第52話 8月7日(土)これからの事②

 時間は進み今は夕食タイム。

 先ほど健二さんが帰ってきたから摩周最後の夕食会が始まった。さすがに今夜テーブルを囲んでいるのは坪井家の7人と篠原家の3人の10人だけだ。

 テーブルの上に並んでいるのは、城太郎おじさん自身が握った寿司(まあ、腕の方は素人という事で御勘弁を・・・)や慶子おばさんが作ったザンギ、エビカツ、他にも姉さんや美紀が作ったサラダ、梅子おばあちゃんが作った肉ジャガが並んでいる。

 それ以外にも美紀と姉さんが作ったティラミスが冷蔵庫に入っている。これは食後のデザートだ。

 それと・・・僕が母さんにリクエストした『揚げイモ』がテーブルに並んでいる。札幌と喜茂別町との境にある中山峠の名物料理でもある『揚げイモ』を、母さん風にアレンジした物であるが、僕は昔はよく食べていた。母さんが作る『揚げイモ』はジャガイモ、正確には男爵やキタアカリのようなホクホク系のジャガイモの皮を剥いて適当な大きさに切ってレンジで柔らかくし、それにホットケーキの素を衣にして油で揚げた物である。本物の『揚げイモ』と比較したら失礼になるけど、こっちの方が僕は好きだ。

 僕の左には姉さんが座ってるけど、美紀と談笑しながらの夕食中だ。右の席にいた筈の母さんは既に床にテーブルを出して慶子おばさんと二人でミニ宴会(本当にミニで済めばいいけど・・・)してるから誰も僕に話し掛ける事はしてない。

 まあ、言うなれば黙々と夕飯を食べているのに等しいのだが、そんば僕がザンギを口に入れた時に『ポンポン』と右肩を軽く叩かれた。

 何だろうと思って右を向いたら、そこには美紀の上の兄である雄一さんがいた。

「たけしくーん、ここに座ってもいいかい?」

「あー、僕は全然構いませんよー」

「じゃあ、遠慮なく」

 そう言うと雄一さんは母さんが座っていた席にドカッと腰を下ろした。普段は寡黙な雄一さんがニコニコしているように思える。実際、顔に出ている。

「たけしくーん、札幌の高校は楽しいかい?」

「あー、はい」

「そうか。美紀の方はどうなんだ?満喫しているように見えるか?」

「そりゃあもう。見方によっては一番楽しんでるように見えますよー」

「それならいいんだ。いやー、正直に言うけど、俺も本当は都会の高校に憧れていたんだけど、結局地元の高校に進んだからなあ。あいつがちょっとだけ羨ましいぞ」

「もう1回、高校生活をやり直しますか?」

「いや、それは遠慮しておく。俺は英語は大嫌いだ。もう1回英語の授業を受けるくらいなら過去の話に留めておきたい。美紀だって中学1年の時から文句タラタラだったぞ。『何で日本人なのに英語をやる必要があるんだあ!日本語を世界標準語にしろー!』ってね」

「たしかに美紀はほとんどカタカナ英語ですからねえ」

「ただ・・・美紀はどう思っているかは知らないけど、ある意味、あいつの選択は正しい」

「へ?・・・どういう事なんですか?」

「あいつが言った言葉はこの牧場の問題点を、ひいては乳業の問題を突いていたからなあ」

「問題点?」

「ああ。一言で言ってしまえば、牛乳を搾って、それを出荷するだけの乳業では将来がない。その証拠に乳業メーカーは普通に牛乳を飲料として出荷するだけでなく、牛乳を加工して別の製品を作ったり、あるいは付加価値のある商品に昇華して販売しているだろ?」

「はあ、たしかに」

「それに、生乳の卸価格はメーカーと団体の協議で決まってしまうからこちらの思い通りの卸価格が反映されるとは限らない。それに、牛乳をローリーで出荷して乳業メーカーに出しても、他の酪農家と同じ『牛乳』でしかない。坪井牧場の牛乳が全国のどこで使われたかを把握する術がない。この坪井牧場は牛乳を出荷する事しかしてないから、簡単に言えば乳業メーカーにおんぶに抱っこの状態だ。全国に数多くある牧場の1つにしか過ぎないんだ。だから美紀が言い出した一言はある意味衝撃的だったのさ」

「あのー、もしかして衝撃的な言葉ってのは、この牧場に喫茶店か牛乳を使った洋菓子を売る店を作るっていう話ですかあ?」

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