異世界に来たら親戚の会社に就職することになりました

黒黒

異世界転移篇

1.プロローグ:左遷サラリーマン、崖下に落ちる

 生きていれば色々なことを体験する。そう、理不尽なことも。


 俺、清堂 純一は、一通り学生をやって、就職して、今は三十一歳。

 家庭は持っておらず、恋人なんてものもいないが、別にそれで焦る気もない。否、居るに越したことは無いが、こう、女性との付き合い方とか自分の中でハードルが高い。

 とはいえ、仕事を順調にこなして評価を得、出世していく。友人らと遊ぶことでストレスを発散する。個人的には順風満帆だった。


 だというのに。


「なんだって、こんな風になっちゃうかな……」


 それは――よく在る話だ。

 同期の中で出世していくやつを妬む。それはごく当たり前の感情だ。


 問題は、その対象が俺だったということだ。


 自分としては真面目にがんばっていただけであり、客観的に見てもそうなのだが、同期連中にはそう映らなかったらしい。

 そうなると、流れはある程度決まってくる。


 そう、俺は罠にはめられたと言っていい。

 ある日、出社すると見に覚えの無いミスで呼び出された。

 否、小さなミスならまだいい。だが、それは会社全体で見ても割りと大きいもので、しかも運悪く社長の目に留まってしまったらしい。

 当然、俺も反論はした。自分ではない、と。


 だが、世の中なかなか厳しい。

 一度決まってしまった流れには逆らえなかった。

 結果、俺はいわゆる左遷を受けた。会社としても譲歩したのだろう。クビにはならずに済んだが、俺としては他に問題があった。

 俺と共にプロジェクトを担っていた後輩数人までもが巻き添えを食らったのだ。

 これには俺も我慢ならなかった。他人のよくわからない陰謀のせいで俺どころか、俺のかわいい後輩まで巻き込まれるなどあってはならない。せめて後輩だけでもと願い出た。

 しかし願い虚しく、聞き入れられず、少し頭を冷やせと一週間の出勤停止を命じられたのだ。


 どうしようもなく、一人でいると落ち着かなくなってしまい、秋田にある実家に身を寄せた。

 そして今は、気分を紛らわせようと趣味のツーリングで山に来ている。



●●●



 二千十年7月。初夏を過ぎてだんだんと暑くなってくる時期だ。

 だが、山は涼しく、心地よい風が吹いている。


「――はぁ、帰るか……」


 とは言え、それで気分が晴れるほど俺の心も単純ではない。

 そろそろ昼時で、実家に帰る頃には昼飯が待っているだろう。

 そう思いながら山道をオートバイで下っていた、その時だった。

 目の前の道路に、ふと小さな影が入ってきた。


 それはきつねだった。

 そして、このまま行けば間違いなく轢くことになる。


「――っぶね……!」


 半ば反射的にハンドルをきった。それが間違いだった。

 きつねを避けた純一を乗せたオートバイはそのままガードレールに激突した。

 ギャッと、オートバイが悲鳴を上げる音が聞こえた。

 だが、勢いを完全には殺せず、前のめりになる形で、俺はオートバイごと浮き上がった。

 ――なんっ……!?

 そして俺は空中で自分が飛ばされるであろう方を見た。崖だった。

 このまま行けばオートバイごと崖下に転落は確実だ。否、もう落ちていた。

 あ、やばい。なんか色々ゆっくりに感じる……。

 自分がこれから激突するであろう地面が見えた。

 ……うわー、痛いのは嫌だ。

 グシャっといくのだろうか。御免蒙るが、どうしようもない。

 地面と激突するまであと数秒も無いのだ。

 ――はぁ……、裏切り、左遷ときて、これか。泣きっ面に蜂ってレベルじゃないぞ……。

 これはおそらく、死ぬ。

 両親や歳の離れた妹、自分を慕っていた後輩たちが気がかりだ。

 あとはまぁ、いいか。悲しんでくれる彼女も居ないし。

 ……死ぬ前に彼女とか欲しかったなー。

 最後の最後でそんなことが浮かんでくる。



 ――ほんと、この世界に神はいない。目を瞑り、そう思いながら。





 一人の男が、この世界から消えた。

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