46 闇のダンジョン・探索
1 無闇に騒がない。
音に敏感な種はもちろん、余計な音を出すと余計なモンスターを引き寄せます。なるべく、静かな行動を心がけましょう。
2 荷物は最小限かつ最大限に。
ダンジョン内では何日こもるかわかりません。十分な準備をすると共に、素早く動くため、最低限にしましょう。大切な食料は、なるべく減らしたくないでしょうが。
3 常に周囲を確認する。
罠により方向感覚が狂う事は多々あります。地図を描くだけでなく、常に周囲の地形を見て、自分で方向を確認していきましょう。休憩に使えそうな場所を探しておくのも大事です。
以上、ダンジョン探索のススメ・まとめの項目より。
「―― と、いうわけで。気が逸るのはわかりますが、ダンジョンで騒ぐのはナシですわ」
「はい、先生!」
「そこ、お静かに。 わたくしも大声で、この沸き立つ歓喜を表したいところなのですよ?」
「はい……!」
ダンジョン大好き王女こと、エディのありがたい初心者講座に、ナインはキラキラとした目をして、聞き入っていた。
ダンジョンという特殊な空間で、いつもより精神年齢が後退しているナイン。
そして、ダンジョンの知識を豊富に持っている事を自負しているエディ。
このダンジョン大好きコンビのノリは、途中まで付いてきていたクロウも疲れるほどのハイテンションで進んでいた。
見た目と精神年齢が合致しているクロウだが、今は彼らよりも大人だったのだ……。
ティーチとの連絡を切り、各々が着替えを済ませてストレッチなどをしていた。
ロキのナビスキルのおかげで部屋は明るくなり、今いる場所の周辺の様子を、気配だけで探る者もいる。準備は着々と進んでいた。
もうすぐ部屋を出ようかという場面になって、エディはハッとなる。
「ところで、ナインさんはどのように戦うのです?」
「え? うーんと、何だろう」
「戦った事はない、という事でしょうか。見たところ幼体ですし、レベルも高く無いようですし」
「すごい、当たってる」
未だナインのレベルは1である。人間形態になっていればわからないと考えていたが、見破れる者がいた事に、ナインは素直に感心した。
そして、考える。
そういえば、自分はまだ戦った事が無いな、と。
お腹が減る事の無い身体は、狩りの必要性を感じない。
ユウトは山菜を自分で採りに行ったり、その途中で出くわしたモンスターを倒したりしているので、幾らかレベルは上がっているが。
「俺の場合、魔法はあまり使わずに、その場にある棒とか爪を使う」
「物理による近接戦闘ですわね」
「僕は最近覚えた魔法で倒すのです。お散歩の時、街の人達が教えてくれたのです」
「魔法による中距離戦闘でしょうか。ふむふむ。せっかくですから、全員分を聞いておきましょうか」
ナインの戦闘スタイルを決めよと例を出したユウトとクロウの言葉を皮切りに、エディはこの場の全員から戦い方を聞いていく。
バランスを見て、効率のよいフォーメーションを決めようとしているのだ。
そんな彼等の言葉を聞いていたナインは、ふと気付く。
「……もしかして、マトモに戦闘をした事無いの、私だけ?」
『はい』
衝撃の事実に気付き、正確無比なロキに肯定される。
ナインは雷が落ちたかのような衝撃にガックリと肩を落とし、呆然と立ち尽くした。
元の能力が高いために気にしていなかったが、本来はただ遊んでいるだけでもレベルは上がる。ナインの場合、遊び方が歌を披露する方向にしか向いていなかったため、対して経験値が溜まっていないのだ。
たしかに魔法の練習はしたが、それはこの世界における、経験値が溜まる行為ではない。
見るからに非戦闘員であるラルメアでさえも、レベルは高いし自衛手段は数多く持ち合わせていた。
「ど、どうしよぉ」
「ふふ、大丈夫ですわ。龍であれば、元のステータスは高い。たとえ基本の魔法でも、たとえただ手を振っただけでも、途轍もない威力の攻撃が出せるはずです」
「あ、うん」
落ち込んでブルーになったナインを、やや興奮気味のエディが慰める。
その目は何故か、キラキラとしていた。
……愚者の腕輪で、普通の人間――ただしとっても強い部類――レベルまで能力が下がっているとは、とても言えない雰囲気である。
ナインは前世で鍛えたポーカーフェイスで、その事実を隠しておいた。
「では、軽く診断をしてみましょう。準備を」
「ひ、姫様。本当に、本当に、あくまで真面目に」
「わたくしは、ダンジョンに関しては誰よりも真面目ですわよ?」
「で、でしたら、彼女が立ち直るまで、少々待った方がよいかと」
「あら、まぁ。ではサントロ。あなたが元気付けてあげて? 得意でしょう」
「ええ?!」
サントロ、と呼ばれた、エディの従者が青ざめる。一目で、彼がエディと真逆の気弱な性格だと、その場の全員が理解した。
常に強気なエディの隣で、背丈は高いのにとても小さく見えるのだ。
そんな彼だが、オロオロと視線をさまよわせて、それから一言、呟いた。
「ナイン殿、ダンジョンが待ちくたびれそうで」
「がんばります」
的確にナインの心を浮上させる言葉を選び、告げた。
その瞬間、ナインの表情が晴れ、視線を上げる。
「えっと……?」
「あぁ、ご紹介が遅れました。僕はサントロ=ラクト。ラクトは王家に仕える者に付く姓ですので、貴族ではありません。それと、こちらがダンジョン初心者にオススメする武器でございます」
「わぁ、ありがとう」
元の世界では染めなければ無かったであろう緑髪。
右目がオレンジ、左目が銀色のオッドアイ。
無造作に跳ねた髪型は活発そうに見え、顔立ちも凛々しく、背の高さも合わさって程よくイケメンだ。
ただ、弱気な点だけがその全てを台無しにしている。
彼が取り出したのは、無難な剣と魔法の杖。
何の装飾も施されていない軽めの剣。そして、木の枝を削り、宝石をくっつけただけのようなデザインの杖だ。初心者用ならこれが妥当のデザインだった。
「素手で触ると危険なモンスターもいますから、まずはこちらを使い、どちらがより使いやすいかを確認してください。的は、そうですね。これを」
エディは誰もいない場所へ手をかざした。
すると、ぽこぽこと音を立てて地面が盛り上がり、小さな人型の土くれ人形が現れた。
「土人形……に、剣を使った攻撃と、魔法の攻撃だね」
「そうですわ」
「じゃ、とやぁ!」
手に取った剣を野球のバットのように構え、そして――
「ファイアー!」
地面と垂直にした刃を滑らせ、土人形を切る。
人形は、爆発四散した。
……。
爆発、四散、した。
赤い輝きを帯びた光が、一瞬の収束の後、弾け飛ぶ。
「えっ」
「あれ?」
「おぉ」
「……なのです?」
「―― えぇええええ?!」
切った本人が最も驚いた。見れば、剣は煌く炎を帯び、熱を放っている。
本人はただ切っただけなのだが……。
「あ、あの。攻撃魔法は」
「ふぇ? あ、えっと、ファイアボール!」
ナインは再び現れた土人形に、バレーボールより一回り小さな火炎の珠を投げつける。
再び、爆発四散した。
「あれ? 威力調整間違えた?」
「こ、これは……!」
エディを含む何人かが、土くれと化した人形を凝視した。
特に、この中で最も魔法に精通しているであろうラルメアは、特徴的名耳をピコピコと上下に揺らして、いつになくテンションが上がっている。
何かおかしかっただろうか。魔法初心者でもあるナインには、おかしい所があるのか分からないため混乱するばかり。
とりあえず、この状況を最も正しく、かつわかりやすく説明してくれるであろうロキに向き直る。
が。
ゆらり、視界の端で、誰かが不審な動きをした。
「……ナインさん」
「はい」
「今この場では、剣一択にいたしましょう」
「……あ、うん……?」
エディはにっこりと、営業スマイルを浮かべる。その目はおかしな光を放っていた。
いつか見た熱狂的なファンと、似たような輝き方をしている。
「魔法は暴発の危険がありますし、使い慣れていないようですから」
「それもそう、だね。わかった。剣を使うね」
未だ煌々と燃え続ける剣を手に、ナインは素振りをする。
斬撃が飛ぶ……なんて事は無かった。
「よーし、いっぱいモンスターを倒すぞー! おー!」
「おー」
「なのですー!」
若干1名普段どおりのテンションだが、3人は天に向かって拳を突き上げ、やる気を最高潮まで持っていく。それ以外の全員も、密かに戦意を高めていた。
はしゃぐ彼等をよそに、少女2人はひそひそと話し込む。
「剣に魔法が付与された。おそらく、インパクトの瞬間に『ファイアー!』と叫んだのが原因でしょう」
「あなたもそう思いますか。では、彼女は……」
「ええ。私も、そう思いますわ」
「いずれにせよ、経過観察が必要ですわね。サントロ」
「と、とりあえず、ひそひそ話すのはやめません? お2人とも、悪役に見えますよ」
「「あらあら、ご冗談を」」
「……うぅ」
こちらはこちらで、別の方向で戦意を高めていた……。
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