53 あくまで通常運転で
キラキラと清純な光の粒子が降り注ぐ。
それは、世界会議場に突き刺さった結晶の上空に展開された、結晶内の魔力を減らすための魔法陣の効果である。
ダンジョンコアと繋がってしまった影響で、内部で魔力を作り出す機構が生まれてしまったのだ。巨大すぎる結晶が、棒藍菜魔力と共に破裂、などという事態は避けたい一同だった。
一仕事終えたルルとナインは、光の粒子を浴びつつ日向ぼっこを始めている。
空気はとても、穏やかだった。
穏やか過ぎるくらいに……。
「これおかしいですよね」
エルフの女性、サゼンタは呆然と立ち尽くしながら呟いた。
「み、皆さんのお仲間が、ダンジョン内に閉じ込められているのですよ?」
「あぁ、うん。そうだね」
魔法をたくさん使って疲れたのか、対外用のマスクを完全に取り払ったナインは、ふにゃりと笑う。
「あの場にいたという事は、相当な手練なのでしょう。それでも」
「うん、リミなら大丈夫だよ」
きっと、と付け足して、ナインはまた日向ぼっこに集中し始めた。
ダンジョン欲は一旦抑制されたらしい。その事に安堵し、ユウトもシュンもリミの事は心配していない。サゼンタはやや軽蔑の混じった瞳で彼等を見つめていた。
一方。
隔離空間に入ってしまったリミは、立ち上がって小首を傾げていた。
「ここはどこでしょう?」
はて。
立っていられず、何度か壁に激突し、しばらく気を失っていたリミは、無傷だった。
しかしふと目を覚ませばアラ不思議。ライトスプラウト風の植物が壁にびっしりと生え、薄暗い、という印象が根絶された空間にいた。
床の傷がはっきり見える程度には明るい。
「とりあえず、先程と地形が変わったような」
うーん、と悩みながら、リミは周囲を見回した。
自分以外に誰もいない。敵の気配さえない。
リミは怯える世界会議のメンバーを、ティーチの案内の下、早急に避難させようとしていた。そこであの大揺れがあり、また散り散りになってしまったと悟る。
それでも、彼女の名を呼んだ。
「ティーチ様、いらっしゃいますか?」
リミの落ち着き払った呼びかけに応えたのは――
『いえ、いません』
「あ、ロキ様が来てくださったのですか? 心強いですね!」
ロキ、だった。
『ナインから珍しく命令が下りました。緊急措置として、リミを一時的名マスターとして認証します』
「ナイン様……何てお優しい!」
ふわふわと浮かぶロキに、瞳を潤ませながら祈りのポーズをとるリミ。目をキラキラと輝かせ、まるで髪を崇めるかのような態度である。
ちなみに、他の世界会議メンバーは、お楽しみ中を除いて全員ティーチが護送中だ。
しばらく恍惚としながら祈っていたリミ。しかし、やがて満足したのかスッと真顔になる。
「ナイン様は」
『地上にてトラブルを収束させました。直後、ダンジョン内の構造に大きな変化が見られたため、リミのいる空間は現在、隔離されています。通常ルートでの脱出は不可能です』
「特殊ルートでは」
『可能です』
淡々と放たれる『可能』の言葉に、リミはホッとしつつ満足げな笑みを浮かべる。
やはり先程の揺れはナインが関係していたのか、と。一応被害者にあたるであろうリミは、場違いな尊敬の念を抱いた。
「モンスターは」
『危険度:平均Cランク。徘徊型にBランクが混ざっています。闇属性、光属性混合モンスターが多数出現しており、魔法が有効。物理無効化モンスターはいません』
「なるほど」
にやり。
リミは常には出さない、獰猛な笑みを浮かべる。そして静かに床に触れ、ぶつぶつと呟き、魔力を一気に流し込んだ。
瞬間、ぐらりと地面が揺れる。
と同時に、リミの手の中に純白の剣が現れた。
「ちょうど、思い切り、暴れたかったところです」
ゆっくりしっかり柔軟体操をして、目をギラリと煌かせる。
一瞬だけ、その目が本当に輝いた。
「地図をお願いします」
『はい』
ユウトに見せたように、ほんのり光る地図がリミの目の前に表示される。
それをじっと眺め、小さく「ありがとうございます」と告げる。
そして――
―― 飛ぶ。
地面を強く蹴り、角は壁を蹴って曲がる。
途中に現れたモンスターを、手に持つ剣で突き、薙ぎ払い、ただただ直進。
跳んだのではない。
飛んだのだ。
その背には藍色の鱗が生えた翼がある。羽ばたいてはいないが、力強く風を切っていた。
彼女の通った後に、モンスターの姿は無い。
一瞬だけ舞ったモンスターの血は、浴びる前に消えていく。
常人の目には捉えられない音速飛行は続き、やがて、壁の前でピタリと止まった。
そこは、出口の無い隔離空間と、そうではない空間との境目。比較的分厚い壁の前である。
ここで思い出してほしいのだが、リミは今現在3名しかいない龍人。
龍とヒュミア、その遺伝子を掛け合わせ、完璧な形で種族として機能している彼等。
ヒュミアだった時、リミはある種魔法の才能に特化した人間だった。
それが、龍という、種族としてのヒエラルキーの頂点に立つ生物から力を受け継いだ事で、完全に開花していた。
単純な魔法の威力は軒並み上がり、元々ヒュミアにしてはやや大目だった魔力は、数十倍に増えた。
それが。
魔法ではなく。
物理で。
無双していた。
ドゴォオォ……ン!
それは、蹴り。
綺麗なフォームから繰り出された、見事な回し蹴りである。
壁の欠片が飛び散り、濛々と煙が立ち上り、視界が一気に悪くなった。
そして晴れると……。
そこにあったのは、床も天井もえぐるように空いた、穴。
「よし、絶好調ですね!」
リミはグッと白く柔らかな手の平を握りこみ、満面の笑みを浮かべる。
隔離されていない空間へと続いているそれは、ダンジョン特有の再生力が上手く働いていない。
てくてくと歩き、通り過ぎた頃。ようやく、ずぶずぶと君の悪い音を立てて、壁が元に戻っていく。
「他に隔離された人はいますか?」
『いません』
リミは隣に浮かぶロキへ、視線も向けずに尋ねる。
そして得られた答えにみたび微笑んで、今度は出口に向かって歩き出した。
背にあったはずの翼は消え、ダンジョンという場所に似合わぬ明るい鼻歌を歌いながら……。
「……なにあれ」
遠くで爆発音を聞きつけたラルメア達は、ガタガタと震えながらリミの一連の動きを見ていた。
しかし耳は普通にヒュミア並のリミには、小さく呟かれた驚愕と呆れの混ざる声を聞き取る事は出来なかった。それ故に、リミは脱出するまで1人でいる事となる。
が、まぁ、問題は無い。
おそらく、ロキがいなくともきっと、普通に脱出は出来ただろう。
「ロキ様、ありがとうございました。おかげで、コア第一発見者をナイン様に譲れます♪」
『はい』
ロキはやはり、淡々と答える。
だが。
あまりロキと話す機会の無いリミでも、その声に嬉しさが滲んでいるような気がした。
まだ、気がする、の段階である。
―― まだ。
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