第7話 心のうちは、ちぐはぐで
放射状にひび割れた地面、身に纏う紫電。剣を突き出した体勢の金色の少女の先には、下半身だけの遺骸。
ならず者どもの視線を一身に浴びて、剣を振り払った彼女。
全身を返り血で塗れされ、口端を裂いて淡々と、言葉を紡いだ。
「――御機嫌よう、皆々様?
すらすらと飛び出す、状況にそぐわない余所行きの言葉遣い。
血にまみれた両手で、ドレスの裾をつまみ上げ、一礼。
リセリルカは狂気の笑顔と共に、底冷えのする声を響かせた。
「――――ご存知、ありませんかぁ?」
誰一人、声を上げない。上げられない。
侵入者は、吹けば飛ぶような華奢な少女唯一人。
それでも、彼女の纏う尋常ならざる魔法と雰囲気が、下々に口を開くことを許さない。
笑顔を張り付けたまま、リセリルカは周囲を睥睨。
固まっていた猫背の男へ視線を向け、数歩歩く。怖がる小動物を相手取る様に、リセリルカはゆっくりと近づき、『
「……ところで、
「……ッ!!」
リセリルカが動き、魔法を解除したことで、盗賊たちの束縛が解ける。
それぞれが獲物を手に取り、リセリルカを取り囲んだ。
裂いた口端はそのまま、彼女は目を細める。
「あら、ようやく動けるようになったのね? 私がその気ならもう貴方達、死んでるわ」
「おい、全員で掛かるぞ!! 通路に近い奴ぁお頭呼んで来い!!」
言いながら猫背が
(……正面から剣同士がぶつかれば、重い
リセリルカが剣を受ける体勢を取ったのを見て、猫背はにやりと口端を歪める。
剣同士の衝突の瞬間、彼の目が驚愕に彩られた。
迫る鈍色の輝きに、リセリルカは事も無げに己が剣を這わせ、受け流す。
ギャリギャリと、鉄同士が鈍い擦過音を上げた。
「なぁ!?」
「重そうな剣だから、受けきれないとでも思ったのかし、ら!!」
剣を受け流した勢いそのままに、リセリルカは己が身を回転させる。
そのまま猫背の顔に振り上げた脚が吸い込まれ――回転上段蹴りを叩き込んだ。
「――がっ!?」
間を置かず、闇を裂く数条の鈍色の輝線が走る。
視界の端に褐色の女が持つ獲物を捕らえたリセリルカは、最小限の動きで刺突を避けていく。
「次は槍? いいわ、暫く踊ってあげる」
「このぉ!! 舐めるんじゃないよ!!」
柄による打撃を剣で撃ち落とし、刺突をギリギリで躱す。
リセリルカはまるで流麗な
女がこざかしいとばかりに、槍を力任せに薙ぎ払った。
(――馬鹿ね。大人数で囲んでいるのだから、剣を持っている者に私と戦わせて後ろから突いていればいいものを。振り回したら味方が近づけないでしょう)
リセリルカはあわや倒れんかというくらいに身を屈め、これを避ける。
防戦から一転、身を屈めて作った膝の溜めを開放しリセリルカは女に向かって加速。
素早く槍を戻し、刺突を敢行しようとした褐色の女は、顔を顰めた。
股下から冷たい鉄塊が伸び、ぴたりと彼女の首筋に当たる。
「槍は真下に突けないのよね、まあ剣の間合いまで近づかれた時点で」
――ひゅっ、と。
命の終わりを告げるには、あまりにあっけない風切り音。
押さえても、押さえても留まることの無い流れ出る命の濁流。
「――ぁっ、ぅ」
「終わってるわ、貴女」
首筋から迸る温かい鮮血が跳ね、リセリルカの全身を染め上げる。
彼女の身を包んでいた純白のドレスは、もはや血染めの深紅へと。
興味を失ったように、リセリルカは狂った様子で自らの首を絞め続ける女から目線を外す。
自らを囲んでいる盗賊団員達を見回し、「はぁ」と一つ溜息。
誘うような恍惚の笑みで「かかってこい」と手招きをする。
盗賊の一人が数歩後ずさり、怯えたように声を上げた。
「ひぃ!? お、おい、お頭は!?」
「それが……『撤収』を始めろってよ!!」
「マジか、そんなにやべぇのかあのガキ!?」
その言葉に、リセリルカは目を細めた。
(――ふうん、団員二十余名と戦って数分というところだけれど。この状況を私が『苦戦している』と取らないのね。侵入者は少女一人。足りない戦力に自分が入れば勝てる、と思える状況――私だったら加勢に入るのだけれど、当てが外れたわね)
バチリ、と轟くのはリセリルカの体からの
金色から青色へと彼女の髪が変化する。
『
宝剣に青い電気を這わせ、甲高い音で大気を震わせる。
「――状況が変わったわ。
リセリルカは言いながら、複数で切り掛かってくる盗賊団員たちの動きを、地を走る青色の電撃で留めた。
「……それと、もっと小さな声で喋りなさいな? 丸聞こえよ、お馬鹿さんたち」
呆れるような声と共に、彼女の持つ宝剣がびゅうと風を斬る。リセリルカの電撃を受けた者に待つのは、等しく死。
それは闘争でなく、痺れ、動かないヒトに対して急所への一撃を見舞うだけの作業。
正に迅雷の如く小部屋内を駆け、一刀の元に――頚椎、首筋、脇下、心臓、
何れかを斬りつけては、次の標的へ。
鈍色の輝線と共に、風切り音が轟くこと十余回。
リセリルカは剣を一振いし、最早死地と化し、血に塗れた小部屋を後にする。
通路の奥に彼女の姿が消える前、最後にポツリと呟いた。
「――私はリセリルカ・ケーニッヒ、森林地域フォルロッジが第五王女。貴方達の死は、私の成り上がりの糧にするわ。無駄死にではないから、安心してお逝きなさいな」
噎せ返るような血臭の中、放たれた言葉は血の海の中に溶けて行った。
***
小部屋からつながる、地下内の連絡通路。
リセリルカは足どり軽く、先へ進んでいく。
「――――うぇぇっ……!!」
軽快に動く脚とは裏腹。
その顔は苦渋に歪み、繰り返し空の
戦闘では狂気に染まった笑みを見せながら、思考は冷静。だが終われば、体は殺しという行為に拒絶反応を起こしている。
全部、彼女の全部がちぐはぐだった。
(……何人? 二十一人か。斬りつけた感触に、か細い断末魔の悲鳴。生暖かい血のねばつくような感触に、鼻に残る鉄の匂い。慣れるものではないし、慣れてもらっても困るわ。時に狂うのは良いけれど、壊れるわけにはいかない。常人の感性を無くした王など、只の暴君だもの)
(痛い程に、わかっているわ。ヒトとしての教義――殺しの禁忌に、私は
先ほど『
吐き気も治まり、『
(――黒い髪、初めて見る髪色ね。テイン・ツィリンダーの息子? テインの髪は緑色で、伴侶のミゥ・ツィリンダーは白髪だったはず……隔世遺伝かしら)
全身を返り血で染めたリセリルカは、一度手を差し伸べかけて、止める。
果たしてヒトを殺した自分に、ヒトを助けることが許されるのか。
そんな葛藤を、目の前でブルブルと震えるケルンを見て振り払う。
(……違うわよね、『ヒト』という括りではないわ。目の前の彼は、弱者。弱者――民を守るのが、王の務めだもの。盗賊団の殲滅は、私の目的の為でもあるけれど、弱者を守る為でもある)
弱者を不安から守るため。
強者による搾取から救うため。
リセリルカはその顔に慈愛の笑みを浮かべ、朗声を響かせた。
「――もう大丈夫よ、大変だったわね!」
ケルンの白磁の双眸と、リセリルカの金色の双眸が交錯する。
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