12 冒険の始まり
眼下にあるのは三重の城壁、それと白亜の美しい街並み。
以前とは違い今日は風が強く、俺も谷風も髪は乱れ、鈴村は自身の髪を押えている。
それでも最上階に差す日差しは心地よく、良く晴れた空は見事なものである。
「俺たちの街、空とは全然ちげえのな」
「汚れ一つないものね」
谷風と鈴村はそれぞれ感想を言う。俺は何も言わなかった。
立花学園の7人は今日はこの場にはいない。
彼らはこの休みを使って城下町の観光に当てている。もちろんお忍びで、である。俺たちも彼らに誘われたが何となく気が乗らなくて断った。今頃は市場の屋台で買い食いをしているのではないだろうか。
この国の王様は普段都の宮殿で暮らしている。だから今日のこの場所に偉丈夫のおじさんの姿もここにはない、俺が最初にこの場所に来た時だけが特別だったそうだ。
モルドレッドの俺たち10人への教育は順調に進んでいる。しかし谷風や加藤、白田、そして意外にも高千穂にとっては厳しいらしく。毎度出される課題や小テストには悲鳴を上げている。時々勉強会を開いてはいるが谷風はヒルデガルドを口説いている暇もないほど毎度必死である。
そのおかげか俺たちは片言ではあるが少しずつこの世界の言葉を話せるようにはなってきているのだ。
鈴村のテンションはあれ以来なりを潜めている。おかげで篠原達には「元気がない」と心配されているほどだ。それでも時折鈴村は何かに興奮してあの意味不明なうざさを誇示している。
最近は新しいお世話係と俺のように付き合っているそうだ。しかしうまくいってないのか鈴村の愚痴を良く聞かされている。
谷風は早朝に自身のお世話係であるヒルデガルドと共に木刀を持って鍛錬している姿をよく目にする。
「目指せ異世界主人公!」「俺はさすごしゅ!と言われたいんだ!」という謎の目標を谷風は掲げているそうだ。
俺はまだ谷風の『異世界悪ふざけ』をよくわからないでいる。
ヒルデガルドの話によれば最近谷風のセクハラがひどいらしい、友人である俺に何とかしてやめさせてほしいと言われる始末である。
「ラッキースケベは主人公の特権だ!」
そう語る谷風の頭に「確信犯かよ」とチョップを入れた。
正直俺は清水の方が主人公っぽいと思っている。イケメンな上性格もイケメンだからだろうか。
そして谷風の剣の腕は全然まだまだだそうだ、俺もだが。試合をしてもいつも必ずヒルデガルドが勝っている。
谷風が始めて、俺が誘われ、いつの間にか清水と加藤、白田が加わり、南が加わって女子組が加わるようになり、朝は俺たち十人がヒルデガルドにしごかれる時間となっていた。
しかし十人全員でかかっても未だヒルデガルドには勝てた例はない。
清水はいつの間にか篠原と良い雰囲気になっている。「付き合っているのか?」そう聞くと二人は照れ臭そうにしていた。谷風はその時「リア充爆発しろ!」と叫んでうるさかった。
加藤は桜と付き合っていたが別れた。原因は桜の腹黒さが露見したため加藤が引いてしまったのだ。加藤はそれでも頑張って付き合ったらしいが、これ以上関係が悪くなることを恐れて破局を選んだ。
桜はその時ずいぶん落ち込んでいたが、それから彼女は優しい心を持つように特訓を始めたらしい。どのように特訓しているかは知らない。
白田は自分の筋肉を育てることにはまっている。話しているとよく筋肉の自慢をされる。皆そうだが自分の成長が人一倍楽しいようだ。
南はなぜかよく一人で居たがる。しかし清水や高千穂は何としても一人にはさせまいと躍起になっているから問題はないだろう。
高千穂は高千穂で自身のお世話係に恋をしているそうだ。よくアドバイスを求められるが俺は自分が異例中の異例だと思っているので言葉を濁すのが限界である。
思わず「トマトを食べて吐いてみたらどうか?」と提案したら思いっきり引かれた。
そして当の俺であるが、俺はマリアンヌのあの告白以来彼女を避けようと思っていた。しかしそんなことを彼女が許してくれるはずもなく、鬱憤うっぷんの溜まった彼女にひどい目に合わされた。
ヒルデガルド曰く俺の顔には「襲ってください何でもしますから」そう書いてあるらしい。彼女は冗談のつもりだろうが俺は笑えなかった。
一度俺はモルドレッドに鈴村のようにお世話係の交代を申し出てことがある、しかしなぜか却下された。その日は怒る彼女に地獄のような時間を味わわされた。
俺とマリアンヌの関係は今では不思議なものになっている。逃げたくても逃げられないからだろうか?
いつからか俺はマリアンヌを恋人とは思わなくなってきているのだ。清水は俺たち二人を見て「夫婦」と茶化すが実際はマリアンヌに首輪を着けられているような感覚がある。
セックスフレンドのような関係ではないのだから不思議である。
一度谷風にマリアンヌのことを話したことがあるが、それを聞いた谷風は俺たちの関係にドン引きしたので思わずぶん殴ってしまった。本当は助けをこうつもりでいたが谷風は当てにならなかった。
風に吹かれ眼下を三人そろって眺めていると鈴村が唐突に口を開いた。
「私、もう少しこの世界のことを勉強したら城を出ようと思うの」
鈴村の言葉に俺たち二人はさして驚かなかった。
「行く当てはあるのか?」
俺がそう聞くと、鈴村はテラスにもたれかかって町の向こうの城壁のはるか向こうを指さした。
「私、都に行くわ」
俺は「そーか」とつぶやいて、谷風は「わかるぜ」と違う反応をした。
「やっぱりヒロインにお姫様は外せないからな」
俺は意味が分からず自然と「あ?」と返事をしていた。俺は思ったのだ、ヒルデガルドに告白しておきながら何を言っているのだろうと。
俺の心を読んでか谷風は言う。
「重婚はロマンだからな」
「は?」
俺が唖然としていると鈴村は腕を組んで「わかるわ!」と急に同意した。
「私もイケメンのハーレムが欲しい!」
俺は開いた口がふさがらなかった。それから二人は何やら作戦会議をする必要があると談義を始めてしまった。
谷風曰く都に行ったら奴隷の購入は外せないらしい。その上お姫様にフラグを立てるために取りあえず告白してラッキースケベするそうだ。
鈴村は鈴村でイケメンを見つけてはアタックするそうだ。しかし美少年の奴隷を購入することは外せないらしい。
俺は二人の談義にはついていけず二人の奴隷云々の畜生発言のほかにその行いは逮捕されるぞ、とは言えなかった。
「俺たちの冒険はこれからだ!」
拳を天高くつき上げる谷風に鈴村は「燃えてきたわ」と頷いている。そんな二人に俺はドン引きしていた。
「正義はどうするんだ?」
唐突に谷風に聞かれた。
「お前ら二人が行くなら俺も当然行くに決まってるだろ」
無論二人が心配だからである。
「勇者三人集まれば何とやらだ!」
谷風はそう言って俺ははっと笑う。
「俺たち別に勇者じゃないだろ」
「心は勇者なんだよ」
谷風はどこまでも前向きな男である。
「それよりそれ、三本の矢の事?それとも三人よれば文殊の知恵?どっちのことを言ってるの?」
鈴村の疑問に谷風は「両方だ!」と答えた。本当に都合の良い男である。
部屋に戻ってからマリアンヌにその事を告げた。
怒るだろうか?少なくとも悲しい顔はしないと思っていた。
しかし予想とは相反して彼女は無表情なまま俺に詰め寄り近くのソファーに押し倒した。驚きはしなかった。
「私から逃げるおつもりですか?」
マリアンヌはそのまま俺に覆いかぶさり、シニョンを取りエプロンを脱いだ。
俺はその言葉を否定せずにいると、俺は唐突にキスされた。舌までからめとられ、ようやく放してくれたと思うと唾が糸を引く。
彼女の青い瞳が燃えているように見えた。
彼女はそのまま首筋に噛みついてきている。
彼女は噛むのが好きだ。自分でもそう言っていた。しかしその度に包帯を巻いて隠さなければならないので正直やめてほしい。
だが今日はやけにマリアンヌは強く噛む。
噛んでいるうちに彼女は笑い始めた。
彼女は高い声で引き笑いする。俺の前では綺麗な笑い方をしないのだ。
「私はあなたとずっと一緒ですよ」
再び唇が重なり、取られた手に指が絡まる。
俺は自然と握り返していた。
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