第46話 8月6日(金)食べ物をお腹一杯まで食べられるのは幸せな事だよ③

「ところでアンジェリカさんはどうしてここにいるんですか?」

 猛はいつもと変わらない口調でアンジェリカに話し掛けた

「うーん、わたしのおばあちゃんが釧路に住んでるから、今日から三日間の予定で夏休みを利用してお父さんとお母さんの三人で遊びにきたのよ」

「へえ、僕たちは月曜日から摩周に来てるんだよ」

「あらー、という事は坪井さんの家にいるの?」

「そうだよー」

 その時、1階のテーブル席にいた三人が立ち上がった。どうやら食べ終わったようで、あの席にアンジェリカが座る事になる・・・おい、何か嫌な予感がしてきたぞ。

『あのー、テーブル席がお一つ空きましたのですぐに片づけますが、相席でよろしければ直ぐにでもご案内いたしますが、いかがいたしましょうか?』

 アンジェリカは店員さんの話を聞いて「どうせなら一緒に食べましょうよ」と言ってきてるし、猛もみっきーも賛成している。あたしは内心反対だけど、一人だけ反対しても仕方ないからテーブルを片付け終わった段階で4人で座る事になった。

 アンジェリカがこの店に来た理由・・・それは、この店の名物料理を食べる為以外の何物でもない筈だ。あいつの事だから『あれ』以外にも何か注文するつもりなのか?

「ところで、アンジェリカさんは何を注文するんですか?僕はハーフの定食にするつもりですけど」

「あらー、猛君は相変わらずの少食ね。それじゃあ穂希さんどころか坪井さんにも敵わなくなるわよ。わたしはスペシャルで注文させてもらうから」

「「「スペシャル?」」」

「そう。この店の名物料理には客の注文通りに作ってくれるっていうサービスがあるのよ。だからアンジェリカスペシャルとでもいうべき量で作ってもらうつもりよ。お父さんとお母さんはさすがに同席したくないみたいだったからラーメンにするって言ってわたしをお店の前で降ろした後に釧路ラーメンの有名店の『まるたいら』に行ったわ。わたしが食べ終わったら電話で呼び出す事にしてるけど、あっちも人気店だからわたしの方が早いかも」

『すみませーん、ご注文はお決まりでしょうか?』

 店員さんが来たから全員がメニュー表を見て注文する事にした。

「あのー、僕は『ザンタレハーフ』の定食でお願いします」

「私は『ザンタレ』の定食よ」

「あたしも『ザンタレ』の定食」

「わたしは『ザンタレ』定食なんだけど、ザンタレは三人前、ご飯も三人前でお願いします」

『ちょ、ちょっと待ってください!たしかに作る事は出来ますけど、そんなに食べられるんですか!?』

「はーい、大丈夫ですよー」

『はー・・・それなら構いませんよ』

 おいおいアンジェリカのやつ、とんでもない事をいってくれたなあ。あたしはみっきと同じ『ザンタレ』の定食だけど、一人で三人分のザンタレを食べるって事は、あたしと猛、みっきーの三人よりも多い量を一人で食べる気だ!!一体どういう胃袋をしてるんだあ!?それに周りのテーブルにいた他の客が一斉にアンジェリカの方を向いたぞ。

 釧路が発祥地と言われるザンギは、簡単に言えば下味をつけた鶏肉を油で揚げた物だが、『唐揚げとザンギの違いは何?』と聞かれたら正直あたしも困ってしまう。ザンギの正しい定義がないからだが、とにかく北海道では鶏の唐揚げとザンギは別物だというのが定説だ。この南蛮亭は、そのザンギに中華風の甘酢タレを上から掛けたものを『ザンタレ』という名前で提供している超有名店で、ネットの書き込みも数多く有り、何度もテレビや雑誌で取り上げられている店だ。コンビニのLソンで『唐揚げ君北海道ザンタレ味』をかつて全国発売したから分かる人は分かるかもしれない。ただ、「あたし個人から言わせれば、あれはザンタレではない!」と頭の中に誰かからの声が聞こえている。あれは一体誰の声なんだ?

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