大和守家の落日

 発端は武衛様が古渡の城に逃げ込んできたことから始まる。大和守信友殿が、弾正忠を謀反人として討伐する許可を求めに来たらしい。

 ぶっちゃけると武衛様からすれば自分はただの神輿だ。だから誰に担がれようとそれほど違いがない。そして、朝廷に献金して、勤王の志を見せ尾張織田家の名を上げている弾正忠信秀の方がまだ自分を大切にしてくれるのではないかと思うところもあったようだ。

 守護代は大和守家も伊勢守家も守護を利用することしか考えていない。しかし自分には力がない。ならばより「ましな」担ぎ手を求めたというところか。

 もともと主筋に当たるわけで、大義名分はない。いや、無かった。しかし今は武衛様がこちらの手にある。そして武衛様の名前で大和守信友の討伐令が出されたのだった。


 迎撃の支度を整えながら、吉殿と信秀殿が実に物騒な会話をしていた。

「親父殿、見事な仕込みよな」

「三郎、何を言うておる?」

「大規模な試し合戦で当家の力を見せつける。同時に武衛様を抱き込んだのじゃろうが」

「ふん。まあ、思ったより早かったの」

「那古野勝泰か。武衛様の家臣をあらかじめ内通させていたわけじゃな」

「その情報何処から探ってきた?」

「くっくっく、親父殿といえど言えぬわ」

「甲賀の忍びか」

「言えぬな」

 事実上の肯定じゃないだろうか。まあ、滝川殿の出どころは近江としか言ってないが、そこから想像はつくか。

 ところで、俺も今回、本陣詰めの小姓として参陣する。数え7歳なんだけどな。まあ、戦国時代には労働基準法も児童福祉法もない。けどいつかブラック労働を強いる大名や土豪を駆逐して見せる。って違うか。

 那古野と清須のちょうど中間地点で両軍は対峙した。弾正忠家は三千。大和守軍が二千五百。数はこちらが優位だ。しかし岩倉から援軍が向かっているという報告が上がっていた。その数が二千で合流させると厄介なことになりそうだ。

「まあ、あれだ。信友の軍は1日で蹴散らす。そして清須を落とす。さすれば岩倉は自落するじゃろ」

「親父、大きく出たな」

「ふん、そなたの手並み以上のものを見せねば、儂は来年にでも隠居させられるわ」

「しても良いのだぞ?」

「ふん、まだまだ息子には負けぬ」

 なんだろう、普通に考えたら心温まる会話のはずなんだが、ひたすら物騒だ。しかもなんであんたら獲物を見つけた獣みたいな笑みなんですか。

「では清須を落とすは我に任せよ」

「ふん、丹羽の子倅か」

「なんじゃ、知っておったか」

「武衛様の家臣を抱き込んだのはそなたもではないか」

「五郎左は良き器量を持っておってな。我の直臣とするつもりじゃ」

「ふん、此度の事がうまくいけば、じゃな」

「なれば何とかして見せようではないか」

「全く、頼もしき息子じゃの。ほんの半年前までは頭痛の種だったのにな」

「ふん、若さゆえの過ちというやつじゃ」

 認めるんかい! などとやっていると敵陣から織田三位がやってきて口上を述べた。

 主家に逆らう謀反人を討つと。そこに信秀様が反論する。武衛様の命により謀反人の信友を討つと。当然話は平行線だ。まあそうだよね。

 そして、戦端が開かれた。


「かかれえええええええええええええい!!」

 柴田権六の大声が響き渡る。兵たちがいきり立って我先にと突撃していった。さすがに青龍偃月刀は手に入らなかったようだ。代わりに大薙刀を振るっている。

 声の方向を見ると悲鳴と血煙が上がり、敵陣が切り裂かれて行く。

「あれじゃ。関羽といったがあれは呂布かもしれんな」

「方天画戟でも調達しますか?」

「いや、裏切られても困るしな。関羽と持ち上げておこう」

「ですね。しかしすさまじい」

 権六殿の武勇は味方の兵を鼓舞し、敵兵の心を挫いた。一振りで3人の上半身が吹っ飛んだところを見ればそりゃ心も折れるか。

 そして権六殿の隣で槍を振るうは、林美作だった。なぜか高笑いを上げながら大暴れしている。あ、刺した敵兵をそのまま頭上に持ち上げて敵陣に投げ込んだ。返り血を浴びて高笑いする姿魔まさにバーサーカー。勇士を多く抱えることができているのも織田弾正忠家の力である。

 あ、敵の先陣が崩れた。はえーな。

「一益、三左衛門。行け!」

「「ははっ!」」

 吉殿の下知に従い滝川、森の両名は手勢を率いて突撃する。彼らは一直線に突破するのではなく、弧を描くように機動し、敵の側面を突いた。これにより、総崩れとなった敵勢は清須めがけて敗走する。

 そして、彼らを迎え入れるはずの城門は開かない。武衛様の家臣であった丹羽家の手勢が城内を押さえていた。その采を振るったのは元服したばかりの丹羽五郎左長秀である。

「どうしてこうなった!?」

 これが守護代織田大和守信友の最期の叫びであったという。

 そして大和守家の敗軍をあえて北に追いやった。そしてその後をつけるように進軍する。

 伊勢守けは嫡子の信賢が率いていた。そして敗残兵を収容するために足を止めたところで、我が軍の奇襲を受けた。

 敗残兵から1日で敗北し、清須が落ちた情報を知らされることで、信賢は動揺した。そこですぐに退却の命を下せばよかったのだが、迷っているうちに滝川勢の攻撃を受けて混乱に陥った。

 敢えて蹴散らすだけにとどめたが、この事実によって岩倉は揺れるだろう。

 後は熟柿が落ちるのを待つかのように、内部崩壊を待てば良い。戦うにしても降伏するにしてもどちらでもよいのだ。主導権はこちらにある。

 故に今は待つべしとして、清須の安定に力を注ぐこととしたのだ。

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