第5話 掴む
男を捕まえるなら、胃袋を掴むのよ、と言われたのを思い出した。
幸いというか、私は料理が好きだ。
お菓子作りも好きで、よく作っていた。
ある夏の日、彼からメールが来た。
「お茶漬けが食べたい」
お茶漬けなんて、料理じゃないじゃん…
でも、これはチャンスだ。
何事も、最初が肝心ていうし。
丁寧に出汁をとり、小鉢を何品か作る。
デザートには水羊羹を作って、彼が来るのを待つ。
自室の小さなテーブルに、作ったものを乗せる。
お茶漬けを見た彼の第一声は
「これ、君が作ったの?全部?」
何か間違っていたの?と不安に思いつつ、当たり前でしょ、と言うと、彼は出汁をかけてお茶漬けをかきこんだ。
あっという間にたいらげて
「おかわり、あるかな?」
あるよー、持ってくるね、と言ってキッチンに戻る。
よしっ!!
出だしは好感触。
デザートの水羊羹まで綺麗に食べてくれた。
彼の奥さんは、家事全般、特に料理が苦手で、毎日お総菜か外食で食費がかさむとよく言っていた。
本当かなんて分からないけど、私の手料理を喜んで美味しいと食べてくれるだけで嬉しかった。
お茶漬けを皮切りに、彼が来る夜には夕飯を出してあげるのが当たり前になった。
同時に、来る回数も増えて、ご飯だけ食べに来て会社に戻る、なんてこともあったり、仕事の愚痴や弱っているところを話したり見せたりしてくれるようになった。
デザートに関しては、毎回、どこの店で買ってきたの?と聞かれるから、1度できたてそのままを出してちゃんと作ってることを証明したりした。
私の1番得意なケーキを、一緒に作ったりもした。
この頃には、月に一度くらい子どもたちが夫の赴任先へ泊まりに行ったりしていたから、それに合わせて外泊したり、自宅に泊まったりしていた。
夜に来て、ご飯を食べて、いつもより濃いセックスをして、一緒にお風呂に入って、朝起きたらまたセックスして、デートして、帰りに買い物をして夕飯を一緒に作って食べて、またセックスする。
新婚みたいだよね、と笑う彼が大好きで、
好きだよ、と言ってくれる彼が愛しくて仕方なかった。
彼の仕事が忙しすぎて、Yシャツが足りないから選んで買ってきてほしい、なんていうこともあった。
彼の服を洗濯したこともあったし、完全に脳内お花畑で現地妻気取りだった。
夫も彼も優しい、子どもたちはかわいい、毎日が楽しかったし、気付けば体重が20キロ以上減っていて、実年齢より若く見られるようになり、私は調子に乗った。
同時に、この生活を守るために狡猾になった。
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