第17話 8月5日(木)地球は丸い③

 僕は恐る恐るといった感じで美紀をチラッと見たが、美紀は「当然だろ」と言わんばかりの顔をしている。

「おー、ようやく理解できたみたいだなあ。9時になったら『アレ』を食べるに決まってるだろ!」

「そうよ、その為に9時まで待っていたんだからさあ」

 と言って、姉さんもニコニコしている。おいおい、毎度おなじみになったこのパターンは・・・

「おーい、行くわよー」

 母さんが呼び掛けている。しかもニコニコ顔でだ。当然、姉さんも美紀もニコニコ顔で母さんについていく・・・こうなったら僕もついていくしかない。慌てて三脚を片付けると姉さんたちに続いて降りて行った。

 姉さんたちが行った場所・・・それは展望台の1階にあるショップだ。そこで注文した物は『ソフトクリーム』だ。しかも蜂蜜がたっぷりと掛けられたソフトクリームであり、ここの人気商品だ。

 僕たち四人は椅子に座ってソフトクリームを食べ始めたけど事が分かっているから、ちょっと普段より早めに食べている。

 でも、蜂蜜とソフトクリームの絶妙なコラボをいつまでも味わっていたいから勿体ないような気がしないでもない。それは姉さんたちも同じようだ。

「おーい、みっきー、ソフトクリームが垂れてきたぞ」

「え?あー、やっちゃったあ」

「おいおい、小学生じゃあないんだぞ、ったく」

 姉さんは慌てて垂れてきたソフトクリームを嘗めると、指をティッシュで拭いた。

「こういうところのソフトクリームはすぐに溶けてくるから、早めに食べないとだめだぞー」

「じゃあ、美紀ちゃんはその理由を知ってるの?」

「・・・そ、そりゃあ、知っているぞ、ほ、ほら、人気商品だからさ」

 そう言って美紀はソフトクリームを食べ続けているけど、全然答えになってないのは明白だ。

「美紀ちゃん、正直に言った方がいいわよー」

「・・・すみませんでしたあ!」

 美紀はそう言って頭を下げた。やれやれ、ようやく素直に認めたか。

「じゃあ、猛、解説をお願いね」

「はいはい、そう来ると思ってましたよ。正解は『安定剤』が使われてないからだよ」

「なんだあ、その『安定剤』というのは?」

「スーパーやコンビニで販売しているアイスクリームのパッケージには原材料名の一覧の中に『増粘多糖類』とか『増粘多糖類(安定剤)』と書かれているだろ?簡単に言えば、わざと製品をネバネバさせる為の物だよ。これがあると形が崩れにくくなるんだ。その証拠に、以前、よさこいソーランの会場で食べたソフトクリームは、溶け出すのが遅かっただろ?」

「たしかに・・・」

「気温が30℃近くあったにも関わらず溶け出すのが遅いという事は、あきらかに安定剤が使わていたからなのさ」

「そういう事よ。こちらに来る途中にも『しぼりたて牛乳から作ったソフトクリーム』とか書いてあった看板のお店がいくつかあったでしょ?牧場併設のショップで販売されているソフトクリームは、牛乳の脂肪分を濃縮して作られた生クリームを使っているから濃厚な味のソフトクリームになるけど、同時に安定剤が使われていないから美味しいのよ」

「生クリームを作る時はたしか遠心分離機を使って脂肪分を集めるんだよね。『生乳や牛乳を分離して取り出した、「乳脂肪」のみを原材料とし、乳脂肪分が18%以上のもので、添加物を加えていないもの』というのがクリームだから、添加物が入っているとクリームという名称が使えなくなるんだ。市販の生クリームも、脂肪分が30%くらいの物もあれば45%、48%という物もあるよ」

「ついでに言っておくけど、牛乳の脂肪は季節によって変動するからね。基本的に夏は低くて冬は高い。理由は大きく分けて2つあるんだけど、1つは牛は暑さに弱いから、30℃を超えたらもうバテバテよ。もう一つは特に北海道のように放牧して牛を育てている地域では顕著なんだけど、夏場は放牧地の牧草だけど、冬場は同じ牧草でも発酵が進んでいるから栄養価が上がるのよ。まあ、トウモロコシとかの飼料を与える事もあるけど飼料はコストとの兼ね合いもあるからね。あ、そうそう、サイロで発酵させた物と、ロールキャベツみたいにして袋を被せて発酵させた物があるけど、どちらも『嫌気発酵』という原理が使われているわよ」

「だーーー!!!あたしの頭では整理できんから、頼むからこの話は終わりにしてくれー!!!」

「「はいはい」」

 うーん、やっぱり美紀では難しかったかな。まあ、それは母さんでも同じだと思うけど、あまり難しく考えず「こういう場所で食べるソフトクリームは、濃厚でおいしいけど早めに食べてね」とだけ覚えておけばいいよ。

 その母さんだけど、さっきからずーとニコニコしながらジェラートを・・・へ?

「「「あーーー」」」

「どうしたのよー、いきなり人の顔を見たかと思ったら大声を上げてさあ。なんまらびっくりしたわよー」

「母さん、いつの間にジェラートを食べてるの!?」

「あらー、気付かなかったの?ソフトクリーム2個だと味気ないでしょ?だからジェラートにしたのよ」

「そういう事じゃあなくて、ソフトクリームを食べた後にジェラートも食べるって、どういう意味?」

「別にいいでしょ?ダブルやトリプルじゃあなくてシングルなんだから問題ないわよ」

「「「・・・・・」」」

 ここまでくると鉄の胃袋を通り越して溶鉱炉なみの胃袋かあ!?僕はさすがに冷たい物の連チャンは無理だぞ。


 結局、一番最初に食べ始めた母さんが一番最後まで食べていて(当たり前だ)、僕たちが待たされる側になったけど、ようやく母さんが食べ終わった段階で出発となった。

 ただ、展望台から駐車場へ下りていく途中にある通称『幸せの鐘』の所で、何故か美紀が写真を撮れと言い出し、仕方ないので写真を撮っていく事になった。しかも、姉さんも美紀も僕とツーショットで、それも二人で鐘のロープを持った状態で写真を撮ると言うのだ。おいおい、意味をはき違えてないか!?でも断ると後が怖いので僕は二人の言う通り、最初は美紀と、次は姉さんとのツーショットで記念撮影をした。もちろん、今日は天気がいいから遠くに霞む地平線を背景にした記念写真である。

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