7

「あ、ったた……」

「ちょっと、シリウスじゃない。廊下なんか走って、あなた何やってるの」


 ミモザだった。最悪。


「説明してもらいましょうか」


 幸いミモザにはぶつからなくて済んだようだけれど、そのせいでかえって凄味が増している気がする。何せ廊下を走るのは厳禁。教育者の反応は明白。

 そんなミモザの背後で金属製のお盆が回っていた。懲罰房で見た物と同じだった。


「えーっと、それは、その……」


 何と言えばいいか。ベルとナオスの会話を聞いているのが気まずかったなんて言いたくもないし、苦笑いでごまかすのが精いっぱいだった。


「ほら、早く言いなさい」


 ミモザは落としたお盆にも構わずわたしを追及しようとする。そうだ、懲罰亡のエリアに入れなかったんだけれど、と言えばいいじゃない。これで話をずらそう。


 口を開こうとしたとき、わたしの右手に何かが触れた。

 表面はつるつるしていて丈夫そうだった。けれど弾力性があって、手に力を込めると何かはぐにゅっと形を変えた。柔らかめのゼラチンで遊んでいるようだった。

 何気なく手に取って確かめてみた。

 銀色の、何も書いていない袋。サイズは手の平より一回り大きめ。ノズルのようなものがひとつだけ伸びていて、先端は栓がされている。このゼラチンみたいな感触は、なかに詰め込まれているものの感触らしい。


「ミモザ、これ……」


 言いかけてはっとなった。ミモザが怖い顔をしていたから。怒りからくる表情ではなくて、必死に何かを考えているときのような、焦りの表情だった。ミモザの藍色の瞳にはいつも以上の迫力があった。

 ひっくり返っていたお盆がやけにのどかだった。


「シリウス。こっちに来なさい」

「え、あっ……」


 ミモザはお盆を拾って、もう片方の手でわたしの腕を掴んだ。とんでもない力で引っ張られる。まったく抵抗できずに通路を引きずられていくわたし。右に曲がって左に曲がって、また左に曲がったかと思えば右に曲がる。


「ちょ、ちょっとミモザ、痛いって……」


 返事はない。


「ねぇ、どうしたの。これは何なの?」

「静かにしなさい」


 問答無用の冷たさ。全身がひりついて何も言えなくなる。


「あなたが持っているそれは、ベルの食事よ」


 ミモザは周囲を気にしながら、ぼそりとこぼした。


「え……?」


 食事? 主菜も副菜もソースも主食も食器も、一切が見当たらないのに。この袋状のものが、おそらくはなかに詰め込まれたものが、食事?


「戸惑うのも無理はないわ。あなたのとは全く違うものだから」


 謎の物体に対する疑問と同時に、もうひとつの違和感が頭をよぎった。わたし以上に規律にうるさいミモザが平然と、人前で食事なんていう破廉恥な話をするなんて考えられなかった。


「そんなこと言っていいの、わたしに」

「そんなことも何も、人間が生きていくには必要なことだもの」

「確かにそうだけど」

「ただ、見てしまった以上、あなたもこちら側に来てしまったということよ」

「こちら側……?」


 突然ミモザが立ち止まって、彼女の背中にぶつかる。


「ミモザです。シリウスを連れてきました」


 誰かと話すミモザ。相手は、艦長室の扉だった。


「どうしてここに……」

〈わかりました。お入りなさい〉

「はい」


 老人の声に反応するかのように開く扉。なかは真っ暗だった。


「続きはなかでやりなさい」


 引っ張り込まれ、背中を押され、わたしひとり転がるように艦長室に飛び込んだ。

 完全に扉が閉まると、いよいよ何も見えない。展望室よりも暗い。


「人と向かい合って話すのは、久しぶりですね」


 男性の声だった。しわがれていて、かなりの高齢。わたしは耳を疑う。入口や、オケアノスのコックピットで聞いた老婆の声じゃない。わたしはこんな声を知らない。


「……あなたは誰ですか。艦長はどこに」


 一歩後ずさって身構える。扉を背に、なるべく部屋全体が見渡せるように。

 目を凝らし、少しでも早く闇に慣れさせる。


「そこまで身構えなくて結構ですよ」


 しかし口調だけは艦長と同じように聞こえた。豊富な人生経験のみが与える落ち着きと穏やかさ。こんな話しかたができる大人は、いまのアルマにはいない。


「私のことは艦長の代理、とでも思っていただければいい」

「信用できません。証拠はあるんですか。せめて名前だけでも」


 少しずつ目が慣れてきた。部屋のなかの様子がぼんやりと浮かび上がってくる。

 広いけれど、わたしたちが普段寝起きしている部屋と似た雰囲気だった。


「名前を教えることはできません。私は、名前を捨てたようなものですから」

「捨てた? それはいったいどういう……」


 ついに、この老人の顔が確認できた。幅広の椅子にゆったりと腰かけている。

 全体的に色素が抜け落ちて白っぽい。表情には皺が刻まれ年季を感じさせる。

 そしてやはり、はじめて見る顔だった。


「残念ながらそれも。ですが、艦長代理という証拠はあります」

「それはどういう」


 わたしは適当に反応しながら、アルマにいる六人の大人たちを思い浮かべる。教育班のミモザ。科学班のカフ。自給班のカペラ。整備班のサルガス。生活班のベネトナシュ。この五人は顔も声も知っている。

 そしてもうひとり、艦長であるカノープス。彼女の顔は見たことがない。声は二度しか聞いたことがない。そして、六十九歳であるということしか知らない。


 目の前にいる老人が誰なのか、わたしの知識にはない。


「実を言うと、カノープスは五年ほど前に逝きました」

「……え?」

「以来私が彼女の代わりを務めてきたのです。声は機械で加工しただけです」


 唐突すぎる事実に言葉も出ない。


「ただ、私は艦長として育った人間ではありません。もちろんある程度のマニュアルはありますが、さすがにひとりでこの役目を務めるのは難しい。そんな折です。いろいろなイレギュラーが私と、そしてあなたに降りかかったのは」

「イレギュラー、と言うと……?」

「新種のこともそうですが、あなたとベルが海上に行ったこと、そして、あなたがそれを目にしてしまったこと」


 わたしは手の感触を思い出した。ツルツルとした冷たい肌触りと、固めの弾力。

 ミモザに返しそびれていた。


「本当ならもう少し艦長代理を務めるつもりだったんですがね、そこまで知られてしまった以上あなたを自由にすることはできない。だから決めたのですよ」

「決めたって、いったい何を」


 嫌な予感がした。この老爺が本当に艦長代理だとしたら、彼の決定がわたしたちにとって良いものであるはずはなかった。


「あなたを、艦長補佐に任命します」

「そんな急な」


 彼の命令に思考が追い付かない。


「イレギュラーはいつも急なものですよ」

「言葉遊びをしたいんじゃないんです。なぜ、これと、わたしが艦長補佐になることが関係しているんですか」

「それこそ、私が艦長代理である証拠です」


 やけに回りくどい言いかたをする。こっちは早く本題に入ってほしいのに。


「そんな渋い顔をしないでください」

「だったら、必要なことを早く言ってほしいんですけど」


 わたしがそう言うと、老人は露骨に悲しそうな顔をした。

 それが余計にわたしを苛立たせる。


「あの、何か」

「あぁ、いえ。若いかたとお話しするのはかなり久しぶりなので、嬉しいんですよ」

「はぁ……」


 わたしの生返事は意に介さず、老人はひとつ咳払いをして居住まいを正した。


「失礼。要はこうです。わたしはその銀色の物体について知っている。そして、あなたがたが見られなかった太陽がいまどうなっているのかについても知っている」

「だからあなたは艦長代理であると」

「そうです。同時に、そういったこの世界に関する知識の片鱗にわずかでも触れてしまったあなたは、もう子供ではいられない」

「だから艦長補佐をしろと」

「理解が早くて助かります」


 地上がどんな場所だったのか、そこにはどんなものがあったのか、そして人々はどんな生活を送っていたのか。それらの知識こそが艦長を艦長たらしめる。ならば、現在の地上がどうなっているのかという知識だって艦長の構成要素になってしまう。


「あなたの言っていることが正しいかどうか、わたしには確かめようがありません」

「私がここにいるということで納得していただけませんかね」

「循環論法では」

「まさしく」


 論点をひらりひらりと躱されて手応えがない。

 いいように弄ばれている感じもする。


「では……そうですね。試しにその銀色の物体について教えて差し上げましょうか。もちろん機密事項ですが。どうしますか? 聞きますか?」


 素直にはいと答えるのも気に食わなかった。

 けれど、ミモザが言っていたことも気になった。


 ――あなたが持っているそれは、ベルの食事よ。

 ――戸惑うのも無理はないわ。あなたのとは全く違うものだから。


 本当にベルの食事なのか。

 だとしたらなぜベルとわたしで違うものが与えられているのか。


「……聞きましょう」

「ありがとうございます」


 老人は嬉しそうに頷いて、背もたれに深く体を預けた。


「正式名称は経口栄養剤。人工的に作った合成栄養素を水とゼラチンで固めたものです。一日二本飲むだけで、必要な栄養素がすべて摂取できるようになっています」


 はじめて聞く合成栄養剤という単語。なんて無機質な響きなんだろう。そんなもの、食べ物と呼んでいいんだろうか。要は人工的に栄養を溶かし込んだだけの飲み物。黒曜鱗から抽出したエネルギーを注がれるオケアノスと、何も変わらない。


「経口栄養剤は、アルマにとっては夢のような食事です。海底で食べられるものを探そうとすると大変なのはご存知でしょう。魚を捕りに行くのも一苦労ですし、野菜や果物を育てるのも莫大なコストがかかってしまいます」


 わたしが高コストな食事を毎日食べているなんて知らないような口ぶりだった。


「一方、経口栄養剤なら原材料を機械に入れて科学的に処理すればいいだけです。その原材料も定期的に向こうからやってくるのですから、使わない手はありません。基本的にアルマの子供は皆、経口栄養剤で栄養を摂取します」

 定期的にやってくる……?

 つまり、それは――。


「ですが、デメリットだってあるのですよ」


 何かが結びついてしまった気がした。

 二十五歳。成人年齢といわれる二十五歳までにほとんどの子供が死んでしまう理由。そして、生き残れる人間がまるで選別されているようにも思える理由。


「経口栄養剤を摂取し続けると、DNAが徐々にダメージを受けてしまいます。普通に暮らしていれば全然気づかないような小さなダメージ。ナノパッチや健康診断でじゅうぶん防ぐことのできるダメージです。それでも、わずかな綻びは残ります。綻びは少しずつ蓄積され、ある日いきなり体の不調となって顕在化。一週間もしないうちに全身が融けて死んでしまいます」


 どこかで聞いたような話だった。

 そうだ、アルだ。アルの死にかたがまさにそうだった。


「不調が現れるまでのタイムリミットは約二十五年。いまの人類の科学力では、これが健康な寿命の限界なのです」


 わたしたちが成人を迎える年齢と、奇妙な一致を見せた。

 成人になる一か月前、アルは全身がどろどろに融けて死んでしまった。

 アルの根本的な死因は、この経口栄養剤だ。


「わかりますね、シリウス。このことが知られてしまえば、アルマはきっと生活どころではなくなってしまいます。ですが、人類を存続させるためには、どうしても経口栄養剤に頼る以外の道はありません」


 わかっている。理解している。人類を存続させるためにはある程度の人数が必要なこと。それを支えるための食事も必要なこと。けれど全員がわたしみたいに高コストな食事を摂っていればアルマは一瞬で枯渇する。低コストな食事があるならそれに頼らなければいけない。そしてその低コストな食事にどうしようもないデメリットがあるのなら、人類の社会形態を調整することで対応するべきだ。

 そうでもして当面の人口を確保し続けないと、人類はあっという間に絶滅する。

 理性的に、論理的に、数学的に、生物学的に、仕方のないこと。


 でも、だからって……。


「だからって、そんなのあんまりじゃないですか……」

「仕方のないことです。そうするしか人類存続の道はありませんから」

「人口調整以外の何物でもない」

「その通りです。みんながみんな長生きすると、アルマはパンクしてしまう。いくら経口栄養剤が理想的な食事だとしても、支えられる人口には限界があります。アルマを維持するためには、多かれ少なかれ調整が必要になる」


 滅亡もせずパンクもせず、ちょうどいい頃合いを保ちながら、ある程度の年齢になったらさようなら、次の世代と入れ替え。本当に、機械の歯車と変わらない。


「ただの殺人じゃないですか。どうしてそんなことができるんですか」

「生きたいからですよ」

「え……」


 わたしは、呆れ果てた。


「そんな自分勝手な……」

「その通りです。アルマの生活は、わずかな大人たちが多くの子供たちの犠牲のうえに立っているものですから。ですが私たちはそれを知っても生きたいんですよ」


 わたしは思い出す。海底でヴァスィリウスと戦う子供たちの姿を。そして、アルマのなかから指示を出す大人たちの声を。


「ですが、それこそ人類を存続させるもっとも純粋な方法なんですよ。ミモザは死ぬのが怖い。カフは知識を探求したい。大人たちは皆、生きる目的を持っている。目的を果たすために必要な能力を備え大いに活用することは、自分を生かし、ひいては人類を存続させる」


 わたしは口を挟むことができなかった。

 彼の論理は明確で、否定のしようがないから。


「生きたいと強く願う人がいれば、自分が生きるために、自分を支えてくれる人を生かすようになります。生かされた人のなかにも生きたいと強く願う人が生まれ世代交代は進む。生きたいと願う人だけが、海底では最期まで生きていくべきなのですよ」


 大昔だったら、もっと気楽に生きていけたかもしれない。

 でもいまは違う。


 ここは八〇〇〇メートルの深海で、人類を襲う巨大生物もいる。生きていくのに必要な物資はかつかつで、気を抜いたらいつ死ぬともわからない。そんな過酷な環境。

 生きたいと願う人間こそが生きていくべきで、そうでない人間はそれぞれなりのタイミングで死んでいく。


 そうやって生に執着した人間を選り分け、人類そのものの生への執着を保つ。

 二十五歳までの時間は、生きるべき人間と死すべき人間の選別作業だったんだ

「……わたしは忘れません。あなたが三人を見殺しにするような命令を下したこと」

「些細なことです」

「些細なことって!」


 わたしの叫び声が走り抜けていった。

 けれど足は動かなかった。暗闇に踏み出す勇気が湧いてこなかった。


「そうでしょう。わたしにさんざん言っておきながら、あなたはどうだったんですか? 本当に、三人には死んでほしくなかったのですか? 実は安心していたのではないですか?」


 全身から力が抜けて行った。立てなくなって、へたり込んだ。


 わたしはずっと考えていた。もし、あのとき屋上で待機していたのが、レグルスでも、スピカでもアークでもなくて、ベルだったとしたら。わたしは艦長の指示になんて答えただろう。

 言い切れる。命令は無視だ。たとえ独りでもベルのもとに駆けつける。

 だからこそわたしは、三人を見殺しにしたのだと。


「あなたは気づいているはずです。あなたは生きたいですか? あなたの生きる目的は何ですか?」

「あるわけ、ないじゃないですか」


 ――逆に訊くよ。シリウスは、どうして艦長になるために頑張ってるの。


 わたしが生きる目的は艦長になることだった。艦長になって人類を太陽のもとに還すことが目的だった。でも、艦長になる目的をベルに聞かれて、答えられなかった。


「わたしは艦長になるために頑張ってきたつもりです。艦長の目的は、人類を生き永らえさせいつか太陽のもとに還すことです。でも、そんなこと無理じゃないですか」


 ――原材料も定期的に向こうからやってくるのですから……。


 それはつまりどういうことか。


「だって、人類はエネルギーも食糧も、すべてヴァスィリウスに依存しているじゃないですか。どうやって、ヴァスィリウスのいない生活に戻れっていうんですか」


 そんなことできっこない。

 人類の生活は、ヴァスィリウスを利用することに特化しすぎている。いまさらヴァスィリウス以外の何かを利用しろと言われても、生活様式を変えることができるんだろうか。変えるためのコストや柔軟性を、海底生活から捻出できるだろうか。

 無理だ。


「人類そのものが生きる目的なんて、太陽のもとに戻る大義名分なんて、最初から無理だったんじゃないですか」

「そもそも、太陽そのものが存在しませんからね」


 何が楽しいんだろうか、この老人は。


「人類が生きる目的って何なんですか」

「そんなものありませんよ。人類に目的なんてありません。長い目で見れば生物の発生から絶滅など、ただの惰性ですから」


 だったらどうしてわたしに、生きる目的なんて聞いたんだろう。


「もういちど聞きます。あなたの生きる目的は何ですか?」


 頭を抱えた。

 いろいろなものがフラッシュバックして、頭が割れてしまいそうだった。


 ――わたしはみんなみたいに頭は良くないから、たぶん大人にはなれないの。

 ――あと何年かしたら、アルみたいな、戦闘とはまったく関係ないところで死んじゃう気がするんだ。

 ――ううん、わたしは絶対に、死んじゃうの。

 ――あなたが持っているそれは、ベルの食事よ。

 ――一週間もしないうちに全身が融けて死んでしまいます。不調が現れるまでのタイムリミットは約二十五年。

 ――アルマの生活は、わずかな大人たちが多くの子供たちの犠牲のうえに立っているものですから。

 ――大人たちは皆、生きる目的を持っている。

 ――わたしは絶対に、死んじゃうの。

 ――シリウス。お願いだから、生きて……。


 ベルは、生きたいって願ってるんだろうか。


「まぁ、じっくり考えておいてください。と言っても、あなたが艦長補佐に就任するのは明日ですがね」

「あ、明日……?」


 いくらなんでも時間がなさすぎる。


「ご存知かと思いますが、艦長補佐には専用の部屋で十年ほど過ごしていただきます。出入りは一切認めません。いろいろと知ってしまった人間を、自由にさせておくわけにはいきませんからね。ですから、それまでにやりたいことを済ませておいてください」


 いまのわたしにやりたいことなんて……。

 いや、ひとつだけあった。


「じゃ、じゃあ、ベルに会わせてください。電磁柵で会いに行けなかったんです」

「それは無理です。彼女の存在はイレギュラーすぎる。艦長代理権限で、あなたを懲罰房エリアに立ち入らせることは禁止しています」

「そんな……」


 一瞬ですべてを打ち砕かれたような気分だった。

 この世界に目的はないと彼は言ったけれど、目的だけじゃない。夢も希望もない。


「くっ……こんな!」


 腹いせ紛れに、扉に体当たりする。

 まったくびくともしない。鈍い衝突音が、肩から全身に響いてくる。


「あなたでは、この扉は開けられませんよ」

「あ……っ!」


 予期せぬタイミングで開いて、わたしは受け身も取れずに頭から通路に倒れた。


「ちょっとシリウス、何やってるの」

 待っていたんだろうか。ミモザに抱きかかえられるようにして立ち上がる。


 扉は閉まっていた。


「シリウス。いろいろと混乱しているかもしれないけれど、すぐに正式に通達するから。今日中に、お別れしたい人のところに行ってらっしゃい」


 まるでお祝いしているかのような口ぶりだった。


「いるわけないじゃない。そんなの」


 ただひとり、会いたい人に会えないというのに。

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