試し合戦
「かかれえええええええええええい!!」
柴田権六の絶叫で戦端が開かれた。林美作が手勢を率いて寄せてくるが、平手勢の長槍部隊に阻まれ足が止まる。
そこに敢えて速射性を重視した短弓兵による連射で矢襖を張る。中央の攻防はほぼ拮抗していた。
両翼は佐久間大学と、津々木蔵人が率いて押し込んでくる。こちらは兵の練度がもろに出て押し込まれている。
中央だけが突出することを避けるために両翼に合わせて徐々に中央も下がる。中央は善戦しているが全体としては押し込まれ、劣勢に見えることだろう。
そして、当初予定していたラインまで部隊を下げ、頃合いと見た吉殿が采を振る。滝川左近と滝川益重の率いる両翼部隊が喊声を上げて反撃に出た。
どんどんと押し込んでいたため、弱兵と侮っていたこともあり、敵は怯む。そして頃合いを見て全軍をさらに下げた。
俺は信秀様に呼ばれてやぐらに詰めていた。とりあえず吉殿が何かやらかしたら説明を聞きたいということらしい。つーかあれだな、この人、吉殿の勝利を微塵も疑ってないわ。
「どういうつもりじゃ?」
武衛様がつぶやいた。そう、戦況を見ていると不自然なほどに脆く崩れている。かと思えば火の出るような攻勢を仕掛けることもできる。戦い方がちぐはぐなのだ。
その答えはもうすぐ出る。この戦の前に両方が兵を増やしていた。そして吉殿の予備兵力となる部隊は未だ姿を現していない。かといって狭い戦場ゆえに外部を迂回もできないし、試みても発見されるので、無意味になる。
両翼が退いて、中央の部隊も退く。そして殿軍は佐久間右衛門率いる五百。
「槍衾を張れ! 間を詰めて敵を通すな!」
「おおおう!!」
普段は物静かな男のここぞという怒声が戦場に響く。
兵たちは目をぎらつかせ、槍を構えて待ち受ける。そこには多勢の敵に向かう悲壮感はなく、ただ目の前の敵を打ち倒す気概に満ちていた。
先頭の兵が槍を水平に構え逆茂木のように突き出す。これで足が止まった敵兵の上に垂直に立てられた槍身が振り降ろされる。
陣笠や兜があっても加速のついた槍身が降ってくれば防げるものではない。そしてここで投入されたのが百の弩兵だ。
弓はどうしても山なりの軌道を描く。そこに水平方向に矢が放たれたのだ。
余談となるが、戦国時代での戦死の原因で、最も多いのが矢に当たることだ。槍や刀は未だ防ぐことができる。しかし、矢は避けようがない。盾で防ぐのが最も現実的な方法となる。
良く槍を振り回して矢を防ぐ姿が描写されるが、与太でしかない。四方八方から降り注ぐ矢襖を槍一本で防ぎきれるのならそれは人間ではないと言える。
水平射撃によって敵の攻勢の足が止まる。機を見て佐久間右衛門が采を振るう。敵は反撃が来ると足を止めるが、彼の出した命は撤収であった。
そして、後を追った敵勢が目にしたのは、即席であるが土塁と柵が建っている簡易ながらも砦と呼べるものだった。
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「なんじゃと!?」
さしもの柴田も驚きの声を漏らす。戦端が開かれて半刻も経っていないのだ。
種明かしをするなら、事前に準備していただけなのだ。柵は組んであったものを引き起こして固定しただけで、がっつりと押し込まれたらすぐにでも破られるだろう。
しかしはた目にはそうは見えない。敵勢は動揺していた。
「くっ、こけおどしじゃ。かかれ! かかれ!」
思考停止することなく即座に攻撃命令を下すあたり、彼も優れた将だ。しかし、ここは様子見をすべきだった。正面の虎口とみられる地点に攻勢を集中した。このあたりの判断も見事である。味方は土塁の上から水を流す。すると足を取られた兵が泥人形のようになって足が止まる。
そして虎口の左右に突き出すように張られた柵の中から弩兵が射撃を開始した。
射撃の方向だけを決め、いちいち狙いを付けないことで、射撃速度の向上を図る。というか、速射性に劣るためこうしないと矢衾にならない。
間隔を詰めるため短弓兵による射撃も並行して行わせる。こうすることで、盾の向きを固定させないようにする。水平射撃に合わせて盾を置けば頭上から狙われる。
完全に足を止められて攻め寄せることもできずにどんどんと討たれてゆく姿に柴田は歯噛みした。敵は逃げ腰だと完全に舐めてかかってしまったせいで手痛い反撃を受けているのである。
そしてさらに戦況が傾いた。散兵となって戦場を迂回した部隊が本陣を突いたのである。そしてその部隊を率いる将が常識外れだった。
「我は三郎信長だぎゃ! 我が首とって手柄にいたせ!」
まさか総大将が槍を振るって突っこんでくるとは思っていない。真っ先に砦に突っ込んで大損害を受けた林美作だったが、再編のために後方にいた。
そして真っ先に蹴散らされ、信長自身と渡り合って討たれたのである。勘十郎の軍は大混乱に陥った。
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「頃合いじゃ、突っこめ!」
滝川左近が下知を下す。これまで耐えに耐え抜いたうっぷんを晴らすかのように、陣から打って出てさんざんに蹴散らす。
津々木蔵人、佐久間大学があっという間に討たれる。そしてここで戦闘修了の太鼓が鳴った。
三郎信長の名を高めるに十二分な効果があっただろう大勝利だった。
「話を聞こうか」
信秀様の目つきが怖い。うん、これ絶対にごまかしたりできない流れだ。
「先ずは何からお話すれば?」
「新参の将が良く働いた。これは良い。流民をいろいろと訓練しており、戦い方次第で十分な働きができることもようわかった。して、あの槍と奇怪な弓はなんじゃ?」
ここで、吉殿に話したことと全く同じことを説明した。徹底してのアウトレンジで味方の被害を減らし、敵に出血を強いる戦術だ。
「……なんとも、まあ」
あきれ返った顔であったが、わずかに見える恐れもあった。
「うまく機能したようで、重畳ですね」
「そうだのう……というと思うたか?」
「ふぁっ!?」
「戦を変えすぎじゃ!」
「いやそんなことを言われましてもおおおおお!!」
信秀様からの八つ当たりは吉殿が上機嫌で戻るまで続いたのだった。
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