まだ見ぬ自分といまを生きる君へ

HaやCa

第1話

 雪解けと共に季節は変わっていく。僕が思い描く景色はいつだって明るい色をしている。それをどうにかして友達に伝えるけど、僕の説明が下手くそなのかさっぱりわからないと彼は首を振る。

「お前はいつも考えすぎなんだよ。もっと気楽に生きろよ」

 そう僕の肩を叩いて、彼は教室から出ていく。僕からしてみれば彼はいつも頭をからっぽにしているように見えるが。これは言わないほうがいいだろう。僕は今の生ぬるい環境を失いたくない。何も進展しないこの状況が心地いいと思えるから。

 イヤホンを耳に差す。これから何も予定はないしすぐに帰ることにしよう。鞄を肩に引っ掛けて、廊下で出会う人と人の間をすり抜けていく。


 明日、明後日、あと二日もすれば学校が始まる。僕はまだ課題を終わらせていないし、特に危機感もない。

学校に行って先生に怒られでもすれば、渋々やりだすことだと思う。そんなことより今は他のことに熱中していたい。ずっと絵を描いていたい。今僕が持っている想いと、いつか遠く離れ離れになってしまう君との思い出を、このカンバスに収めておきたかった。


 君が僕の隣の席に座ったとき、あのころはまだ名前も知らなくて「誰だろうこのきれいな人」なんて思っていた。好きになったのは今でも覚えている。肩にかかる烏羽色がとても艶やかで、何度も見とれてしまった。僕の視線に気が付いた君はくすくすと笑う。

「わたしの髪になんかついてる?」

 本当は知っているだろうに、君はおどけるようにそう言った。


 きみはいつも挨拶をする。誰にも分け隔てなくふるまって、当然のように僕にも。言葉を噛みながらも僕が挨拶を返すと、きみは微笑むように笑った。そして僕に一言いった後、友達らしき人と颯爽と去っていく。春はあたたかくて、誇らしげに咲いている桜の木を僕は見上げた。



 君の名前を知ったとき、季節は夏の様相を見せていた。用水路を流れる水の勢いに負けないように、きみはスポーツに勉強それに恋にも打ち込んでいた。その目が僕に向いていないことだけを恨んで僕は言い訳を吐いてばかり、あとはきみの活躍を横目に見るのが精いっぱいだった。夏を楽しむきみが羨ましかった。

 夏休みになり、頭の悪い僕ですらクラスメイトの名前を一人残らず覚えた。夏休み前に行ったレクレーションの賜物だろう。あれっぽっちのことでクラスの仲が良くなるとは思えないけど、担任的には満足だったらしい。体育館の端っこで僕たちを見守りながら、小さくガッツポーズをしていた。


 カッカッ、と黒板を叩くのは背の高い書記さん、彼女の名前は……、よく覚えていない。苗字が「朝日」ということだけは薄っすらと覚えている。この辺じゃ珍しい苗字だし、綺麗だとも思う。ただそれだけで、異性としてはなんとも思わない。顔立ちは整っているけど、タイプじゃなかった。

その後も委員長と書記さんのおかげで、会議は滞りなく進んでいた。そう思ったのは僕だけじゃないようで、僕の隣の彼女も眠そうにあくびをかみ殺していた。目をごしごしとこすっているあたり、相当眠たいのだろう。そのときだった。唐突に教室の電気が消えたのだ。

 がやがやと騒ぐクラスメイトの声を断ち切ったのは委員長だ。急に立ち上がりクラスメイトを一喝した。その声には苛立ちもこもっている。スマホで確認すると、今日は午後から土砂降りになると言っていた。


 クラスが落ち着いたころ、担任が教室に戻ってきた。テストの採点で忙しかったようで、今の今まで来られなかったですごめんなさいですと言い訳をする。幸いクラスメイトの不満は消えた電気にあったので、担任への批難はみじんもなかった。 窓を叩く雨音が一層強くなっていく。

 

 僕を指さす委員長の目は真剣味を帯びていて、同時に僕を試すような目をしている。

「―くん、今日からあなたはメインパーソナリティー。隣のその子と後ろでイチャついてるバカップルと一緒に頑張ってね」

僕ときみを含む四人が文化祭のメインパーソナリティーに任命されたのだ。頬杖をついていた僕は一瞬何を言われたのかわからなかったが、彼女はちゃんと話聞いていたらしい。委員長の勝手な言葉にもきみは生真面目に頷いた。

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まだ見ぬ自分といまを生きる君へ HaやCa @aiueoaiueo0098

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