ハロワールド 歓楽の島

にぎやかな食卓

 どこをどう歩いてるのか、すぐにわからなくなった。方向感覚ある方だと思っているし、地図もちゃんと読める。だけど、ハロワールドは前後左右、登ったり下ったりして進む世界じゃなかった。

 いつの間にか、さっきまで歩いていた道を壁にして歩いていたりする。

 そうして連れてきてもらったのが、ダルいわく、歓楽の島でうまい飯を食うならここって食堂だった。ちょっとしたゴシックホラーの教会ぽい外観で、びっくりした。


「うわぁ」


 外見はいかにもホラーな感じだったのに、中は陽気な酒場って感じ。

 ギャップがひどい。


「おっ、あそこ空いているな」


 ほぼ満席の明るい店内から、ダルが目ざとく空席を見つけてくれた。


 明るい食堂には、赤いスライムみたいなのから、茶色の翼の天使みたいなの、紫色の肌の肩から角が生えた小人みたいなのとか、なんて言ったらいいのかわからないのまで、本当にいろんな種族の人たちが楽しそうに飲み食いしている。

 もちろん、様々な高さのテーブルに並んでいるモノも、実に様々。ほとんど食べ物に見えないものばかり。


 みんな楽しそうだ。


 ふよっと正面にピンポン玉アルゴ995号が現れた。


『リン。あわわ……わたくしもリンって呼んじゃったです。……ゴホン、ハロワールドの食糧はすべて生成ハロ式で、種族に合うように生成されますので、安心して食べていただけます』


 最初の方で小声で言ったことは、聞かなかったことにする。でないと、萌え死にそうだ。声フェチにショタコンなどなど、どんどん性癖が開花されていきそうで、怖い。

 脳内のあどけない少年に悶ていると、ダルがさっき見つけたテーブルを叩いた。


「おーい。早く来いよ」


「あ、うん」


 足元の一つ目サイクロプスの小人たちを踏まないように気をつけながら、ダルたちが待つテーブルに急ぐ。

 ダルの肩に座っていたラッセも黒いテーブルの上に立っていた。体がないウノは、金色に光るウォーターボールのまま浮かんでいる。大鳥ビッグバードのトビーだけが、わたしたちを排出産卵した後、何処かに飛び去ってしまった。

 わたしの前を飛ぶ赤いピンポン玉アルゴ995号も、心なしか機嫌がよさそうだ。もしかして、ピンポン玉アルゴ995号も食事をするんだろうか。


『欲しいものがありましたら、すぐに生成暈ハロ式でご用意しますので、遠慮なくおっしゃってください』


「じゃあ、椅子がほしいかな」


『かしこまりましたぁ』


 ダルは立ったままテーブルの上の鳥の丸焼きによく似たものを手づかみで食べているけど、わたしはやっぱり座りたい。


 ピンポン玉アルゴ995号に用意してもらった白い椅子に座る。


 黒いテーブルの上には、白く光る魔法陣みたいなのがあった。ちょうど両手で囲えるギリギリの大きさ。

 コツコツを足音を立てて、テーブルの上を歩いてきたラッセがその魔法陣を指差す。


「これ、生成ハロ式を食糧に特化して図式化したものよ。体を一部を図式に触れれば、食糧が生成されるわ」


『あわわわ……わたくしが説明しなくてはいけなかったのにぃ』


 青くなったピンポン玉アルゴ995号に苦笑いしながら、そっと魔法陣に手を置いてみる。


「うわっ」


 魔法陣の強くなった光に驚いて、思わず手を離してしまった。


「カレー、ライス?」


 光が消えると、おなじみのカレーライスがあった。


 どうして、カレーライスだったのかと首を傾げていると、向かいに座っていたダルが四本指の手を伸ばしてきた。


「なんか、美味そうな匂いするじゃん。俺のぶんも、生成してくれよ」


「えっとぉ」


 スプーンを持った手が止まる。

 他人のぶんまで生成して大丈夫なんだろうか。わたしはハロ使いじゃないし、なんかマジックポイントMPみたいに何かが消費されてたらやだし、そもそもなんでダルのぶんも……


 戸惑っていると、ウォーターボールウノが助け舟を出してくれた。


『調子に乗るな、脳筋。貴様が食べることと、闇の暈ダークハロを殴ることしか脳がないのではないかと、我は相棒として心配だ』


「脳筋じゃねぇって。俺も言わせてもらうけどな……」


 話しだしたら面倒くさいウォーターボールウノに、よく口答えできるなと感心してしまう。

 足を投げ出してテーブルに座ったラッセが鼻で笑う。


「いつものことだから、ほっといていいわよ。あたしたちも、食べなきゃ。それから、あの変態アルゴのこと考えればいいし」


「うん。いただきます」


 真っ白いカレー皿にこんもりと盛り付けられたカレーライス。

 匂いも見た目も覚えがあったけど、ひとくち食べて確信した。


「んっ! これ、小学校の給食のカレー」


 転校してきたばかりの頃、ひと月に一度の楽しみだった給食のカレーライス。

 スパイシーではないけど優しい味を、舌がちゃんと覚えていた。


「ごちそうさま」


 カレーは飲み物というのは、本当のことだと思う。

 ペロリと食べてしまったけど、ラッセとダルはまだ食事中だった。


「ふぁから、ふぁるせぇって」


『何を言っているのか、意味不明だ。我は、謝罪を要求する』


 すごい。

 ダルは次から次へと生成される鳥の丸焼きを食べ続けながら、ウノと会話していた。


 そのダルの手前では、ラッセがあのサメみたいな口で綺麗な宝石をバリバリと食べていた。


「すご……」


「ん?」


 ラッセは抱えるほどの赤い石を抱えて首を傾げる。


「あ、いや、すごい食べるなぁって」


 本当は、可愛い顔してバリバリゴリゴリ石を食べているのに、思わずすごいって言ってしまったんだけど。

 でもたしかに、ラッセはすごい食べている。

 肩乗りサイズの小ささなのに、その何倍もの石を食べている。いったい、どういう胃袋をしているんだろう。そもそも、胃袋があるのかどうか怪しいけど。


「リンこそ、それだけでいいの? 生成ハロ式を使えば、好きなだけ食べられるから、遠慮しないで」


「ありがとう。わたしはもうお腹いっぱいだから」


 そもそも、お金とかいらないのだろうか。


 ちらちらと他のテーブルの様子をうかがうと、みんなワイワイ楽しく食べている感じだったけど、店員らしき人がいない。

 なんだか、不安になってきた。

 テーブルの上でおとなしく転がっているピンポン玉アルゴ995号に小声で尋ねてみよう。


「ねぇ、995号。お金とか大丈夫なの?」


『お金というのは、対価と認識させていただきます。ハロワールドでは、穏やかな生活を続けることが、対価なのです』


「ごめん、よくわかんない」


『あわわわ……ふぎゃ!』


 青くなりかけたピンポン玉アルゴ995号を、ダルがつまみ上げる。


「そういう風にできているんだよ、この世界は」


 ダルの頭の上で、ウォーターボールウノが震える。


ハロワールドには、見ての通り無数の異界の生き残りがいる。当然、争いの種も多い。だが、この世界そのものが争いを許さない』


 ガリガリ食べていたラッセがまた手を止めて、見上げてくる。


「争ったりしたら、ハロワールドが荒れるの。まるで、この世界そのものが邪魔者を排除する意思が働いているみたいにね」


ハロワールドの、意思?」


 ダルの手の中から脱出したピンポン玉アルゴ995号は、赤に戻っている。


ハロワールドの意思の有無は、我々が議論するのは時間の無駄です。アルゴさまたち三賢者しか、知らない事実のうちの一つです。対価のことですが、ハロワールドでは、金銭のやり取りなどの争いの種になる可能性があるモノは、すべて廃止しています』


「じゃあ、これ、全部タダなの?」


『それこそ、この世界の意思と言わざるをえないのですが、多種多様な種族が平和に過ごせるために必要なものは、すべて生成ハロ式で生成可能なのです』


「へ、へぇ」


 世界の意思とか漠然としてよくわからないけど、周りの見ればよくわかる。

 とてもにぎやかで楽しそう。

 そういえば、誰かと一緒に食事をするなんて、久しぶりのような気がする。

 なんだか、ちょっと寂しいような切ないようなよくわからない気分になる。


「どうかしたのか? リン」


「ううん。ちょっと……なんでもないよ、ダル」


 ペロペロ三つ又の舌で四本の指を舐めているダルたちは人間じゃないのに、まだ馴染めていない高校のクラスメートよりも、どうして仲良くなれているんだろう。


 突然、異世界非日常に紛れ込んだ現実の戸惑いを吹き飛ばすかのように、けたたましい音が鳴り響いた。


「え? なになに?」


まるで火災報知器のような音に、ハロ使いのダルたちがいち早く反応した。


「まじかよ、侵略する者インベーダー警報かよ」


 侵略する者インベーダーって、なんか不穏すぎるんですけど。

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