濃に介入する期を失うか」

「ですな」

「一益! 林美作に命じて犬山を取り巻かせよ」

「はっ!」

「清須に伝令を、勝幡、黒田の物資を使う許可を得るのじゃ」

 とんでもねえな。これはどっかのサルがやった大返しの走りじゃないか。

「武具もそろえさせましょう。国境でよろしいか?」

 その問いに吉殿は意を得たりと笑みを浮かべた。

「であれば、川筋の者を味方に付けるがよいかと。滝川殿、お主が伝手はいかがか?」

「むろん、あり申す」

「でかした! ではすぐに手配せよ。明日には川を渡ると申し伝えるのじゃ」

「吉殿、ここは船橋を使いましょうか」

「船橋? それはいかなるものじゃ?」

「川に浮かべた船の上に板を渡し臨時の橋とします。すぐに落とせるゆえ追撃を断つのにも良いかと」

「名案じゃな!」


 さて、この時代の常識を語ろうか。そもそも完全武装の武者はおのずと足は鈍る。故に軽装で走らせる。物資も行く道々で食事と水を補給する。例えば小牧から兵が出ればすぐに通報されるだろう。

 普通に移動すれば1時間に半里がいいところだ。時間にして四刻がいいところか。戦う余力を残しながらだとそのあたりになる。であれば、2日はかかる計算になるし、出発前の準備も入れると3~4日はかかるとみるだろう。

 賤ケ岳でサルがやったのは大垣から賤ケ岳まで十三里(52キロ)を一晩で駆けた。であれば、昼頃に出発して夕刻には国境に着く。そこから準備をして向かえば明日の朝には国境を渡ることができる。

 大垣は一度織田の手に落ちていたことがある。だからと言ってこちらが攻め入って降伏はしないだろうがね。だが、多少の土地勘はある。

 道三殿は鷺山にいるそうで、うまくすれば勢力を二分した片方との同盟は維持できるだろう。

 大きく分けると西美濃は比較的道三の与党が多い。東は新九郎義龍の勢力下であろう。

 大垣を取れば不和の関までは少し。機内への陸路が開ける。であれば商圏としてはかなりおいしい。ここは奇貨を居くべきだろう。


「大垣を抜く。舅殿には悪いが出汁になってもらおうか」

「彼のマムシ殿を取り込むおつもりですか?」

「ふん、国を追われたマムシなど使い道はない。なれば我が看取ってやるにやぶさかではない」

「嫁さんの父親を大事にしたいってことですねわかります」

「ふん、言うようになったな。だがお前は我の弟であろうが」

「まあ、実の父の死に目には間に合いませんでしたし。義父殿には孝行したいものです」

「であるか。見上げた心がけよな」

「でしょう?」

「まあ良い。それと、お市を泣かせたら……わかっておるな?」

 こわ! こっわ! マジ殺気向けてきた! そりゃ髑髏を抜かれて見世物にされるわ。

 まあ、あの頃は浅井と朝倉との抗争で身内何人も死んでたしな。森三左も逝ったし。


 翌日、濃尾国境は大混乱になっていた。ただでさえ不穏な情勢になっているうえに、道三殿に味方すると尾張勢がなだれ込んできたわけだ。吉殿の威令は行き届き、狼藉一つない。尾張から兵糧も潤沢に補給される。その戦力に美濃勢は驚きを隠せない。

 そりゃこの時代で敵地のど真ん中、現地調達なしで軍を維持できるとかどんだけよって話だからな。道三支持を表明した国人豪族を味方につけ、道三が陣取る鷺山に向け行軍する。

 稲葉山は大混乱らしい。招集を命じた兵もいまだ到着せず、一番まとまった戦力が尾張、三河連合軍であることからもその混乱ぶりがわかろうというものだ。


「さすがは金華山と世にうたわれた城であるな」

「落とせますかね?」

「無理じゃろ。内応者でも出なければな」

「そんな準備は……?」

「する暇があったと思うか?」

「であれば、境目を決めて和睦ですな」

「それしかなかろう」


 当事者を放置して俺と吉殿の相談は微に入り細を穿つかのように進んでいくのだった。

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