十三

 閉められたドアの前で呆然と立ち尽くす。

 しばらくして、ドサ、と音が聞こえた。振り返れば柳楽なぎらさんが畳の上に座り込み、額に手を当てて俯いていた。

 改めて室内を見れば、ここは一段上がった畳張りの部屋だった。右手に押し入れ、向かいに窓、左手には二段ベッドがあって、布団がそれぞれに敷いてある。窓は板を打ち付けられていて外は見えない。部屋の中央にある卓袱台には湯飲みが二つ、離れていてもわかる文字で片方には「賢治」と書かれている。

 そして、床には古びた原稿用紙の山があって、崩れて散らばっていた。

「……柳楽さん、震えてるの」

「……そうだねぇ」

こう、怖かったもんね。……あんな昂、初めて見た。信じたくないけど、あれは……ああいうこと、〈星の子〉は内心みんな思ってたりするんだ?」

「いやだなぁ、暦海こよみクン、オレの心を勝手に決めつけないでよ」

「……じゃあ、思ってないのか?」

「ごめん、ちょっとは似たようなこと思ってた。……彼ほどじゃあないけどねぇ」

「……そう。俺のことも? ずっと……」

「いや、暦海クンのことは――」

 そう言って顔を上げ、柳楽さんは不思議そうに震える自分の手を見つめた。

「……矢留やどめクンさぁ……威圧感がすごいよね」

「確かに威圧的だったけど、そんなに震える? 俺はどちらかというと言ってる内容にぎょっとしたんだけど」

「いや……そうか、暦海クンは星少年じゃないから、オレとは受ける印象が違うのかもな。オレなんか、今自分より格上の存在の絶対的優位性に打ちのめされてるって感じだ」

「……他人事みたいに自分を分析するところは相変わらずだね」

 ふと、柳楽さんと今まで通りに普通に会話をしていることに気づいて、僕は黙り込んだ。ちょうど柳楽さんも同じことを思ったのかもしれない。彼は僕を見て、くしゃりと笑った。

「まぁ、その……なんだかな、態度が悪かったのは謝るよ」

「……ずいぶん素直じゃないかよ」

「ちょっと弱っちゃって……いやぁ、人との付き合い方は結構慣れてるつもりだったんだけどなぁ。したくもない友達作りにも勤しんだし、飲み会だって嫌がらずに参加してきたし、面倒でも大勢多数と仲良くしてさ」

「え……柳楽さんはてっきり根っからの陽キャなんだと思ってたよ、俺……」

「実は違うんですよ。昂くんの本性がアレなのと似たような感じかもね」

 柳楽さんはポケットを弄った。多分タバコを探している。けれど入っていなかったらしい、手をぶらぶらと振って、ため息をつく。

「実際、彼の言ったようなことはオレも思ってるよ」

「愚民共って?」

「いや、そこまで過激な感覚じゃないけど……まぁそうだねぇ、オレは星で、みんなはただの人、本来相容れず、知り合いもしない存在だとは思ってたねぇ。逆にそれが楽しかったけど。こんなことでもなければ、こうして友達になることもないわけだしな」

「こんなこと……人間として生まれたってこと? でも花織かおりは、あんたたちはれっきとした人間だって言ってたじゃないか」

「あー……うーん……そこは」

「……龍祈たつきだって、そう言ってた」

「龍祈くんが?」

 へえ、と柳楽さんは考え込む。

「で、結局彼は何なの? 何がしたくて幼馴染みの君らに接触した感じなのさ」

「龍祈のこと?」

「うん」

「……自分が星の子として生まれてきてしまった意味を知りたいんだよ。花織にこの場所へ連れてきて欲しかった。多分……もう他に方法がないって思うくらい追い詰められてたんだと思う」

「はぁ……なるほどね。ずいぶん身勝手な理由だ」

「……そうかもしれない。けど、だからって責めることもできないのが悔しいところ。……隣、座っていいかな」

「好きにしなよ」

 柳楽さんは、ベッドで見つけたらしい文庫本サイズのノートをパラパラと捲って手慰む。

「それ、何」

「こっちは詩篇、さそりのひ。こっちはだれかの手帳だね、勿忘草の歌という題でこっちにも詩が書いてある」

「さそりのひ……見せて」

「どうぞ」

 差し出された詩を読んでみる。……やっぱり、覚えがあった。これは、宮沢賢治の詩だ。



・ ・ ・


【さそりのひ】


    あれは何の火だろう あんな赤く光る火は

    何を燃やせばできるんだろう


    あれはさそりの火だよ さそりが焼けて死んだのさ

    その火が今でも燃えていると言う


一.むかしのバルドラの野原に一匹のさそりがいて

  小さな虫やなんか殺して食べて生きていた

  するとある日、イタチに見つかり食べられそうになった

  さそりは一生懸命逃げた


  けれどもとうとうイタチに押さえられそうになった

  その時、前にあった井戸に落ちてしまった

  どうしても上がる事が出来ずに さそりは溺れはじめた

  その時、さそりはこうお祈りした


    ああ、私は今まで幾つもの命を 奪い取ったかわからない

    そして今度は私がイタチにとられようとした時、あんなに一生懸命逃げた


二.それでもとうとうこんなになってしまった

  どうして私は私の身体を

  黙ってイタチにくれてやらなかったろう

  そしたらイタチも一日、生きのびたろうに


    どうか神様、私の心をごらん下さい こんなに虚しく命を捨てずに

    どうかこの次には誠にみんなの幸いの為に 私の身体をお使いください


  そしたらいつかさそりは 自分の身体が真っ赤な 美しい火になって燃えて

  夜の闇を照らしているのを見た その火が今でも燃えていると言う


    どうか神様、私の心をごらん下さい こんなに虚しく命を捨てずに

    どうかこの次には誠のみんなの幸いの為に・・・・・


  僕はもう、あのさそりのように 本当にみんなの幸いの為なら

  僕の身体なんか 百ぺん焼いてもかまわない


    そう書き残してあの人は みんなの為に駆けずり回り 過労と病に倒れた

    どうかこの次には誠の みんなの幸いの為に・・・・・



・ ・ ・



「宮沢賢治だ」

 僕の言葉に、へぇ、と柳楽さんは感心したように呟く。

「よく知ってるね」

「……子供の頃読んだし」

「いやいや、よく覚えてるもんだよ。こっちは知ってる? 筆跡は違うようだね」

「……いや、それは知らない」



・ ・ ・



【勿忘草の歌】

とらよとすればその手から小鳥は空へ飛んで行く

仕合わせ尋ね行く道の遙けき眼路に涙する


抱かんとすれば我がから鳥はみ空へ逃げて行く

仕合わせ求め行く道にはぐれし友よ今何処いずこ


流れの岸の一本ひともとはみ空の色の水浅葱

波悉く口付けしはた悉く忘れ行く



・ ・ ・



「部屋を見るに、この部屋が本当に宮沢賢治と保坂嘉内の部屋だとすれば、この勿忘草の歌とやらは保坂サンの書いたものかもしれないね」

「……柳楽さんはこんな意味のわからない空間のこと、信用するの?」

「まさか。ここが本物の二人の部屋だとは思っちゃいないよ。ここはある意味概念が形になった場所なんじゃないかな」

「概念」

「つまり、オレたちにとって必要なものがつめられた、夢の中の世界のようなものだよ。……多分ね」

 まあ、そう納得する他ない。夢だとしたら、早く覚めて欲しいくらいだけれど。生憎夢ではなさそうなことはもう肌でわかっている。信じたくなくても、信じるしかないのだ。

「あっちの原稿用紙は見た? 二束、山になってるんだ」

「まだだよ。それどころじゃなかったでしょう」

「じゃあ一緒に読もう。昂がたしか銀河鉄道の夜の原稿だって言ってたよね」

「……君、矢留クンのことはいいの? 追いかけなくて」

「……後で、行く。俺だってまだ混乱してる、し」

「ああ、まぁ、そうだよねぇ」

「それに、柳楽さん、震えてたし。あんたがそこまで取り乱すって、なかなかないだろ」

 僕の言葉に、一瞬柳楽さんが停止したような気がした。

「昂は昔からキレると一人になって、勝手に自己嫌悪して引きこもる癖があるんだよ。ああなったらほっとくに限る。一回頭冷やしてから話しかけに行く」

「あ、はは……そう。子供の頃もそうしてきたの?」

「……ていうか、あいつがキレると大体花織が追いかけてたんだ。俺は、それからしばらくして、行って」

「ああ、ビビっちゃってたわけだ」

「そう、だよ……あんな風なキレ方は初めて見たけど、昔から怒ると雰囲気が怖かったから」

「それ、さっきのオレと似たような感じじゃないですか」

「……かもね、俺はただ慣れてただけかもしれない」

 靴を脱いでいると、柳楽さんはぽつりと呟いた。

「そういう、彼女の追いかけてくれるところが彼は好きだったのかもしれないねぇ。君が頑張れてたらもう少し違ってたりして」

「バカ。男だよ。ないでしょ」

「どうだろう。オレはそういうの気にしないタイプだから」

 思わず振り返る。柳楽さんは僕が見ていることに気づいて、にこ、と人懐こく笑った。

「……初耳なんだけど」

「あれ? ずっと言ってなかったかな」

「……俺が、ゲイなのは気にしないとは言われたことあるよ。でもあんたがバイだとは聞いてない」

「そっかそっか。言ってなかったかもねぇ……」

「……子供の頃から、本当に気にしないものなの?」

 僕は、どんな答えを期待しているのだろう。

 柳楽さんの答えを聞いて、救われることなんてあるんだろうか。本当に欲しいのは昂の言葉なのに。……でも。

「……まぁ、子供の頃は気づいてすらいなかったけど、もし同性に告られても気持ち悪くはなかったんじゃないかなあ。ボクはそういうとこ、ゆるゆるだからね」

「……ふうん」

 ……柳楽さんは、僕が欲しい言葉をくれる。いつもそうだった。

「……さっき、柳楽さんが急に意地悪になったから、本気で傷ついた」

「あー、うん。ごめんね」

「今も、もしかしてめんどうくさくなったから俺に合わせてるだけ?」

「んー……」

 柳楽さんの返事は歯切れが悪い。

「おい、どうなんだよ」

「んー……いや、なんていうのかなあ………だからね、オレにも色々思うところはあるんだよ。まぁ、君に冷たくしようと思ったのは本心だよ。オレは物心ついてずっと、自分の伴星を探していたからね。そのためだけに生きてきて、生き延びてきたからさ、実際人間に興味がないのも事実だし。だから君がそれでないのなら、君に優しくする道理もないと思ったのさ。だけどねぇ……まぁ、情はあるよねぇ」

 柳楽さんはそう言って苦笑した。

「なんでかな……人間関係にはドライな方なんだけどね。君のことも突き放せるはずだったけど、いつも通りの君を見てたらやっぱりハラハラしてさ」

「ハラハラって……」

「君はなんというか、見てて落ち着かない人ですよ」

「……とりあえず、柳楽さんもちゃんと人の心があるみたいでほっとした」

「ひどい言い方だなあ」

「ひどくない。ちゃんと柳楽さんも人間ってことだよ。星に選ばれた少し特別感のある、ちゃんと人間」

 柳楽さんがまた黙り込んで僕をじっと見つめてきた。

 僕が知っている柳楽さんは、いつも緩く笑っている。一人でいる時は無表情なことがあるけれど、僕といるときにこんなふうに真面目な顔をしたことは今までなかった。そんな目で真っ直ぐ見つめられると、なんだか落ち着かない。

「……何」

「うん? 何かあった?」

「いや、人を真顔でじろじろ見ないでくれよ」

「あー、ごめんごめん」

 柳楽さんがいつものように笑ったので、僕はほっとした。

 後は、二人でしばらく黙々と原稿を読む。それは、銀河鉄道の夜だった。やはりというか、なんというか。

「いやー……オレ達さ、何やってんだろうね。夏休みの感想文のために読書した時くらい今必死で読んでるよね」

 柳楽さんが不意にくつくつと笑い出した。僕も段々とつられてくる。

「ほんとに……な。読んでも何の意味があるのか……龍祈は、ここにある全てがきっと必要な情報だって言ってたけど」

「その話、もう少し詳しく聞いていいかな」

「うん……あ、でも、龍祈に聞いた方が早いかも。俺は聞いててもよくわからないところもあって……」

「ふーん、彼がちゃんと話してくれるならいいけど? わからないといえばこの原稿もまったくわからないね。なんでこう読みづらいのかな」

「はは……昔の文豪の作品って読みづらいよね。ラノベの方がずっと読みやすいや」

「言えてる。ねぇ、そっちブルカニロ博士って出てきた?」

「え? いや、そんな登場人物いないっぽいけど……」

「やっぱり? オレも昔かじった記憶では見た覚えがないんだよねぇ……でもオレが読んでる方の束には謎のブルカニロ博士が出てくるよ」

「うーん……ちょっとこういう文学研究は龍祈に任せようよ。俺たちはとりあえずこれを持っていけばいいんだし」

「そうしましょー。目が疲れてきたわ」

 僕たちは読んでいた原稿用紙の束を改めてまとめ直すと、立ち上がった。

「改めて、確認だけど」

 また、柳楽さんが真面目モードになる。慣れないな、と思った。それだけ、この状況が彼にとっても大事なんだろう。

「龍祈くんからある程度の説明は受けたって言ってたよね、暦海くん。星の子、だなんてワードもぽんぽん出しているし、オレと花織ちゃんと龍祈くんが三人で連星となる星の人間だということは理解してる?」

「あ、うん……ええと、エリダヌス座の四十番星、って番号を振られている連星だよね。それで、A星、B星、C星ってそれぞれアルファベットを振って区別してるんだ」

「人間がね」

「そう、人間が……ってまだそれ言うのかよ」

「いや、別に今のは差別的な発言じゃない。むしろ人間がそうやって名前をつけたり区別をつけてるから、オレ達が自他の境界をうまくつけられてるとも言えるし……そうだな、君にわかりやすく言うならかの星々をオレたちの守護星とでも表現しようか。どう?」

「うん、それなら」

「ありがとう。とにかく、オレの守護星はその四十番星の中で主星と呼ばれるA星なんだ。他の二つよりも明るいから主星、残りの二つは伴星。そしてそのうちBが花織ちゃんでCが龍祈くん……BとCの違いはなにかというと、」

 柳楽さんはそこで一度息を整えた。

「……天文学的に言えば、B、花織ちゃんの守護星は白色矮星と呼ばれる状態にある。どういうことかというと、もうすぐ、死ぬってことだ」

 星が死ぬ。

 それは、自分が星そのものだという妄想から逃れられない彼らにとっては、恐ろしいことなんだろうなと思う。人間としての今の自分が仮初の姿で、天体が本当の姿だとして、本当の姿が死ぬ恐怖というのはきっと僕たちが死を恐れるのと変わりはないんだろう。

「今から言うのは……オレの立場でずっと抱いていた感覚的な話なんだけど……バカにすんなよ」

「しないよ」

 僕は頷いた。柳楽さんは小さく息をつく。

「……花織ちゃんが、星の姿に戻るための転生を成功させれば、花織ちゃんが分担していた星の力が本体に戻って……本体はうまく新しい星として生まれ変わることができるんだ」

「たぶん、それが龍祈も言ってた、天文学で言うところの超新星爆発、ってやつだよね」

「……そう、天文学的には……科学的には、多分、そうだ……」

「その辺りのレポートを龍祈がまとめてたよ。後で柳楽さんも見せてもらいなよ。今正直混乱しかけてるんでしょ」

「……見せてもらえるならね」

 僕は肩を竦めた。

「その超新星爆発ってさ……なんていうか、この詩に書いてあったことと少し似てますよね」

「詩? さそりのひのことかい」

「うん」

 僕は頷いた。

「本当は人間なのに、その自覚もあるのに、自分の星が生まれ変わるためにその身を犠牲にして、燃やさなきゃって花織は思ってる。このさそりのひになりたがっているように俺には見えます」

「……それで、宮沢賢治なのかな」

「龍祈の研究によれば、宮沢賢治も星少年だったらしいですよ」

「ああ、どうりで………」

 柳楽さんは、詩篇をぎゅっと握りしめた。

「どうりで、胸にくるはずだよ」

「花織も、さそりのひ……って表現してた。柳楽さんは、花織がさそりのひになるのを止めたいんですよね」

「そう、だね」

「どうして? 自分の伴星が生まれ変わるのはいいことなんじゃないですか」

「……わからない。でも、今のままじゃ、花織ちゃんが身を捧げても、失敗するということだけはわかってる、から」

「失敗しないなら、歓迎する?」

「……意地悪なこと言うじゃん。何、仕返し?」

「別に、そういうことじゃないです。でもほら……さっき、俺変なこと口走ったじゃないですか。あれ、なんでなのか俺にもわからないんだけど……ほら、ちゃんと愛し合わなければ、ってやつ」

 僕はぼんやりしながら自分の発言を反芻する。柳楽さんはそんな僕を奇妙なものを見る顔でじっと覗き込んでいた。

「……とにかくさ、成功するとかしないとかの前に、だよ」

 僕が黙り込んでしばらく経ってから、柳楽さんは再び溢した。

「ずっとなんだよ。物心ついた時からずっとね、オレは花織ちゃんを探してたんだ。止めるために生きてきた。オレが見つける前に、大事な片割れを、その星の子を喪ったらどうしようってずっと怖かったんだよ。だから、他の人間とも積極的に関わってきた。友好関係広げて、少しでも手掛かりが欲しくて。オレは、あの子を見つけるためだけに生まれて、生きて、形作られてきた。今君の隣にいるオレはそんなやつなんだよ。……不確定要素の中で、行動したくない。行動させたくも、ない」

「……そっか」

 俯く柳楽さんが、なんだか自分よりも幼い人に見えて、少しだけ可笑しくなって、哀しくなった。

 僕が柳楽さんの探していた人ではなかったことが、なぜだか寂しく思えた。この寂しさは、もしかしたら羨ましさから来るのかもしれない。

 ずっと僕自身に向けられていると思っていた柳楽さんの優しさが、僕に向けてのものではなく、そして僕のものですらなかったということに。柳楽さんを楽にしてあげられるのは、僕じゃなくて花織だけなんだろう。……柳楽さんをもしかしたらとてつもなく不幸にするのも。

 花織はやっぱり選ばれた子なんだな。

 でも、今は嫉妬で苦しくはならない。柳楽さんの心に少し触れさせてもらえたような気がするから。今まで世話になった分、今から少しでも恩返しができるだろうか。

 花織を友達として助けたいだけじゃない。僕はいつのまにか、花織が昂にとっても柳楽さんにとっても大事な人だから、なおさら助けたいと思っている。

 この気持ちはいったいなんだろう。

「俺、柳楽さんを赦しますよ」

「……なに?」

「俺に冷たくしたことです。赦します」

 柳楽さんは目を僅かに見開いて、そしてなぜか苦しげに笑った。

「花織が喪われないように、俺も頑張ります。協力しましょう。俺たちの目的は一緒だ」

「君が目的にするべきはさぁ」

 柳楽さんはなんだか泣きそうだった。

「君は、ここから出て、抜け出して、元の世界に戻ることだけを考えなきゃ」

 柳楽さんの言っていること、なんだかピンと来なかった。僕は首を傾げつつドアを開けた。

「俺、昂と話してきます。柳楽さんは花織を探してもらえますか。もしかしたら龍祈のところにいるかもしれないけど……龍祈は突き当たりの体育館の、倉庫から登ったところにある放送室にいますから、わからない時はそこで」

「うん……」

 柳楽さんは歯切れが悪い。

「暦海クンはさぁ」

「え、なんですか」

「……君は、ここで仲間外れなのに、お人好しすぎだね」

「ははっ、おもしろいこと言いますね、柳楽さん」

 僕は振り返って微笑んだ。

「ほんとの仲間外れは昂でしょ。だって四十番星じゃないんだから。俺は仲間外れとかじゃないです。ただのおまけってやつです」

 廊下に出ると、重みでドアが一人でに閉まった。

 柳楽さんは、しばらく出てこなかった。僕はそのまま、向かいの図書室と書かれた扉をノックする。返事はないけれど、ノブを回した。鍵は開いている。

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