三河統一に向けて
織田との話し合いは特に変わったことはなかった。三河の支配権を確立することが当面の目的となる。技術についてはこちらがある程度供与する持ち出しとなるが、開発資金は織田が持つことで、今まで通りとなった。
あとは市姫との婚約も改めて確約された。取り込んだ豪族を支配下に置くためのよくある方策ともみられる。長篠城を守り抜いた奥平氏に、家康は娘を嫁がせた。離反を防ぐためのなりふり構っていられない大盤振る舞いであったことは否めないが、あの状況で長篠を抜かれたら、三河中央部を一気に分断されていた。となれば領土の東の過半は失陥し、岡崎周辺を残すのみとなる。要するに滅亡へのカウントダウンだ。
織田は俺が供する技術で利益が出る。俺はその利益を再投資して更なる技術開発を行う。まさにWin-Winの関係だ。
支配下に置くための婚姻ではなく、パートナーシップの確立と言っていいだろう。などと考えているのは半ば現実逃避である。というのは……。
「竹千代ー、わらわと遊ぶのじゃー!」
うん、市姫が岡崎に送り込まれたからである。正式な婚儀は後日となるが、信頼の証じゃと苦渋の表情で絞り出すように伝えてきた信秀様と、満面の笑みを浮かべる吉殿と平手殿が対照的だった。
織田家との関係が明確になったことで、豪族たちや松平一門との力関係も変わった。横並び意識のあった空気の読めない連中が当家にも織田の姫を! などと申し出を行い、門前払いを食らっていた。
「松平の総領家ゆえに当家の直系の姫を嫁がせたのだ。それとも貴殿は総領家への謀反を企むか?」
もうばっさりである。一刀両断である。この対応によって織田家はうちとの対等の同盟を結んだ。その他大勢は松平宗家に従えと通告したわけである。
となれば、仮に反旗を翻したとしても後ろ盾がない。今川はもはや遠江から出てくる気配がない。一度使者を送ったが服部党による防諜網に引っかかり書状が送りもとに返送されてきた。二度目はないとの伝言付きで。
そしてそんなさなか、合戦に備えての演習が提案された。実際に干戈を交えてしまってはお互い引けなくなる。そのため禍根を残さない方法としてひねり出したわけである。
今回は野戦で決着をつけることとした。松平宗家の手勢1000と、三河豪族連合1200が向かい合った。隊列を組まずそれぞれの大将に従ってばらばらに向かってくる攻撃は、長槍部隊の槍衾と、弩兵と速射性に優れる短弓兵による濃密な射撃に跳ね返され、具足ではなく、鎖帷子などを着こんだ軽装の兵による側面攻撃を受けて総崩れになった。
それでも最後には散発的な攻撃だから通用しないと考えた連中による一斉攻撃を仕掛けてきた。徐々に押し込まれる長槍隊であったがそれは罠である。背後に回り込んだ本多正重率いる斬り込み隊にさんざんに叩かれ、総崩れになった。
軽装歩兵の最大の利点は機動力にある。というか以前から配備を進めており今回が演習とはいえ初の実戦投入である。というか、流民から編制した兵で、銭雇いの常備兵たちだが、ひたすら走り込ませた。来る日も来る日も山野を駆け巡った。
装備は鎖帷子に小手、脛当て、鉢金と動きやすさを最も重視していた。鎖帷子にした理由は装備を軽くすることと、熱気を籠らせないためだ。冬場には別の装備を考えているが、当面は保留。
歩兵が回り込む距離は大体決まっている。到達時間もだ。それをわずかでも上回ることができれば相手にとっては奇襲となる。一定のリズムで歩かせ、走らせ、そのリズムを徐々に早くすることで並足の行軍で速足行軍に匹敵する速度を出すことができた。
今は一部の精鋭のみであるが、常備兵になるための必須訓練としてゆく予定だ。
彼らは何かと衝撃を受けた。一部の豪傑の力によってではなく、兵の装備を均一に整え、兵科を設立したこと。戦いのみに特化した兵を雇い続ける財力。革新的な技術を用いた今までとは全く違ったいくさの形にだ。
そして最後に示威行動ではあるが200の鉄砲隊の射撃訓練の公開である。農民兵の中には鉄砲の轟音に腰を抜かすものも出た。そして蜂の巣になる胴丸を見て鉄砲の威力を目の当たりにしたことで、当家の力を実感できただろう。
鉄砲一丁当たりの価格と弾薬の価格にも驚いていたがな。戦わずして勝てれば今回の出費も安いものである。織田家への技術アピールも同時進行でできたしな。正樹に一石二鳥である。
こうして三河の豪族たちはうちに頭を下げてきた。力ずくな部分が必要なのは戦国の習い。しかし、そのたびに人が死んでいてはいろいろと困る。なんだかんだで国力とは人口なのである。
などとやっていたら遠江から使者がやってきた。今川から和睦の打診である。俺は再び難題に晒されることになったわけである。
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