月のない夜に

蒼蓮瑠亜

第1話

人々に忌み嫌われる吸血鬼。

不老の呪いで、老いを知らない。

移り変わる人間たちをただただ見つめるだけ。

時折捧げられる贄の血を吸い、その記憶を奪って逃す。

別に無差別に人間を襲う必要もない。

数年に一度、血を吸えれば良いのだ。


ただただ、月を見て生きるだけの日々。

寂しい、なんて感情も、とうに忘れてしまった。


そんな、ある日。

月の無い夜、森を散歩していた時のこと。

いつもの散歩道の真ん中に、それは在った。


籐籠。

白い布切れが詰められていて、覗き込むともぞもぞと動いた。


「……」


それが、なんだか、一瞬分からなかった。


もみじのような小さな手が、伸ばされる。

大きなクリクリとした赤い瞳が、僕を映して笑っていた。




数年後。


夜の散歩から帰宅すると、それを聞きつけた君が、パタパタとやってくる。


「ケイ!」


あどけない笑顔で駆け寄ってくる君。

微笑んで受け止める。

小さな身体は羽根のように軽く、どこかに飛んで行ってしまいそうで、慌てて抱きしめた。


「サク、転んでしまうから走るのはやめなさい」


「はーい」


人間の子供は成長が早い。

あの夜、捨て置けずに拾った子供。

連れて帰ったものの、子育てなんかしたことない。

取り敢えず、適当な使い魔に尋ねて、試行錯誤し、なんとか殺すことなく育てることに成功した。


透けるような白い髪に、白い肌。色素という色素が無い中、唇と、瞳だけが思い出したように赤い。

アルビノと呼ばれる一種の病気だ。

しかし、知識のない人間は、そんな子供を鬼子と言って捨てた。

この子も、その類だろう。


抱きしめていた細い体を床にそっと下ろす。

年齢がやっと二桁になったばかりの少女は、大きくなったとはいえ、僕の腰ほどしか身長はない。

だから、僕を呼ぶ時、少女は僕の服の裾を引っ張る。


「?」


首をかしげると、ちょいちょいと手招きをされる。

内緒話かな?と、顔を近づける。

いや、ここには僕と少女しかいないのだから、内緒話もないのだけど。と、そっと腰を折る。

少女の側まで顔を近づけると。


ちゅ。


「……」


頬に可愛らしい唇が当たった。


「おかえりなさい、ケイ」


目を点にして固まる僕を赤い瞳が可笑しそうに見つめている。


……誰だい。この子に余計なことを教えたのは。


ただ、満足そうに笑う少女を見ていると、まぁ、どうでも良いかと思ってしまう。

それに。


……こんなに温かな気持ちになったのは久しぶりだ。


僕は、少女の笑顔につられて、微笑んだ。

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