16.見舞い

「あー、ぐっすり寝たなぁ……」


 騒動から一夜開けた次の日、俺は昼過ぎに目覚めた。端的に言うと寝坊である。

 しかし、魔物の襲撃、スキルの獲得、使用など、起こったことを考えれば仕方がない。

 ギルドに行ってみれば、俺とレオ、というより昨日の事件についての話で盛り上がっていた。

 どうやら、支部長から、例の森への入場制限が設けられたらしく、その理由も公表されたらしい。

 あの森はそこそこ街に近く、支部メンバーのほとんどがランクE以下なため、動揺も多いようである。

 襲われたのが俺とレオということは公表されたのかわからないが、どうやら話は既に広まっているらしく、当然俺は質問攻めにあった。

 一応隠す必要も無いので、一連の流れだけは大まかに説明した。しかし、ポーションのくだりや俺のスキルについては隠すことにした。こういう能力は持っていることが広まると、面倒な事になることが多いのだ。漫画で読んだことあるぞ。

 

「さてと……」


 昨日の今日なので、さすがにクエストを受ける気力が無い。

 今日の俺の目的はリーシャだ。昨夜の件で魔力補充など、魔力や魔法についてもっと知りたいと思ったからだ。

 あとはレオの見舞い。面会できるかわからないが、心配である。


「……いないな」


 リーシャが見つからない。支部のフロントを見渡した限り、見つからない。多くの人が居ても、リーシャのきれいな金髪は目立つので、割るとすぐに見つけることが出来るのだ。

 何人か知り合いに声をかけてみたが、誰も彼女を見ていないという。どうやらリーシャは支部に居ないようだ。

 ――こんな時、携帯があればすっごい楽なんだがなぁ……。

 俺がそんなことを思うと、いきなり、


『目的物質を認識――』


 わっー、今は認識しなくていい!

 脳内ボイスに否定を入れる。

 これ判断基準もかなりゆるゆるだなー、使用回数で学習してくれるのだろうか、と不安になりながらも、俺は予定を変更する。

 レオの見舞いだ。

 医務室に行けば、俺が当事者だったからか、すんなりと中に通された。

 部屋に入ると、ベッドで上半身を起こしたレオが本を読んでいた。


「――あれ? ジュンイチだ」


「おう、おはよう――じゃないな、もう……。起きてて大丈夫なのか?」


「うん、さすがに歩き回るのはまだダメって言われたけど」


 絶対安静ということで心配だったが、元気そうで安心した。

 俺がベッド横の椅子に座るとレオが本を閉じた。


「――ジュンイチが僕を助けてくれたんでしょ? ありがとう」


「否、元々森に連れてったのは俺みたいなもんだし、俺だってレオがいなかったらやばかったさ」


「……」


 数秒の沈黙が流れる。


「……ははは」


 理由も無く、俺たちは笑い出した。


「とにかく、お互い生きてて良かったよ、ほんと」


「そうだねー」


 そこでふと、俺はベッドの横の台にリンゴが置いてあるのに気づいた。


「ああ、看護師さんが置いてそのまま忘れちゃったやつだよ」


 ほう、しかしこのままだと食べにくいだろう。良い機会だ、スキルの練習をしようじゃないか。


「ちょっとこれ借りるぞ」


「いいけど、どうするの?」


 まぁ見てなって、と言いながら俺はリンゴを手に取る。

 思い浮かべるのは、アップルパイだ。素材がリンゴしかないが、小麦粉その他調味料ぐらいは今の俺の魔力でも代用できるだろう。

 日本で食べた時の記憶を思い出す。

 食べ物を作り出すときは想像力というより、記憶を掘り返すことの方が重要なようだ。


『目的物質を認識、作成条件未達成を確認――保有魔力残量から《創造者》にて代用可能を確認。《創造者》起動』


 よしよし、いいぞー、つくれつくれー。

 俺は求められる前に作成許可を出す。


『――作成、実行』


 魔力が消費される。

 ……やっぱり多いな。

 魔力消費量が想定より多い。俺はそう感じた。

 実は今日も起床した直後、創造者を試行していた。

 そのときに作ったのは、『フル充電されたモバイルバッテリー』だ。スマートフォンのバッテリーがそろそろ切れそうだと気づいた俺は、丁度良いと試していたのだ。結果はうまく完成したようで、今の俺のスマートフォンのバッテリーは90%以上を維持している。まあ、使うことも無いのだが。

 ちなみにその時、モバイルバッテリー自体の充電をどうするかという話に俺の脳内でなった際に『充電が切れたモバイルバッテリー』を素材にして、創造者で再度『フル充電されたモバイルバッテリー』を作り出せば、少ない魔力消費で作り直せる、ということに気づいた。

 つまりこれは壊れた武器や家具にも使えるということで、自分のスキルの便利具合を再度実感したのである。

 さて、話を戻すが、モバイルバッテリーを作り出した、そのときよりも今回の方が魔力消費が多い。

 素材が無いため、一から全てを魔力で代用したバッテリーに対し、アップルパイはリンゴというメイン素材を使ったにもかかわらず、だ。代用素材は小麦粉や砂糖、などだが、もしかしたらこの辺にも法則が存在している可能性がある。例えば、無機物より有機物の方が魔力代用したり、作り出すコストが高いなども考えられる。

 ――やっぱヘルプいるだろーこれ。なんか聞いたら答えてくれないのー?

 内心、脳内ボイスに尋ねてみるが返答は無い。

 はあ、とため息をつきつつ、俺は右の手のひらを上に向ける。

 すると、ぽんっと出来立てのアップルパイが乗った皿が出現する。食べやすくカットされて皿に乗った状態を想像したので、アツアツが手のひらを焼くことも無い。


「――え、えっ? なにそれ……!?」


 アップルパイだが……。この世界には存在しないのか。


「ははは、たんとお食べ」

 

 驚くレオを尻目にベッド横のテーブルに皿を載せる。


「ジュンイチ、今何をしたの? ストックスから出した、っていう風にも見えなかったけど……」


 俺はレオに作成者と創造者について説明した。


「――てな感じで今、リンゴと俺の魔力を使ってこのアップルパイを作ったってわけだ」


 俺は説明を終えるとアップルパイを一切れ掴んで、そのまま口に運んだ。

 うん、うまい。さすが、日本の有名店で買った味をそのまま再現した甲斐がある。


「うわー、ジュンイチがスキル持ちだったなんて。すごいびっくりだよ」


 ……そういえば、レオには俺が実は三十路過ぎてるけど、よくわからんスキルで若返ったって言うのは話して無いな……。

 今更説明する必要も感じないが、そのうち機会はありそうだ。


「まぁ、まだわかんないことが多いけどなー。それで、今困ってるのが魔力についてなんだよ。今説明したとおり、結構魔力消費が激しくてさ。身が持たないっていうか」


「なるほどねー。……その魔力って、ジュンイチ自身が作り出さなきゃいけないの?」


「……え?」


 聞かれた意味がわからなかった。


「んーと、言い換えると、魔力消費は外部に頼っても大丈夫なのか? ってことなんだけど。それが可能だったら空間魔力か、他人の魔力で肩代わりできるかも」


「そういうことか……――否、それはまだわからないな。試したことが無いし……」


「じゃあそのうち試してみると良いと思うよ。僕も今はちょっときついけどそのうち、協力できると思うから」


「おぉ、ありがとう」


「あとはそうだなー……魔石っていう、魔力を多く含んだ鉱石があるんだけど、魔法にも使われる代物だから、それが案外現実的かもしれないね」


 魔石、か……。


「それってラインアルストでも手に入るのか?」


 それが重要だ。手に入らなければ意味が無い。


「んー、どうだろう。ボクはここじゃ見たこと無いかな」


「そうか……、ちょっと行きつけの商店行ってそういうの無いか聞いてくるわ」


 この街に来てから物資で世話になっている商店がある。そこなら何かわかるかもしれない。


「じゃあ、一応安静にはしておけよー? あ、そのアップルパイは食べちゃっていいから」


 俺はそう言ってレオの病室を後にした。

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