26 夏の終わり1


 時は龍祭り5日目に飛ぶ。


 龍祭り2日目の夜から始まった花火。

 それはかなりの好評を得て、5日目の最終日まで続いた。


 5日目の夜は、最終日という事もあって、よりいっそう多く夜空へと打ち上がるだろう。


 色鮮やかな光の欠片が、空にまあるく広がっていく。

 花が咲くと広がる轟音は、心臓を揺らすほどの衝撃を運んでいく。


 大きな破裂音を夏の風物詩と捉える者、また、それを知らずに怖がる者も、一様に夜空を彩る大輪の花達を眺める事となった。


 それは、その『少年』も魅入ってしまうほどの、美しい光景だった。

 花火の1つ1つが咲く度、音と光に一瞬怯えながらも。


 その一瞬で散ってしまう儚い光景に、心奪われてしまったのだ……。




 それは、偶然だった。

 正に奇跡としか言いようがなかった。


 ナインがお忍び用に変装した、少年の姿。

 それがまさか、とある少年の姿と、瓜二つになるとは。

 誰も、彼も、ナインも。ロキでさえ、予想だにしていなかったのだ。


「悪戯大好きかぼちゃのランタン♪ 橙色のキャンディー1つ、くださいな♪」

『クダサイナ♪』


 森で一番の高さを誇る杉の木、そのてっぺんに、少年は佇んでいた。

 マフラーが揺れ、同時に、瞳も揺れる。


 その口が開く度に奏でられる唄は、静動関係無く心という心を魅了し、奪っていた。特に、モンスターと呼ばれる類の生物は、少年の虜となっていく。


「気分は甘いチョコレート♪ 狼さんにおねだりしちゃお♪」

『シチャオ♪ シチャオ♪』


 少年は気分よさげに歌っていた。

 彼の言葉を復唱する、黄色と緑のかぼちゃ達も、みんな笑顔だ。


 それは、3日前に見た花火に、ひどく興奮しているからであった。

 目や口がくり抜かれたかぼちゃのランタンのせいで、雰囲気は随分とハロウィンになってしまっている。しかしこれは、確実に夏の出来事。


 少年は口の端をにぃと上げて、眼下に広がる街を眺める。

 祭りの真っ最中である街は、これでもかというほどキラキラと光っていた。


 それは、とてもとても魅力的なように、少年の瞳に映りこむ。

 明日には見られなくなるという事が、残念でならなかった。


 だから、悪戯をしようと思ってしまったのである。


 少年は腰の辺りに飾ってあった装飾品を1つだけ外して、天高く放り投げた。

 それは真っ赤な丸い宝石を、網状の金属で覆った物。


「ねぇねぇ今日は何日だい? 何月何日何曜日?」


 その問いに、かぼちゃ達は答えない。

 ただ、宝石がカッと輝きを帯びていく。


 糸状の光が飾りを包み、やがて飾りは形を変えた。


「このままじゃ面白くない。まだまだ遊び足りないよ」

『タリナイ♪ タリナイ♪』

「悪意を弾く結界だって? そんなの、悪意じゃなければ大丈夫!」

『ダイジョウブ♪ ダイジョウブ♪』



「だから―― みんなで遊んじゃおう!!!」



 形を変えたそれは、目の眩むような光を放った。

 そして――




「―― 失礼いたします、ナイン様!」


 シュンは珍しく、ノックもせずにナインの私室へ飛び込んだ。

 ナインはというと、リミと一緒に世界間会議へ向かう時に着る服について話し合っていた。


 オウレンディアス曰く、自身の出身となる月の色を服の基調としなければらないのだ。銀を基調とした服は、ナインはともかく、従者は持っていないので。


 魔法かスキル:錬金があれば、服自体はすぐに出来る。そのため、やる事と言えばデザインを詰めるだけだった。

 一応、持ち寄るお菓子や料理の事を考えたのだが、あまり急ぐ必要は無いと判断している。オウレンディアスの反応を見るに、ユウトの作る物なら失礼に当たるものは無いと感じたのだ。

 ふわとろオムレツは、王族も舌を巻く出来だったので。


「どうしたの、シュン」


 そんなわけで、祭り最終日の終了宣言までの僅かな時間は、リミと過ごしていた。それも、比較的ゆっくりと過ごしていた。

 そこへ、シュンがやってきたのだ。


「大変です! 外を……」

「外?」


 いつになく慌てた様子のシュンに、ナインは面を食らう。しかし驚いてばかりもいられないので、急いで窓の外を覗いた。


 そこには。

 夜空が広がっているはずの空が、真っ黒に塗り潰された壁のような物に変わっていた。


 遠くに広がっている筈の森が全く見えない。街だけがまるで、夜の最中に切り取られたような。森と街の境界線きっかりに、道が途切れてしまっている。


 浮かぶ月は三日月ただ1つ。


 常時幾つもの月に囲まれているこの世界では、月が1つしか無いなどという事態は極めて稀。というか、むしろありえない。

 恒星とか衛星とか、このルナ・ノアという世界にはほぼ無いらしく、扉で繋がった世界同士は常に満月として見える。また、ナインのいる銀の月には、月となる衛星が2つあり、そのどちらもが常に一定の距離を空けて浮かんでいる。それは、空に2つ、月が見えていないとおかしいと言う事でもあった。


 ありえない空の様子に、ナインも呆然としてしまった。


「……ッ、ロキ!」

『―― 世界との受信が遮断されています。状況判断に時間がかかります』


 ロキがすぐに説明できない。

 それは、この世界に転生して初めての出来事であった。


 ナインの顔が青ざめる。


「……それでも、よいのです。ロキ様、調査を!」

『はい、リミ。ティーチへの救援要請、完了。これより状況把握を開始します。完了まで……残り98%となります。しばらくお待ちください』


 リミはロキの治療を受けた事をきっかけに、ロキの事を教えてもらっていた。

 ナイン曰く『万能辞書』と称したロキだ。彼がすぐには答えられない事にリミも驚いたが、調べもしないで固まっているのはもったいない。


 思考も動きもフリーズしたナインの代わりに、リミは叫んでいた。


 そこに、ユウトが遅れてやってくる。

 ユウトもかなり急いでいたため、肩で息をしていた。


 しかし、珍しくナインがわたわたしているのを見て、少し冷静になる。一度深呼吸をし、ナインの目線に合わせて跪いた。


「ナイン。驚くのは無理も無い状況だが、……準備しとけ」

「じゅん、び」

「ああ。俺達でさえこの混乱だ。外ではかなり酷い事になっているかもしれない」


 ユウトの言葉に、ナインはハッとなる。

 祭りの最中に、このような非常事態が起こったのだ。祭りを楽しんでいる者達はもちろん、外で出店をしている者達も混乱しているに違いない。


 そんな彼等を安心させるためにも、今この国のトップであるナインが慌てていてはだめだ。


 緊張は伝染する。


 まず、自分が落ち着かなければ。


「ありがと、ユウト」

「ああ」


 ナインはお礼と言って、ユウトに抱きついた。


「……どうだ」

「あー、落ち着く。あれだね。ぎゅってすると、落ち着くよね。ふふ、ユウトが近くにいて良かったぁ」


 パッと離れたナインは、えへへ、と笑う。

 何だろうか、この妙に負に落ちない感じは。


 そこにいた、ナインとユウト以外がそう考えたそうな。


「……案外、演出として楽しんでいるかもしれませんが」

「しっ」


 シュンの呟きはリミの機転でスルーの方向となった。




 さて、と。

 ナインは会議室へ移動し、ひと際豪華なイスへと座った。


 会議室は円の形をしており、円卓は入口の方が欠けている。また円卓は三日月の形を模しているため、端に座る者はちょっと苦労しそうだな、というのはナイン談。

 ナインの横に立つシュンが、次々と紙をナインの前へと並べていく。


「報告その1。街の状況について」

「はっ!」


 シュンによって兵士に抜擢された獣人の1人が、びしっと敬礼を決める。


「街の様子は変わりありません! というのも、あの夜の景色が演出だと思われているようです。混乱を、最小限に抑えるため、関係者には緊急事態である事を口外しないよう、通達済みであります!」

「よくやった。だが、その事後報告をどうにかしろ。こちらの準備が二度手間になる」

「ハッ! 申し訳ありませんでしたぁっ!」


 直角に腰を曲げて、兵士は退室していく。


「……シュンの統率力、高い」

「だな」

「では次、報告その2。関係者について」

「はい~」


 人型形態になった龍の女性が来る。少々マイペースさが目立つ、ナインの世話係い抜擢された女性だ。

 持ち前のスローペースが、仲間内で聖母という二つ名を作り出した事で有名である。


「えっと~、それじゃあ~」

「なるべく早く話してくれ」


 シュンにぎろりと睨まれ、女性は肩をビクつかせた。


「そ、そうですねぇ。……祭りの運営に携わる者は、軒並み混乱状態に陥りましたぁ。けど、今は大分落ち着いていて、通常業務をこなしている最中ですぅ。ただ、初めての祭りで非常事態が起きましたので、少々混乱が続いている子も多いですねぇ」

「そう、だよね」


 外より中の精神的ダメージが大きい。

 祭りにサプライズを求め、スケジュールを知らない来客者ならば、混乱は少ないだろう。こちらが誤って情報を漏らしたりしなければ、大丈夫のはずだ。


 しかし、予め祭りのスケジュールを知っている者達。つまり内部の人間は、相当な混乱を余儀なくされたのである。組織のトップであるナインがそうだったように。


「正直その間延びする口調をどうにかしてほしいが、まぁよくがんばった」

「お褒めに預かり~」

「時間が無いので次に行かせてもらう。報告その3。この状況の捜査について」

『はい』

「あ、ロキだ」


 ふよふよと飛んで来た妖精に、ナインは若干驚いた。ここまであまり面識のない者達が来ていたので、いきなり顔馴染みが来るとは考えていなかったのだ。

 ロキは浮いたまま、ぺこりと頭を下げて、話し始める。


『状況把握は未だ50%に達していませんので、途中報告になります。まず、この状態は自然現象ではなく人工的に作られたものです。誰が何のために行ったのかはまだ不明ですが、アステラーザを丸ごと覆う結界が、何者かによって張られたようです』

「え、これ、人のせい? 自然災害的なものじゃないの?」


 ナインはこれまた驚愕する。彼女は「自然現象でもありえるかもなー」くらいには考えていたのだ。


 むしろ何で人為災害だと思わなかったのかって?


 ナインちゃんですから。


「……そっかぁ」


 そんな、何故か不満そうなナインは置いといて、ロキは続けた。


『また、街1つ分を覆う結界を張るような魔法の使い手ならば、魔族に相当すると思われます。以上で報告を終了します』


 ロキがそう締めくくると、一部の者以外が頭を抱えてしまう。

 その一部とは、もちろん、この世界に来て間もないナイン達だ。


 この異常事態を引き起こした犯人が、魔族である。


 その意味を知るのは、もうちょみっとだけ後のお話。




 祭り終了宣言(予定)時刻まで、残り6時間――


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