第51話 8月7日(土)これからの事①

 今夜が美紀の家での最後の夜だ。

 この日は健二さんも戻ってきて夕食は送別会みたいな豪勢な事をやる事になっている。美紀に至っては昼前から姉さんと二人でトキコー祭の時に1年B組で披露されたクリームチーズを使ったティラミスを作っている。さすがにスポンジはベーカリー江田の物が摩周では手に入らないので美紀自身が焼き上げた物を使っている。だから朝から気合を入れて作っていたようだが、それでも遜色ない物に仕上がったと自信たっぷりに言っていたなあ。

 僕は早朝から牛舎の作業のお手伝いをしていたから美紀の仕事ぶりを見てないが、梅子おばあちゃんの話によるとらしい。そりゃあ、暇があれば洋菓子作りに精を出しているのだから、上手くなっているのも当たり前かもしれない。

 僕は午後3時くらいで牛舎の掃除のお手伝いを終わらせた後は、母さんと一緒に買い出しに行った。さすがに歩いていける範囲にスーパーは無いので車で行くのだが、相変わらず慶子伯母さんと母さんの阿吽の呼吸で「あれを買ってきて」「これをこれだけ頼むわよ」で通ってしまうところが凄いところだ。テレパシーでもあるんじゃあないかと思うくらいのやり取りだ。

「かあさーん、美紀のやつ結構張り切ってるけど、今夜は何をやるつもりなんだ?」

「うーん、一言で言えば自分の料理の腕が上達した事をアピールする発表会ってところかしらねえ」

「へえー」

「まあ、さすがに10人分の夕食と食後のデザートを一人でやるのは大変だから朝から未来が手伝ってるけど、午前中はおやつまで作ったのには正直驚いたわよ」

「はあ?何を作ったんだ?」

「フレンチドックよ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。僕は知らないぞ」

「あー、ゴメンゴメン、実はさあ、美味しかったからついついお姉さんと二人で残った物は全部食べちゃったのよねー」

「じゃあ何ですか?僕は一人で牧場のお手伝いをしていたのに、朝から何もしてなかった母さんと伯母さんが僕の分まで食べちゃったって事ですかあ!?」

「何もしてなかったは酷いでしょ?母さんだってちゃんと仕事を手伝ってたんだからさあ」

「何を手伝ってた?」

「・・・空き缶と空き瓶、枝豆の皮、焼き鳥の串をちゃんと分別した・・・」

「それって、伯父さんを含めた三人でやった昨夜の宴会を片付けてなかったから朝になってやったってだけじゃあないですかあ!」

「まあ、そうとも言うわね」

「勘弁して下さいよお」

「でもさあ、どうせ猛は食べないでしょ?」

「どうして勝手に決めつける?」

「だってさあ、あんたはフレンチドックはケチャップをつけて食べる派でしょ?」

「ま、まさかとは思うけど・・・」

「そう、砂糖だから食べないのが分かってたからね」

「たしかに僕と父さんだけはケチャップ派ですけど、だからと言って全部砂糖で作ったなんて、それこそ確信犯じゃあないですかあ!」

「まあまあ、その代わり猛の好きな物を買ってきていいって言われてるからさあ、それで相殺という事でね」

「はー・・・相変わらずアバウトですね」

 とまあ、スーパーで買い物の最中に母さんからとんでもない(?)話を聞かされたけど、気を取り直して伯母さんから頼まれた物を買い込んだ。

 さあてと、僕も何か買っていいって言われたから、どうせなら『あれ』を・・・あれれー?・・・売ってない!

「えーと・・・かあさーん、どうせならリクエストで作ってよ」

「えー!母さんが?」

「そう」

「面倒くさいから却下」

「だってー、売ってないんだもん」

「猛、あんたさあ、何が欲しいの?」

「〇〇〇〇」

「・・・たしかに売ってない。でも、それでいいの?」

「うん。昔は母さんだって自分で作ってくれただろ?」

「はいはい、わかりました。最後の最後に作ってあげます」

「・・・母さん、そう言っておいて梅子ばあちゃんに頼む気満々だったでしょ?」

「ギクッ・・・さ、さあ、何の事かしら?」

「顔に書いてあるよー」

「はー・・・わかった、わかった。じゃあ、材料を買うわよー」

 そう言って母さんはカートを押して目的の品物を作る為の材料を買い始めたけど、そのままレジに並んでしまった・・・あれ?何で野菜コーナーに行かないんだ?

「かあさーん、まだ買ってないでしょ?」

「あー、大丈夫。今朝、美紀ちゃんと未来が二人で収穫したばかりの物を使うから?」

「はあ?僕が牛舎にいる間に二人だけでやってたのかあ!?」

「そうだよー。お姉さんが未来が起きてきた直後に話をして、それで朝ご飯を食べた直後に二人でキャッキャ言いながら全部やってくれたわよー」

「うちの家庭菜園の4倍くらいの広さがあった筈だけど、二人だけでやったの?結構な量になった筈だけど」

「さすがに運ぶのは城太郎おじさんがやったわよ。しばらく天日干しした後にトラクター倉庫の風通しの良い場所へ移したから。でも、虫食いとか掘り返す時に割れてしまった物とかが結構あるから、それを使えば問題ないわよ」

「はいはい。姉さんもようやく仕事を1つしたって事で理解しておきます」

「そういう事。うちの畑は夏休み明けにやるんだから、その時には猛にやってもらうよー」

「分かってますよ。どうせ姉さんにも美紀にも期待してないから」

「母さんを期待してるの?」

「母さんはもっと期待してません!」

「えー!それって未来以下の扱いって事なのー」

「当たり前です。毎年張り切るのは植える時だけです!その後の手入れは全部僕の仕事になってますよね。小遣いに反映して欲しいくらいです」

「今年はちゃんと臨時ボーナスを出してあげるわよ。何といっても世界で初めて超レアアイテムを見付け出した功労者ですから」

「はー・・・言葉だけでなく実践してくださいねー」

「はいはい」

 とまあ、ホントか嘘かは知らないけど僕は母さんに『あれ』を作ってもらう約束を取り付けてスーパーを後にした。

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