九
教室に戻ると、小さな灯りがぼんやりと光って見えた。その両脇に
「あ、戻ってきた。おかえりスネ夫クン。どうにかこうにか、ランプ完成したよ。明るいでしょ~」
柳楽さんが僕にそう話しかける。僕の名前はスネ夫じゃない、といつものように言い返したいのをぐっとこらえて、僕は柳楽さんを無視した。まだ僕は怒っているんだ。
……あるいは、傷ついているんだ。情けないし、言いたくないけど。
「……さっきのプラネタリウムから、変な映像が出てきよった」
僕は叫びだしたくなって「あー、あー。あー」と絶え間なくあ音を発した。昂からうるせえぞと顔をしかめられるまで。
「あれって……その、あれだよな。ゲイ的な――」
「今その話どうでもいいじゃん? 昂」
やっぱり昂は気づいていたんだと、血の気が引くような感覚を覚え、声が震える。でも、そんな僕を見てわかっていて、柳楽さんが僕の言葉を遮るのだった。
「え~。何それ、ウケるね。なんで?
「違うっ。俺が、投影機にぶつかって割っちゃったから……! そしたら、出てきただけ……」
そんなの、やっぱり暦海クンのせいじゃん、と柳楽さんはなんでもないことのように言う。やめてよ、と俯いた僕が言えば、柳楽さんはなんで?と問い返す。僕にはもう、柳楽さんがよくわからない。
ぐちゃぐちゃに心が壊されて行くようだ。どうしてここまでされなきゃいけないんだとか思う。やっぱり、こんな人連れてくるべきじゃなかった。そうしたら、僕はここまで傷つかずに済んだ。関わるべきじゃなかった。だって僕は柳楽さんにとっては運命の人ではなかったわけなんだから。
「……こよみのせいかどうかは、今、どうでもよかと思う」
不意に、普段よりも低い押し殺したような声で、花織が口を開いた。
「それより……二人とも話しば逸らさんでくれん? さっきこよみが言ったこと忘れたと? こよみは『知りたい』って言った。あたしはこよみを巻き込んだ……二人だって、そうやろ。巻き込んだのと一緒でしょ。なら説明する義務、あると思う。あたしは、」
花織は、泣きそうな顔になって、それを堪えるように唇を噛んだ。
「……私は、……っ、こよみをここから出してあげたい。私の役目に、巻き込みたくない。だから……だから話そ? 自分たちのこと。私、私はね……最初は、二人が星の子だって知らんかった。でも二人は私の事見て、すぐにわかったんよね? あ、あたしが星の子だって。だ、だから近寄って来たやろ。わかって――」
「違う、そんなんじゃない」
昂が焦ったような声を出した。けれど花織は、昂をキッと睨み付けた。
「そんなんじゃないわけ
花織は、僕の側に歩み寄った。そして、俯き加減だった僕の両頬を、そっと手で包み込んだ。
「こよみ……こよみ、ごめんね、あたし、こよみに大事な秘密教えてもらっといて、でもあたしは……あたしはずっと、それを言わんかった、隠してた……ごめん、仲間外れにしたつもりはなかったとよ。でも、ごめん……全部話すから、聞いて。花織を許して」
互いの瞳を覗き込み、僕らは見つめ合っていた。花織の掌から柔らかな熱が伝わってきて、僕の体に沁み込んで、ささくれだった僕の心を温めてくれるようだった。気づいたら、僕は涙を一粒流していて。花織は誰にも見えないように、それをそっと拭ってくれたのだった。
「………勝手にしろ」
静かな怒気を孕んだ声を絞り出したのは、昂だった。
「お前がそがんこと言うならもう知らん。俺の今まで否定すんな。もう知らん。もうお前のことも、何もかも知らん。……龍祈に会いに行ってくる」
花織は、その声にも振り返らなかった。僕の頬を花織の長い睫毛の先がそっと撫でた。花織が悔しそうにまた唇を噛んで、目を伏せたからだ。
「……あたしだって、もう知らん。付き合えん。何度も言いよるやろ。あんたとは付き合えんって」
「ああそうかよ」
バン、と大きな音を立ててドアが閉まる。一人分の体温がなくなっただけで、室内が冷えたような気がした。
花織は僕から少しだけ離れて、成り行きを見ていた柳楽さんを見つめた。
「……
「あー、いや」
柳楽さんは頬を掻く。
「まあ、花織ちゃんが話したいっていうなら? 俺は別にいいよ。別にそこまで秘密主義でもないしね。君が死なないで済むなら、俺は暦海クンだって存分に利用させてもらうよ」
柳楽さんはそう言って、にこりと笑った。花織は、苦々し気に顔を歪めた。
「だって、それが俺の生まれてきた意味だからね。あ、でも花織ちゃん。さっきの言い方はよくないなあ。
「……知らん。……でも、反省はしてます。後でちゃんと謝る」
花織は俯いた。柳楽さんは、小さな声で独り言つ。それが花織にも聞こえていたのか、僕にはわからないけれど。
「後で、ねえ……それで間に合うならいいけどね」
僕の心が、ざわざわと波立った。
*
星に感情なんていらない。
こんな身体なんていらない。
こんな姿で、不自由に生きる意味が分からない。
わからないまま、生きることを強いられているのがきつい。
でもそれでも、俺はお前に惚れたから、だから嬉しかった。
お前のこと本当に好きだから、お前の側に居るためなら、たったの数十年、人間のまま生きていくのも悪くねえなって。
けど、お前に必要とされないなら、俺は人間である意味がないんだよ。
今すぐにでも、こんな身体燃やして消し炭にして、還りたい。
元の姿に。俺自身に戻りたい。ああなんで、押し殺してきたこんな願いが、また湧き上がってきたんだろう。イライラする。むしゃくしゃする。
………うるせえ、うるさい。星の泣き声は、耳障りだ。
*
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