47 夜の狼
闇のダンジョン。
そう仮称していた彼等は、真っ暗な通路を突き進んでいた。
真っ暗と言ってもロキの能力によって明かりはある。薄暗い、くらいだろう。
通路は4人が並んで歩いても余裕がある程度の幅がある。
そこをナイン達は走っていた。もちろん(種族的に)最も足の遅いエディ達のスピードに合わせて。
「そういえば、私達が行く所全部にこれ、あるよね」
ロキが出したライトスプラウトを指差すナイン。
お米型の明かりは、ナイン達の行く先々にある。まるで行く場所を予測して出現しているかのようだ。
万能なる動く辞書のロキなら、ナイン達の行動を先読みしていてもおかしくも何とも無い。だがふと気になってしまったので、ナインは尋ねる。
『ダンジョン全体に散布済みです』
返ってきた答えは、ナインの想像の軽く斜め上方向へ飛んでいた。ナインも思わず「さすがロキ」と笑みを引き攣らせる。
ラルメア曰く、このダンジョンは単純計算で東京ドーム10個ほどは広いと聞かされていたから、驚きもひとしお加えられていた。
『ライトスプラウト散布に伴い、ダンジョンMAPを作成いたしましたが、見ますか?』
「それはダンジョン愛好家としては許せま」
「見せろ、ロキ」
ロキの発言に、エディが冷静な様子で、腕で×マークを作る。しかしその言葉を押しのけ、ユウトが手を差し出した。
当然、エディは顔を真っ赤にして怒りを露にする。
「な、何故ですの! ダンジョンは本来、自分の手でMAPを作らないと」
「その『本来』の道から外れているだろうが。こっちにはラルメアがいるんだ、可及的速やかにダンジョンコアの破壊及び脱出をした方が良い」
ロキから手渡された、光る透明な板。ステータスと同じように出されたそれで現在地を確認すると、ユウトはさっさと先導を切り始めた。
エディはかなり不満げに頬を膨らませる。
「ふぬぬ。ダンジョン暦はこちらが圧倒的に上ですのに」
「種族的に戦い慣れているのはあちらです。殿下」
「堅苦しいわ! いつものように姫とかエディにしなさい!」
「えぇ?!」
「こら、静かにしろ。モンスターの構成だってわかっていないのに、不用意に音を出すな」
早速ダンジョンの基本その1を破っているエディ達に、ユウトは冷めた視線を送る。厳しい視線に晒されたエディは、ピャッと肩を震わせた。
蛇に睨まれた蛙の心地である。
「……申し訳ありません。それと、少し遅かったようですわね」
エディの視線が、段々と全員から逸れていく。
その視線は、元来た道へと向けられた。
通路を塞ぐように、黄色く光る目がひしめく。
突如として現れた尋常ではない数の気配。
気配を上回る視線の多さに、ナイン達は一気に警戒度を引き上げた。
それは、桃の月に多く棲むという植物系モンスターの物ではない。
獣特有の独特な「臭い」があった。
「モンスターだ! イキナリ数が多いな……!」
初エンカウントから、目算で100を超える敵影。
音も無く現れたそれらは、明らかな敵意を向けてくる。
黒い犬のような姿のモンスターだ。僅かに当たった明かりに、鋭く大きな牙が照らされる。
『モンスター名:未登録。属性は闇のみ。獣系モンスターです』
「まさかの新種?! この数を一気に減らす方法は無いのー?!」
『……最も効率が良いのは、首を切り落とす、です』
「グロイな?! というか、生物全部に当てはまる方法を出すなよ……」
たしかに効率は良いが、と零しながら、ユウトはMAP全体に目を通し、ロキへと投げ返す。
『ちなみに、この大部分が分身で、攻撃すれば一撃で消えます。しかし、影があれば幾らでも分身が作れるので、本体を潰さなければ意味がありません』
「……!」
金色の瞳に、光が灯った。
「分身が作られるまでの時間は?」
『一体につき30秒です』
「了解」
ユウトは、不適な笑みを浮かべる。
闇の中で輝く瞳が、真っ直ぐ前を見据えた。
「この先に広場がある。敵影が多いから、そっちで広範囲の攻撃を使ってみるよ」
「え、ちょっと!」
「良いから。今から敵の注意を惹き付ける。耳を塞げ!」
ユウトの大声に、全員が反射的に耳を塞いだ。
瞬間。
「―― アトラクト・シャウト」
ユウトは、足を思い切り床に叩きつける。靴の底が床に当たると同時に、不自然なほどその音が周囲へと響き渡った。
途端、狼達の視線が、一気にユウトのみへ集中する。
「よっ」
トン、と軽い音を鳴らして、床を蹴り上げる。
それだけで、廊下を何メートルも進む。
時に狼の頭を蹴りながら、ずんずんと迷い無く進んだ先には―― 広間があった。
「ユウトっ?!」
狼達はナイン達を完全に無視し、ユウトのみを追いかけ始める。
アトラクト・シャウト。それは、自身の出した音に対し、催眠効果を付与した魔法だ。敵の注意をムリヤリ対象へと向ける魔法で、多くは小石に付与し投げ、逃げる時に使う。
魔力を込めれば込めるほど音は遠くへと響き、あらゆるものの注意を引く。
ちなみに、耳を塞いだナイン達は影響力が比較的小さいだけで、ほんの少しユウトが気になる程度に抑えられている。
「ユウト、どうするつもり?!」
「お、追いかけるのですー!」
もっとも、魔法があろうと無かろうと、ナイン達はユウトを追いかけるだろうが。
ナイン達がユウトに追いつくと、そこは異様な風景が広がっていた。
ナインの目に、天井も、床も、壁も。重力を無視して広間を埋め尽くすモンスターの群れが映った。そしてどうやって行ったのか。ユウトは広間の中央に仁王立ちしている。
真っ暗。もとい、真っ黒な蠢くそれへの嫌悪感が、全身を突き抜けた。
『分身体は1度攻撃すれば消えますが、それでも実体があります。攻撃は可能でしょう』
「え、それ危ないじゃん! ユウト! 気を付け――」
「―― ホワイト・クロー」
ザキュ、と、音が響く。
左足を軸に回転し、魔力で作り出した刃を爪に見立てて振り回す。
ユウトの周囲に、光の線のみが残る。
五線譜のような光が、周囲を僅かに照らした。
ユウトを取り囲んでいたモンスターは、血潮の代わりに自身を構成する闇の魔力を噴き出す。
それらはやがて、跡形も無く消え去った。
ユウトを囲んでいたモンスターは、そこだけぽっかりといなくなる。
「―― ホワイト・ウェーブ」
パキン、と、何かが割れる音が響く。
先程生み出された白い残光が割れ、ユウトを中心に放射線状に飛散したのだ。
光の欠片はガラスの欠片のように尖っている。
光の礫が広間全体を縦横無尽に飛び回り、モンスターを一掃していく……。
ゴトゴトと黒い宝石のような物が大量に落ちた。
「分身体だと何も落とさない、と」
広間を覆い尽くしていた影の獣が、全て無くなった。
「ダンジョンで死ぬと、その身体が即座にダンジョンの栄養分として分解されますわ。そしてその一部がこの場へと残るのです。これが、ドロップですわ」
「うっわぁ……」
あの狼が落としたのは、漆黒の宝石っぽい物。太くて丈夫な白い牙。そして瓶入りの何か、である。開き直って説明を始めたエディの声を右から左に聞き流しながら、ナインは瓶を拾う。
「追加の敵影無し。第一の戦闘終了だな」
「あ、うん。そうだね」
ナインはビクリと震えて、頷く。
拾った瓶の中身は真っ黒な液体だ。光を通さない、まるで墨のような液体である。蓋は閉まっているのでそのまま自分の収納空間へと放り込む。
ロキなら自分で鑑定をするよりも、きっと詳しい説明をしてくれるだろう。
後で収集物を調べるため、しばらく無言で収集に徹した。
「さっきの、凄かったね」
「俺の種族スキルがちょっと増えてさ。夜、もしくは闇属性の空間内では、光属性の攻撃に補正がつく」
「あー、だからあんな大規模に」
「いや。あのスキルは元々派手だ。敵も味方も関係無く貫くから、周りに味方がいない時しか使えないし、普通に防御魔法が効くから防がれやすい」
周囲に誰もいない上で、知能の低い敵でなければ使えない。そう称したユウトだが、とても硬そうな床や天井は彼の攻撃でボロボロである。
防御魔法でも、かなり硬い物でなければ防げないだろう、とナインは悟った。
現に、ラルメアが小さく、
「老朽化していますけれど、ここの天井や壁、床材は、おそろしく硬度の高い物が使用され、かつ衝撃には強い素材を用いているのですが……」
と呟きながら、引いていた。
「いくら攻撃力が上がっていなくても、驚異的な攻撃法だと思うよ」
「そうか? せめて攻撃対象を絞る事が出来れば、かなり便利になりそうだけど」
ふぅ。と溜め息を吐いたユウトは、特に疲れた様子は無い。
「何か、拍子抜けだなぁ」
「それでよろしいではありませんか。たしかに、ダンジョンの醍醐味とも言えるバトルが楽々簡単ではモチベーションが上がらないかもしれませんけれど」
「そうですよ。普段ならともかく、早く目的地に着きたい現状ならば、拍子抜けなくらいがちょうど良いのです」
「んん。それはそうだけどねー」
ナインの顔色が優れない。
調子が悪いとか、不満があるとか。そういう類の悪さではない。
ただ。
「最初が簡単だと、後から大変になりそうで怖いなって」
「大丈夫ですわ。皆さんお強いですし」
「そうですよ。ナイン殿も心配性ですね」
カラカラと笑ってみせるエディとサントロに、なにやら盛大なフラグが立った気がしないでもない。
つい先日ラルメアも立てて回収してしまった、あのフラグである。
大丈夫かな?
大丈夫じゃないだろうな。
何にせよ、最悪の事態を想定しておこうと、ナインは身構える。
「コアはあっちだったか」
「あ、そうなの? じゃあ行こう!」
持ち前のポーカーフェイスで、それを悟らせないようにして。
別に隠す必要は無いのだが、癖というものは厄介で。
大事な事は、何と無く後に取っておこうとしてしまったのだ。
ショートケーキのイチゴを最後まで残しておく。
そんなタイプであってしまったのだ。
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