裏舞台なんてものはそれなりにグダグダしているモンだ

 喜六郎は見事に任を果たした。弾正忠様から銭を引っ張り出したのである。対価は入浜式塩田の技術だが、概要だけである。ただし伊勢湾は海岸線が長いということでもある。塩田に適した場所は探せばそれなりに出てくることであろう。


「塩の増産が成れば美濃との交易で有利になるからな」

「父上もそう言ってました。というか、兄上になっちゃったんですねえ」

「複雑な気分ではあるが、どうせ前世でも種違いの弟妹は居たからな。気にしても始まるまいよ」

「それはそうですね。あとは父上は嫌がる女性を無理やりって事はしませんし」

「保護の代価だ。ギブアンドテイクだな」

「ドライですねえ」

「でなきゃ戦国武将なんぞやってられんよ」

「確かにそうですね。こっちの前世でもいろいろやってますし」

「長島焼き討ちとかか?」

「あれは戦でしたから。むしろ荒木の人質処断とかは、ねえ」

「後味が悪いと言えば秀次事件だったな。年端も行かぬ最上の姫を処刑する必要があったのか。子を成すこともできないような」

「ですよねえ。けどぼけ老人なんざそんな理屈は関係ないんでしょうね」

「全く、老害と言うものは困ったものだ」

 ひとしきりぼやいた後喜六郎が話題を変えてきた。

「そういえば兄上」

「兄上って、吉殿がいるだろ? 後勘十郎君とか」

「勘十郎兄はなんか最近アレなんですよね」

「ほう?」

「兄上に追い付け追い越せって武芸鍛錬と学問に余念がないのです」

「ブラコンだったよなあ。捩じらせすぎて家督争いになってたのか?」

「かもしれないですねえ。なんというか、刺客は家臣の勇み足だったぽいですけど」

「まさか成功するとはッてやつか」

「ちなみに、私の時の歴史では殺してなくて、織田の名を捨てる条件で追放したんですよね」

「そうなのか!?」

「ええ、本能寺の出来レースの後再会しましたよ。末森の寺にいたそうで」

「そんときは小牧の戦か。足元でいろんなドラマがったもんだなあ」

「歴史なんざそんなもんです」

「つーかあれか。別動隊の動きを通報してきたのって……」

「てへ?」

「まあ助かったからいいけどな。まあ今回はそうならんようにしていこうか」

「ですね。そうそう、兄上と父上がたまには顔を出せと言ってましたよ」

「それは最初に言ええええええええええええええええええ!!」


 というわけで、平八郎を城代に任じて尾張にやってきた。出発時のごたごたを思い出すと頭が痛い。


「殿、なんでわしを連れて行ってくれないんですかあああああああ!?」

「平八郎、聞き分けよ。そなたは松平軍の顔となっておる。そなたが岡崎で睨みを利かせれば俺は安心して出かけられるのじゃ」

「しかし、わしは殿を生涯守り抜くと誓い申した!」

 プロポーズかよ。嫁と子供が泣くぞ?

「お前ほどのもののふにそう言われるは武門の誉れよ。まこと俺は果報者じゃ」

「殿おおおおおおおおおお!!」

 いい年こいたおっさんが鼻水たらしながら泣くなよ……しかも暑苦しい。

「故に、俺はお前に帰るべき場所、岡崎を預けるのじゃ。弾正忠様に会って来るだけじゃ。虎次郎と正重もおる故に心配は要らぬ」

「承知いたしました! 留守はお任せを!」


 ちょいと出かけるだけで何この騒ぎ。「わしの代わりに鍋乃介を連れて行ってくだされ!」って、まだ乳飲み子じゃねえか。どうしろと。

 ため息を吐いていると喜六郎がこっちに来た。

「いやー、忠臣ですねえ」

「お前、わかってて言ってるだろ?」

「それはもう。笑いこらえるのに必死でした」

「草生やすんじゃねえ」

「はっはっは。そんな表現うちらしかわかりませんよ?」

「まあなあ、わかってたらお仲間ってことだが。ほかにいるのかね?」

「兄上、それフラグ」

「まさかね。噂をすれば影がさすってか? ちなみに、元ネタって魏武って知ってた?」

「ああ、あれですね。曹操のうわさをするといつの間にか曹操が後ろにいるってやつ」

「さすが歴オタだな」

「兄上ほどではないですよ。説教するとき必ず漢籍を引用するし。説得力増してますよね」

「ガキの言葉よりも元ネタがあった方が聞き入れやすいだろ?」

「なるほど、いろいろ考えてますねえ」

「そりゃ元天下人だからな。ってお前もだろ?」

「まがい物ですけどね。兄上の怨念が取りついてああしろこうしろって指図してきますし」

「よくそんな生活30年もやったなあ」

「というか、光秀も本当は死ぬはずじゃなかったんですけどね。なぜか死んだのって兄上の怨霊じゃないですかね?」

「さらっというなよ。笑えねえ」

「というか、うちらの頭にいる別人格も似たようなもんでしょ?」

「たしかになあ」

 などと話しているうちに今夜の宿所となる鳴海城が見えてきた。先触れを出し、佐久間殿の出迎えを受けつつ俺たちは入城するのであった。

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