ワタシノナリタイモノハ
@taruto777
001
ぶわーーーっ!!
僕は今、まさに空を飛んでいるのだ!体の周りに纏わり付く風が地上から僕の体を空中へと移動させる。そして、その進行も僕が思うがままに操れるのだ。
「なんて気持ちがいいんだろう。」
ふと、心からの言葉が漏れる。普通なら生身で空を飛んでいるときにしゃべるなんてことは不可能だと思うのだが・・・ていうか、そもそも、空を飛ぶなんてこと自体があり得ないだろう。だけど、それは現実のものとして僕は体感している。
「おい、そろそろ戻らないと地面に堕ちることになるぞ。」
服の中に入っているぬいぐるみが僕に話しかける。
「ええ?そうなの!?」
「人間が持つエネルギー量はそんなに多くないからな。」
「そっかぁ・・・わかったよ。じゃあ、一気に家まで行こう。」
僕はそう言うと、速度を上げて自宅まで一直線に進む。速度はどれくらい出ているんだろうか?鳥が飛ぶスピードは軽く超えていると思う。
ガラガラガラ―――開けておいた窓から部屋へと戻る。僕がベットへと倒れ込むとモゾモゾと服の中からしゃべるぬいぐるみが出てきた。そいつは姿似つかわしくないくピョンピョンと跳ねて机の上に立ち僕を見下ろしている。
「おい!これでお前の願いは叶ったのだろう?・・・じゃあ、次はこちらの願いを聞いてもらう番だな。」
僕に偉そうに詰め寄ってくるのは、【ベル】という、いわゆる異世界の存在だ。今は僕の部屋に置いてあった妹のぬいぐるみに乗り移って?動いているのだ。
「まあ、とりあえずの願いはこれで良いかな・・・。」
「とりあえずだと!?・・・まあ、いい。他のことは追々にして次はワタシのほうに付き合ってもらうぞ!いいな。」
「わかってるよ。・・・契約だからな。」
この異世界の存在の【ベル】はなにかを探してこちらの世界・・・現世?人間界?にやってきたみたいで、たまたま僕と出会って契約を交わしたんだ。
「それにしても、魔法っていうのは本当にすごいんだね。人間の常識を遥かに超えているよ。」
「・・・魔法か。お前たちがなんて呼ぼうが構わないが、こんなことはワタシたちにとっては普通のことだから凄いことでもないさ。」
あきれたようにベルは言う。
そう、あれはベルたちの異世界の存在からすると魔法ではないらしい。ベルが言うには、人間が持つ生命エネルギー・・・生気と魔の者が持つ生命エネルギー・・・魔力を掛け合わせて生み出した力を大気などのこの世の全て・・・事象へと影響を仕掛けて改変を行っているだけ。要するに空を飛ぶのには風・空気を改変で体に強制的に纏わせて浮かせていたということになるらしい。もちろん、僕自身はただの人間で別段超能力が使えるわけではない。そもそも人間自身だけでは生命エネルギーというものを事象改変に使うことなんてできないらしい。極一部の人間を除いてだが・・・。
「なんとなく理屈はわかっているんだけど、人間風に言うと魔法って感じなんだよねぇ。使える量も限られているしさー」
「お前がどう呼ぼうと構わないが、認識はしっかりとしていないと人間のお前にはコントロールできないぞ。そんなのだからたかが飛ぶだけでこんなにも時間がかかるんだ。」
「・・・そうだね」
「そんなことより・・・そろそろ食事にしたいんだが?」
「あ、はいはい・・・」
僕はベルのほうへ手を差し出す・・・。
「ククク・・・それではいただきます。」
ベルが僕の右手に口付けをした途端、僕の体の中から急激に【なにか】が吸い取られていく。それはまるで血液が吸われているかのような・・・
だけど痛いわけではなくむしろ心地よささえ感じる。
「あ・・・く・・・あっ・・・」
「変な声を出すな。気持ち悪いではないか。・・・我慢しろ、もうすぐ終わる。」
・・・・・・。
ベルが口を離すと全身から力が抜けていく。フルマラソンでも走りきったかのような疲労感。ベルは満足そうな感じで僕を見下ろしている。満足そう、だと思うのだがぬいぐるみだから表情は読み取りにくいな。
「ふぅ~、久し振りにたっぷりと魔素を食べたな。」
魔素というのは僕が魔法を使った時に生気と魔力を掛け合わせて生み出したエネルギーの副産物だ。人間が魔法を使うたびにその魔素を体に貯めていくことになるらしい。・・・実感はないんだけどね。
僕はなんとか力を入れておきあがろうにも無理そうだ。
「クク、そのまま寝ていろ。お前の生気のほとんどは魔素へ変わっていたぞ。しっかりと残さず食べてやったから安心しろ。」
「空を飛ぶだけで、こ…こんなにも動けなく…なる…もんなのか?」
「ほれ、しゃべるな。寝て起きれば人間の生気などはすぐに回復する。」
睡魔が襲ってくる。少しでも気を抜けば意識が飛んでしまいそうだ。
「なあ…魔素って…残したら…マズい…のか?」
消費した生気のかわりに魔素でも残っていれば、こんなにも動けなくなることもないんじゃないか?と当然に思う。
「バカモノが。魔素なんて人間にとっては毒みたいなものだ。体に残せばいずれ蝕まれて死ぬだけだ。」
ベルはククっとひと笑いして続ける。
「綺麗に吸い出してあげたことを感謝してほしいくらいだ。まぁ、魔素を体内に残して死ななかったら・・・」
ベルの言葉もしっかりと聞けずに僕は眠りに落ちてしまった。
・・・・・・・・・。
なんだ・・・か、眩しいな・・・。
うっすらと目を開けると窓の付近になにかが座っていた。それは美しくも恐ろしい・・・まさに悪魔とでも呼ぶにふさわしい姿があった。
「・・・ベル!?」
僕が瞬きをするとそこにはぬいぐるみのベルが座っていた。寝ぼけて夢でも見ていたのだろうか。
「なんだ、もう起きたのか?しっかりと寝ないと生気も回復しないぞ。」
「ベル・・・今・・・。いや、なんでもない・・・。」
「なんだ?はぎれがわるいな。」
「ああ、ベルは月を見ていたのか?」
今日は星がしっかりと見える快晴で眩しいくらいに月が明るい。
「・・・月?ああ、そうだ、あの月を見ていたんだ。こちらの世界の月は美しいものだな。」
感動をしているのだろうか?表情はまったくわからないけど、なんとなくそんな感じがする。
「ベルがいた世界には月は無かったの?」
「・・・あったぞ。ぷかぷかと宙を浮いている光の物体がな。そうだな・・・あの月と同じように淡く光ってた・・・と思う。」
「思う?」
「・・・もう、ずいぶんと昔のことだ・・・。忘れたさ。」
「そう、なんだ。」
ぬいぐるみの姿でもなんとなくだけど寂しそうな感じがするのは気のせいだろうか。
「ベルは、僕と出会う前はひとりで寂しくはなかったのかい?」
「・・・ククッ。寂しいだと!?そんなわけあるか。お前と契約したのもお前を利用するためだけだ。まさか、このワタシが人恋寂しさにお前に寄ってきただなんて思っているのではないのだろうな?」
「いや、別にそんなつもりはないけど・・・。」
ベルが随分とムキになっているような気がするけど。身を乗り出すようにこっちを見ている。
「クククッ。むしろ寂しいのはお前のほうだろう?だからそんな風にワタシが見えるのではないか?・・・そうだ!このぬいぐるみだってお前の妹の形見なんだった・・・」
「ベル!」
「な!なんだよ。」
「妹のことはもう、言わないでくれ・・・。」
ベルは僕の様子を察したのか、僕に背を向けて窓から外を見ている。
「・・・。お前が言い出したことだろう。・・・ったく。」
ベルの機嫌を損ねてしまった・・・かな。だけど、僕にとって妹のことはあまり思い出したくないことでもあるんだ。
「なあ?ベル。」
「・・・なんだ?」
ベルはこちらを振り向くことなく返事をする。
「ベルってずっとそのぬいぐるみの姿のままなのかい?」
「・・・なにか問題でもあるのか?」
「うん、ほら、なんだか話をしてても表情が見えないとやりずらいっていうか。一緒に行動するにしてもぬいぐるみを持って歩くにはちょっと・・・。」
そのぬいぐるみを見るといやでも妹のことを思い出して気持ちがざわつくし・・。
「・・・そうか・・・、わかった。お前が起きる頃にはもう少し動きやすいようにしておこう。・・・だから早く・・・」
「寝ろっていうんだろ?わかったよ。ベル・・・おやすみ。」
「・・・ああ」
ベルは最後までこちらを向くことはなかった。僕もだんだんと睡魔に・・・。
そして、深い眠りについてしまった。
・・・・・・。
夢をみているようだ。それは、とても楽しくとても懐かしい・・・そして・・・・とても悲しい夢を見ている。僕には優しい母親と厳しい父親。そして兄想いの可愛い妹がいた。平凡で平和でなにも不自由のない幸せな家庭がそこにはあった。だけど、ある日を境に幸せは地獄へと変わっていった。妹の突然死・・・。突然死といってもいきなり心臓が停止したわけではない。【なにか】があった。そして、病院に運ばれ、手を施すこともできずに亡くなってしまったということだ。幸せな家庭はその日から変わってしまう。あまりの出来事に優しかった母親は酒に溺れるように・・・。厳しい父親は妹の死は医療ミスだと騒ぎ裁判に夢中に・・・。僕は・・・。僕は変わってしまった家庭を受け入れられず・・・なにもできずに・・・なにもせずに・・・目を塞ぎ・・・耳を塞ぎ・・・ただただ・・・泣いていた。・・・そんな懐かしく悲しい夢をみていた。
朝日が差し込み眩しさに目を覚ますと、頬を伝う雫に気がつく。
「僕は・・・泣いていたのか・・・。」
忘れてはいけない日々・・・だけど一番思い出したくはない日々。久し振りに夢に出てきた。
「・・・ったく、ベルとあんな話をしたせいか・・・。」
そういえばベルの姿が見当たらない。どこへいったんだろう。っと起き上がろうとすると・・・
ふにょん・・・
手になんだか柔らかい感触がある。そして布団の中に異様な膨らみ・・・というかなにかがいる。
「おはよ。おにいちゃん。」
その声に驚いて、布団を避けるとそこには・・・妹がいた。
あの日、死んだはずの妹がそこにいた。
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