第2話 始まったばかりの友達関係

「どうやら、ウルレイス王国も騎士が目覚めたそうだな。他の国も目覚めているらしいしそろそろいいんじゃないか?」

「いえいえ、まだですよ。騎士の準備が良くても、我々の兵士の準備が万端ではありません。もう少し実験して、強化しなくては戦争しても勝利は得られませんよ。二千年前と同じように。ついでにウルレイスの騎士の性能調査もしておけば安心でしょう」

 そこは暗く大きな一室、壁は金属でてきていて、じめっとしたいやな空気がある。……魔王城にある研究室だった。

 怪しげな機械がぐおんごぉんと不気味な音を鳴らし動いている。

 そこにいる二人の人物を照らすのは、機械のモニターからこぼれる光だけだった。

 一人は黒い鳥を彷彿させる鎧を身にまとった男。

 もう一人は象の特徴を持つ怪人だ。

「あと、あれの完成を待ってから進行してもよいかと」

 部屋の中心にある手術台に象の怪物は目をやる。そこには、一人の少年が眠っていた。

「……その辺りは任せる。取りあえず、あの国に火種は巻いておくのを忘れるなよ。最初に燃えるのはあの国でなくてはならない」




 いまだにこの生活は慣れないなぁ。

 この世界に来てから一週間が経ったが、豪華なベットに豪華な部屋はなれなかった。どうしても不相応に思えてしまう。

 大きな窓のカーテンの隙間から差し込む光で目が覚める。

 オレ、日比野白は、この国の……お姫さまの騎士となり戦うことを誓った。まだ正式な雇用ではないようだけど、お姫さまの住む屋敷にある客室に寝泊まりさせてもらっている。

 まあ、まだヒーローらしいことなんて最初の一日以外していないのだけどね……。

 洗面所に向かい、顔を洗う。豪華な鏡のせいか、自分の顔すら見慣れない気がする……。

 服は新しいものを何着か用意してもらえたので、それに袖を通す。シャツに近いもので、王族の屋敷にいるからか、きちんとした服だった。

 騎士服とはまた違う礼服の類だと思う。

 すると、控えめなノックがオレの部屋に響く。

 ああ、きっとあの子だ。

「どうぞー」

 オレの声と共に、彼女が入ってくる。銀髪の……月の冷たい光を連想させる髪、深い海を想わせる青い瞳、可愛いけど少し凛々しさもある顔の女の子。オオカミの耳としっぽがキュートなオレのお姫さまだ。

 記憶喪失の旅人という設定のオレを、ヒーロー……いや騎士として、友達としてここに置いてくれている女の子だ。

「おはようございます、シロ」

「おはようございます、お姫さま」

「……二人の時は違うでしょう?」

 むっとした表情をわざと彼女は作る。オレが最初に抱いていた騎士姫とはかけ離れた可愛い年相応の表情だった。

「そうでしたね、リュコナ」

「もう、わざとですね! 怒りますよ?」

 なんて、いいながら彼女は椅子に座る。

 ……あの日を境に、オレとリュコナ姫は友達になった。自然と彼女がオレの部屋を訪ねてくるようになって、会話も増えていって……リュコナの方から「名前で、呼び合いませんか……? そっちの方がお友達っぽいです」と提案してきたのだ。

 王族と平民だと問題はあるのかもしれないけど、オレに身分もなにもない。気軽に了承した時のリュコナ姫の嬉しそうな顔は忘れられなかった。

『私、友達が出来るのはじめてなんです』

 その切ない言葉は、彼女の回りにある身分の壁、なんだろう。

 ……この数日間で、ウルレイス王国の制度や国の特徴について学んできた。

 貴族と平民に特別な差はなく、土地に区切りはなく、大きな屋敷の隣が一軒家と言うことは普通にあるそうだ。差があるとすれば富の差らしいが、そこまで大きいものでなく、そしてこの国に限って言えば貧困は少ないらしい。

 王都はきれいで、他の町や村も、王国騎士団と王国軍、そして王国警察によって守っているとのこと。

 そう、この国は三つの武力があった。騎士団、警察、軍。

 これはこの国の政治体制にも関係しているようだ。

 王族を含む貴族の集まり貴族院、軍部、そして国民の代表の市長や村長の集まり国民議会それら三つによって法律や国の方針について話しあっているそうだ。

 それらを最終的に決定するのがリュコナ姫の父である現ウルレイス国王。

 立憲君主制のような……日本とはまた違う三権分立のような……そんな政治体制らしい。そしてそれぞれに武力があることで、お互いに均衡、そして平和を保っているそうだ。万が一どこかの勢力があばれだしてもいいように。

 そんな、貴族と平民の差がなくとも……王の娘と貴族、平民との差はあったようだ。仲のいい人、というのはリュコナにはいなかったようだ。

 だから、オレと出会った時にはいっぱいいっぱいで……水を貯め込んで破裂しそうなビニール袋のように、いろんなことを貯め込んで、苦しんでいたんだ。

 この子の友達になって……この子を支えようと思って正解だった。少しでも水を減らせたのなら。彼女が笑ってくれるのなら。

 不思議だな。なんでそんなことを考えるのやら。

 ヒーローとして目の前の女の子を救いたい、それだけじゃない気がして……。

「それでですね、今日はお父様が国に帰っていらっしゃるんです。そこで正式に、シロを特別な騎士として……聖剣とベルトの持ち主として、認めてもらう予定です。使者は先に出して、お父さまにお伝えしているので、あとはお父様がどう判断されるか次第なんですけどね……でも、きっと国に必要な力だと判断してくれます」

 また、騎士の顔になる。なにかを背負おうとする戦う人の顔。彼女は女の子らしく……優しい顔でいてほしいのに。

「大丈夫ですよ、オレが戦えることを証明すればなんとかなりますって!」

 彼女を支え、王国民を守る騎士に……ヒーローになる。生まれ変わる前の世界で憧れていた存在になるんだ。

「お着替えは済んでいますし、さっそく城へ向かいませんか?」

 リュコナは立ち上がりオレの手を掴んで、引っ張る。その力に合わせてオレは立ちあがった。……断るつもりはないので、問題はない。

「ええ、行きましょう」

 彼女はオレの先を歩き、扉を開ける。すると、そこに一人の女性が立っていた。黒髪のショートカットに、きりっとした大人な顔立ち。きりっとしたアーモンドな目つきに金の瞳。大人の女性、そう思わせる雰囲気を持つ猫耳の女性、ノクタ・パルツさんだ。

 リュコナ姫のお付きの騎士兼教育係とのこと。大人な女性、といったものの年齢はオレと同じ十八歳(記憶喪失という設定なのでオレの年齢は言っていないが)。……でも、二つ四つは上に見えるなぁ。

「姫さま、こちらを」

 その手には豪華な赤い布があり、その上に、銀で作られたティアラがあった。きれいな装飾が施されていて、中心にはリュコナの瞳の色と同じ、深い青の宝石がある。

 リュコナは片足を後ろにさげることで、頭を低くし、それを戴く。

 ……そのきれいなティアラは、リュコナの可愛さをより引き立てていた。彼女は、宝石のようであり、月のようであり、それでいて騎士の面を持つことで、剣のようでもあった。

 たとえるなら儀礼剣。きれいな装飾、美しい彫刻、それらをなされた剣。彼女の騎士としてのあり方、そして姫という立ち場、外見の魅力からはそう喩えらる。

 ただ外見だけの話であり内面や彼女のありようは、戦闘ではあまり実用的ではない儀礼剣ではなく、きちんと戦うことのでき、自身の役目を全うする剣だ。

 王族としての責任を果たそうとする尊い女性だった。

 ……頑張りすぎて、その剣は折れてしまいそうだったが。

「このティアラは、王族である証なんです。お城や正しい場では必ず付けるように義務付けられています。以前のような戦場を除いてですが……。どうですか? 似合って……いますか?」

 ちょっと照れくさそうに彼女はオレに聞いて来くる。

「ああ、似合っていますよ、さすがお姫様」

「あ、ちょっとからかってますね! 最近、解るようになってきたんですから!」

 じっと彼女はちょっぴり強気な目つきを睨みつけるような形に変える。

「姫さま、もう向かうのですから準備してください」

 ノクタさんに急かされ、お姫さまは「いけない」と急いでどこかへ小走りでいってしまった。

「ヒビノさん、姫さまと仲良くなってくれてよかったわ。私では、姫さまの友達にはなれないから」

 いつものようにクールに、しかしどこかさびしげな表情をしながらノクタさんが言う。

「やっぱり、あの日、オレをお姫さまのところへ連れて行った意図があったんですね」

 ちょっぴり不自然な気もしたんだ。感謝やお礼とか、そういうのは後で公式の場でするとか、落ちついてから会うとか。

 そこまで急に連れて行ったのは、きっと折れそうな彼女を立ちあがらせるため。

「友達になる、とまでは考えていなかったけど……ベルトに選ばれたものが力になってくれれば、姫さまはもう少し頑張ることができるかと」

「お姫さまのこと、良く見ているのですね」

「ええ、私は幼いころからの付き合いだから。彼女はどう思っているか解りませんが、姉貴分くらいのつもりではいるのよ。不遜かもだけど」

 お姫さまが信じるオレだからか、ノクタさんは多くを語ってから「さあ、ヒビノさんも準備して」と急かされて、ウルレイス国の城へ向かう準備を始めた。




 ウルレイス王国ウルレイス王都(埼玉県さいたま市のようなものだろうか?)その中心にあるウルレイス城へとオレと姫は馬車に乗って向かっていた。

 城は本当にこの王都の中心にあった。元々、この王都は山を削って作ったようで、城を中心に段々と街を作っていた。

 坂道により上からふもとまで繋がっているので交通は不便ではなさそうだ。

 ちなみにこの前戦闘が合ったのは山ではなくふもとの市場や流通のあるエリアらしい。頂上に近いこの場所から大きな壁が見え、その先に森、反対には海が広がっている。海沿いに大きな港があるらしく、近隣諸国と船で貿易をしていて、いろんなものが流れてくるそうだ。

自然に囲まれているきれいな街だと感想を抱いているうちに城へと着いたのだった。

 つれて行かれたのは謁見の間。煌びやかな装飾のある城内でもっとも美しいと思わせるオオカミと人が寄り添う彫刻がある壁の前に、玉座が置かれている。

 ……そこに座るのが現国王であるルファング・ヴォル・ウルレイス。リュコナの父だ。

 想像していたよりもずっと若い男だった。王というイメージの偏見だが、オレの中には六十代くらいのご老人のイメージを持っていた。

 しかしウルレイス王は、三十代半ばか後半と思える外見だ。鋭いくせをもつ黒い髪に、王の威厳とオオカミの鋭さをもつ男。

 リュコナと同じ瞳の色をしていた。

 玉座の横には、銀の髪の女性が立っていた。美しく、リュコナを大人にしたらきっと近い成長をするだろうと思わせる女性。名前はまだリュコナから聞いていないが、ウルレイス女王で間違いない。

 壁には兵士と大臣などの貴族たちが複数名並びたち、この場にいた。謁見の間にはオレとリュコナだけが入り、王の前で片膝をつき、頭を垂れる。

「リュコナ。そのものが例の怪物を倒した男で間違いないな」

「はい。間違えありません。彼が、ベルトと聖剣を使い、見事怪物を討伐したのです」

 父親言えど、王として接する礼儀があるのだろう。リュコナは敬った言葉を使い父である王と話す。

 ベルトと聖剣、その話を聞き、周囲にいた貴族と兵士がどよめく。

 噂自体は聞いたいたとは思うが、王族以外にベルトと聖剣を使いこなせたものがいない伝説の武具を、どこの馬の骨ともわからないものが使うと聞いては驚くしかないのだろう。

「……その言葉が真であるか、この目に見せてほしい。できるか?」

「はい、ご覧になってください。神狼の騎士を」

 リュコナはそう言って立ちあがり、オレの目の前まで歩いてきて、腰に回していた神狼のベルトを外す。そして、それを両手の平に乗せるのだった。

 オレは片膝をついたまま頭を上げ、そして両手を上に上げることで差し出されたベルトを受け取る。

 そして、オレは立ちあがって、ベルトを装着した。ここまで事前にリュコナに段取りを聞いていたのでスムーズに事を運べた。

 あとはオレが鎧を身にまとうだけ。

 リュコナは変身の時にでる魔力に当らないように距離を取ったのを確認してから、ベルトのバックに親指をそえ、バックルの横にある止め具を握り、魔力……体中の力がバックルに流れるイメージを浮かべる。

 この数日、練習はしていたし、起動のための詠唱も教わった。

 伝説曰く、鎧を全身に纏えるものは、鎧をまとう魔法を使うとき、こう唱えたと言う。

「神狼憑着」

 それは、神狼が救世主または王の体に憑依し、力を与えると言う考えから生まれた言葉と言われているそうだ。

 初めて鎧を身に纏った時は、光が体を包むことで変身していたが、オレの魔力の性質が雷属性に分類されるそうで、オレの体を雷が包む。

 何本もの稲妻がオレの回りに轟き、まるで竜のような轟雷がオレを飲み込むように落ちる。

 その雷が全てなり止み、オレの体には狼を模した近代的な……ヒーローのような鎧が身についていた。

 ……そういう変身の仕方をするらしいんだけど、オレは目の前がピカピカまぶしくて、リュコナとノクタさんに教えて貰ったんだけどね。

 回りの観客はざわめき、王も王妃も驚愕の表情を見せていた。

 リュコナには聞いていたが、やはり、このベルトを使うことが出来るのは王族だけだったのだろう。

「見ての通りです。彼は王族しか使えないはずのベルトに認められ、聖剣を使いこなし、怪物を撃退したのです。この功績を認め、彼にベルトを使う騎士として戦う権限と報酬を与えたいのです」

 リュコナ姫が、そう提案し、国王が頷く。

「よかろう。この度の力を認め、そのものにベルトを託し、この国の騎士として――」

「なりませぬ!」

 すると、若い男の声が響いた。赤い髪に鋭い目つきの男。オレと同じか少し年上くらいだろう。豪華な例服に身を包んでいる。

 そこらへんにいる大臣たちよりも豪華な服をきていて……まさに王子さまと言えるような外見だった。

「神狼のベルトと聖剣は個人が所有してはいけないという法を忘れたのですか! 私が所持しようとしたときにそれを理由にしたと言いますのに……そのような特例……!」

「……お前の祖父である先代国王が務めた時代の古い法がある。再び全身に鎧をまとう者が現れた場合、そのものを特別な騎士と認め、国のために尽くしてもらう、という神狼のベルト所持に関する法がな」

 どうやら、この国のルールに関することらしい。詳しい法律などオレに解るわけがないので、鎧を身につけたまま、会話が終わるのを待つしかない。

「それに、お前はベルトを使うことができなかった。王族でありながらな」

「それは……たしかに使うことはできませんでしたが、私が未熟なだけでありましょう。ですが私も王族! きっとベルトは認めてくれます!」

 余り似てはいないが……どうやらリュコナの親戚のようだ。さっきから王族といっているということからの推測だけど。

 でも、狼の耳がないな……普通の人間なのか?

「……そして、本当に怪物を倒したのかも疑わしい。目撃者はリュコナ姫とその配下の騎士だけと聞きます。ここは本当に実力があるかどうかはかるべきかと!」

「ならばどうする? 魔物でも用意して戦わせるか?」

 話がどんどんややこしい方へ行っている気がする。リュコナの横顔が険しいものになっていく。

「実際に力があるかどうか、ベルトの力を使わずに戦わせるべきでしょう! 鎧をまとうことができても本来の実力が皆無である可能性は捨てきれないのですから!」

 その彼の言葉に賛同するように、何人かの大臣たちが、その通りでございます! と声を上げた。

 ……少し、暴論ではないだろうか。ベルトの力を使いこなせるかどうかを見極めるのだったら、ベルト込みでオレの力を試せばいい。

 だが、この場で彼の意見に賛同する大臣たちの数は多い。いくら暴論であろうともこの人数を王の人声で納得させるのは難しいと判断したのだろう。

「ならば、戦うがいい。イヴィカーネ、貴様自身が神狼のベルトが欲しいのだろう? ならばお前自身の力であのものの力を否定せよ。そうすれば、ベルトの所有は国のもののままにしておこう。ヒビノとやら、それでもよいか」

 しぶしぶと、王はそのような命令を下す。怪物を倒したという事実の真偽はともかくとして、この場にいる全員を納得させるのは、力を直接見せるのがいい、という判断なのだろう。

 そっちの方がのちのち問題になりにくいのだろう。……結構政治の体制が整っている国だと思っていたが、実力を重視する部分も残っているのかもしれない。

 中世くらいの文明レベルではあるようだし……。

リュコナは、オレが変身することでみんなに理解してみせようとしたが、どうやら失敗したようだ。

 決闘は、異世界転生ものでよく見るな……。チート能力なんてないし、ベルトの力はないけども……。

 オレは、リュコナの横顔を見る。すると、リュコナもオレを見ていてようで、視線があった。戦ってもいいのか? そういう意思をオレの視線から感じたのか、こくりと小さくリュコナが頷いた。

「ぜひ、戦わせてください。国民を守る剣であることを証明してみせます」

 リュコナが願うなら、絶対に負けたくない。きっとオレが騎士として、ヒーローとして認めてもらえなければ、被害は増えるし、リュコナが戦うことになるのだろう。

 ……次こそリュコナは立ちあがれないかもしれない。だから、オレはベルトを所有するものとして認めてもらわなくては。

 このあと、城の中にある騎士団の修練場を借りて、イヴィカーネという男との決闘をすることになった。リュコナのためにも絶対に負けたくない。




 準備が整うまで、城を案内してもらうことになった。と言っても入れる場所は限られているようで、散歩する程度とのことだ。

「……本当にシロには申し訳ないです。本当だったら今頃、貴方には私だけでなく、国のために戦う騎士して認めてもらって……あの怪物の対策に時間をあてたかったのですが……政治は中々難しいですね」

 リュコナは、申し訳なさそうに言ってくる。

「しかたないですよ、みんな今までの考えがありますから。中々今までの常識と違うものを受け入れるのは怖いんでしょう」

 まあ、あの王子さまの影響力はあるのかも。

 あの場で王の一言で終わらせても、のちにわだかまりが残ってしまうかもしれない。あの人数の大臣や貴族に反感を買ったままでは、オレが今後戦うのに支障が出る可能性がある。

 正直、決闘なんてバカバカしいと思うけど、仕方は無い。異世界転生ものにはつきものだ。

 ……でもどの作品でそんな風に思ったんだっけな。

「……そういえば、あの人って誰なんです?」

「えっと、異議を申し立てた人ですか? 彼は、イヴィカーネ・ヒュム・ウルレイス……この国の王位継承者第一位の王子です」

 そうリュコナが説明してくれる。でも、現国王の娘はリュコナだから男女関係ないのなら序列一位はリュコナでは……?

 疑問に思っていたのが顔に出たのかリュコナが補足をしてくれた。

「この国は狼獣人と常人の二種類の王家があるんです。私は狼獣人の王族で、彼は常人の王族。基本的に交互に人と狼から王が選ばれます。……時々、両方の王族を統合し、また分けることで血を濃くそして絶やさず、この国が人と獣人の共存する国である象徴として、続いているんです。獣人と人が結婚すると、子供はどちらかの特徴しか持って生まれませんから」

 つまり、獣人と人の間には、どちらも生まれる可能性があるのか。

「なるほど。現国王、リュコナのお父さんが狼獣人だから常人のイヴィカーネ王子が次の王になる予定なのか」

「いや、次の王は私で間違いがない」

 すると鋭い声が、廊下に響く。騎士を二人従えて、イヴィカーネ王子が現れた。

「私は必ず王位につく。そして、そのベルトも王族にこそ相応しいものだ。必ず、この国のものとして扱わせてもらう。……解るだろ? それは王の象徴の一つなんだ。国の平和のために王のものであるべきなんだ」

 王子さま、というイメージだったがそれが少し崩れた気がした。その言葉が似合う男はこんな野望に溢れた悪い顔をしない。

 ……話している相手はオレのはずなのに、リュコナをじっと上から下へ上下に何度も舐めるように視線を動かす。リュコナもその視線に気づいているようで、体をこわばらせていた。

「ところで、提案なのだが君も恥をかきたくないだろう? 決闘を放棄してくれたら、旅人の君をそのまま自由にしておこう。国民権も与えていい。……私が王になったあとも君に干渉はしない。どうだろう? 魅力的な提案では?」

 そこでやっとオレに視線が向いた。赤い瞳にはぎらついた嫌な光が宿っている。

「……申し訳ないですが、このベルトに選ばれた以上、私は戦いたいと思います。ベルトが王の象徴であったとしても、これは力です。国民を守る力なのです。飾っておいても、今もなお襲う恐怖を振り払わなければ真の平和にはならないかと。なので、決闘はさせていただき、この力は国民を守るために使わせていただきたい」

 赤い瞳を睨みつけてオレは言い放った。彼の言う平和は、自身一人の平和だ。エゴという点ではオレと何も変わりはないが、正しいものだと思えなかった。

 誰かを守る力がここにあるのなら、今すぐに振るわなくてどうする。軍があっても、武器があっても、いざという時に使わなくては意味がないんだ。

「……負けた時は覚悟しておくといい。それにリュコナ姫。君も、今後の立場を考えておくんだな。正式に婚約者になったとしても第一王妃になれないかもしれないとね。……その男と遊ぶのもほどほどにしておきたまえよ。いつかの楽しみが減るのは困るからね」

 それだけ言うとイヴィカーネは去って行った。安全に勝ちを取りに行きたかったのだろう。

 ……オレは、気になったことをそのままリュコナに聞いた。

「……婚約者、っていうのは」

「まだ、婚約者候補です。正式に彼が継ぐとは決まっていませんから。……次の代の王は先ほどいった血を一つに戻す代、ですから。なにかよほどのことがない限りはしきたり通りに私は彼と結婚しないといけないのでしょうね……」

 リュコナは歩きながらオレに話してくれる。ちょうど廊下は途切れ、中庭にでた。きれいな花々が太陽に照られる中、リュコナの表情は暗い。

「……あまり人を悪くいってはいけない、そう思っているのですが、イヴィカーネ王子は……昔から嫌いなのです。先ほどのような私を従わせて当たり前のような態度や……その、いやらしい目、といいますかああいうねっとりといた視線で見られて……。噂では女性遊びをされているそうですし。それに……常人至上主義という思想を持っているようですから……」

 噂の域をでないことで悪くいうものではないのですけどね。と自分自身で否定しながらも、彼女は確信にいたるほどその話を聞いているのだろう。

「なにより……王族とはいえ、私も女の子ですから。恋愛、してみたいんです。素敵な男の人と」

 王族の運命には従いますが夢の一つですね、なんて言いながら寂しそうに笑う。

 心の中に、闘志の炎が宿った。さっきまでより強く。

 誰かを守りたい。ヒーローになりたい。それらの感情より、目の前の苦しんでいる誰かを救いたい。その感情は激しく、オレは思わず拳を握る。

 リュコナには笑っていてほしい。

 この一戦だけで婚約するかもしれない可能性をゼロにすることも、あの男を王にさせないようにすることも出来ないと思う。

 だけど負けたくなかった。リュコナのためにも、オレ自身のためにも。

 異世界転生する物語で、決闘も、お姫さまの婚約者とひと騒動することは多い。それらは何かしらな解決方法はあるけど、今、目の前にある現実にはそんな優しいものはなかった。

 だから、まずは、あの嫌なやつを徹底的に倒してやる。

 ヒーローらしさ、騎士らしさとはかけ離れていても、リュコナを救いたい。

「いつか、その夢が叶いますよ。それまで友達として支えますから」

 オレは、自分を奮い立たせえるためにもリュコナに優しく言うのだった。




 友達だから、でしょうか?

 シロの言葉は優しく心に溶けて、安心してしまいます。

 いつもシロに助けられてばかりだなぁ……。出会った時からお返しできてないです。

 今回も、もっと私が政治にたけていれば彼は特殊な騎士としての役職を手に入れ、国のために戦えたのに。・……ふがいない私の代わりに。

 もうすぐ決闘の時間なので彼と一緒に修練場へ向かいます。隣を歩く彼の横顔をちらっとみると、とても険しい顔をしていました。

 少し癖のある黒髪、大人びた優しい顔。凛々しさもあり……かっこいい顔でした、めつきは優しくて、でも大人っぽさを感じられるほど細い目で。

 とくに、彼のチャームポイントは鼻だと思う。筋の通った高い鼻。……私の鼻とつんと合わせたいと思ってしまうのは、オオカミの本能ですね……。私より年上だと思うと変におとなっぽいと意識してしまいます。

 彼に色んなものを背負わせている。友達とはいえ、私のために戦ってくれると誓ったとは言え、あまりにも多くのものを。

 そして、今日も夢の話をしてしまいました。

 ……イヴィカーネ王子が嫌いだからといってついつい口が滑ってしまったのです。彼のものにはなりたくはありませんでした。

 この国の王は、比較的自由恋愛が出来ます。でもそれは、王家統合をする時を除くのです。……だから、私か私の妹が、彼と婚姻する可能性は高いでしょう。

 もしくは、彼の兄弟と、ではありますが、第一位と第二位が結婚するのはとてもありえる可能性です。

 父はまだ、イヴィカーネ王子が王になると決まったわけではないとして、婚約の話は一切すすんでいませんが……向こうはその気のようで、ことあるごとにその話をされるのが……鬱陶しかったのです。

 もっと、私が強気に「あなたとはそうなりたくない」と強く言えれば違ったかもですが……立場を考えてあまり強く言うことができず曖昧にしていたのが、今に響いているのでしょう。

 シロといると強くなれる気がします。心に余裕が出来て……頑張れる気がしてくるんです。

 だから、次、あの人に嫌なことをされたら強く返したいのです。

「シロ。私は、観覧席に行かなくてはいけません。準備の手伝いはノクタに任せているけども……」

「大丈夫ですよ、必ずベルトはオレが受け取りに行きますから。リュコナ姫は笑顔で迎えてください。一言、命令すれば、オレは貴女の友ではなく、騎士として忠実に勝利をおさめましょう」

 シロは、どこかの役者のような言い回しをしながら、ベルトを外し私にそっと差し出してくる。そのベルトを受け取ると、私はぎゅっと握りしめながら、命令するのです

「では、あの男を一方的に倒し、私の元に勝利を持ってきてください。私の騎士として……友達として」

 私が改めて、命令……いえ、お願いをすると彼は笑顔で頷き、後ろで待っていたノクタに続きます。

 その背中に私は、頑張って、という応援を送るのです。

 それ以外にも、彼にしてあげられることがあればいいのに。彼の記憶を取り戻す、手伝いとか……。




「正式な騎士の決闘ではないので、礼儀も何もない。相手を気絶させるか、降参させれば勝利。まあ、殺害するもの可能だけど……相手が相手だし止めておいた方がいいわね」

 ノクタさんが、鎧を身につけるのを手伝ってくれながら、ルールの説明をしてくれる。

 ……十八歳になって誰かに着替えを手伝ってもらうのはなんか恥ずかしいなぁ。

「礼儀が必要な決闘もあるんです?」

「ええ。きちんとした騎士同士のものは。貴方はまだ旅人。だから国民もできる簡単な決闘ね。どうしても男たちは、力で何かを示さなきゃ気が済まないから。古い風習の名残ね。強い人間が全てを手に入れ、それらすべてを守る……もう何代も前の王は、そういう考えだったそうよ。実際、ベルトの力もあって、負けることはなかったようだから」

 それが、今の王国の成り立ちだそうだ。周辺国と戦争をしたり、対話をしたり、国を挙げた代表戦で決めたり、ゆっくりと領土を広げ、そして国民になった人々をなるべく平等になるように、幸せになるように、政治を行った。

「武器はどうする? 殺傷能力を低くするため、剣の刃は潰してあるからただの鉄の棒だけど。どれがいい?」

 鎧の装備を終えると、近くにある練習用武器が並べている武器棚に案内される。片手剣、両手剣、槍に斧、そのた様々な武器が並んであった。

 鎧は重くて動きづらい。その上、オレは鎧をまとって戦うのは不慣れだが、向こうは慣れきっているだろう。動きを重視して、片手剣を選ぶのが正解か。オレはそれを手に取る。

 だが、それだけでは勝てる気がしない。王子言えど、剣の訓練はしているはずだ。その時点でオレより格上。

 ベルトの力で戦うことは出来るが、戦闘になると素人だ。剣道部にはいっていたわけでもないし。……オレ、何か部活やってたっけな。

 なにか、奇策を思いつければ……。

 ふと、武器棚の端の方に視線を向けると、面白い武器が置いてあった。

「……これ、日本の武器じゃなかったっけ?」

「にほん……? その地名はわからないけど、随分変わった武器よね」

 オレはそれを手にとり、醜いが勝利を得る方法を思いつく。

「……ノクタさん、ちょっと荒っぽくても、騎士としての決闘じゃないなら大丈夫ですよね?」

「ええ、まあ、大丈夫だと思うけど?」

 彼女は首を傾げ、ネコ耳をぴくぴく動かすのだった。




 修練場の空気は最悪でした。天井がなく、四つの壁とその上にある観覧席。それらに囲まれた土の修練場。そんな、外気に触れる場所でも、あまりよくない場の空気が漂っているのです。

 ……王族であるイヴィカーネが勝つのが筋なのではないか、という空気。

 私自身、言えた義理ではないですが、貴族、王族と国民の壁は薄いものの、どうしても自分たちが上だと思う人間は少なからずいます。

 特に、大臣や騎士団の上の方の立場まで上り詰めた人間は、そこまでの努力があったり、家柄のプライドがあり、見下す……いいえ、自分たちは特別だと思い込み、国民を下に見る人はいます。

 ……私も立場としては上の人間だと言うことを心得ています。でも、差はそれだけであり、同じ人であることには変わりはないと信じているのです。

 もちろん、王族として、その責任を果たすということを考えれば、国民と私は平等ではないのでしょうけど。

 そのせいで、シロは負けた方がいい、という空気が流れているのです。貴族や大臣、騎士の人々はそうひそひそと話しています。

 ノクタの代わりについてくれた私の配下の銀狼騎士団は、彼に命を救ってもらったことがあるからはそう言うそぶりはなかったけども、ほかのみんなは違った。

 ベルトの力を十全に使えるものがいて、国民を守ることが出来るのに、それでも王家がベルトを持つべきだと。

 ……私は一番近くで試合を見れる場に座りながら、その雰囲気を感じていた。

四方の観覧席とは別に、王族専用席があり、そこに父と母が座っているのが見えました。この修練場の一番上の席です。

お父さんが、イヴィカーネの提案を飲むのもわかります。でも本心はどう思っているのか……娘である私でも解らず、不安でした。

すると準備が整ったのか、二人が入場してきます。

王族ならではの装飾が入り、赤いマントを付けたイヴィカーネと機能性を重視したシンプルな騎士甲冑に身を包んだシロが入場してきたのです。

イヴィカーネは両手剣と予備にもう一本の剣を装備していました。

シロは、片手剣と……鎖?

見慣れないものに気を取られていると、イヴィカーネは兜を外し、顔を晒すと父に向かって言うのです。

「王よ、この決闘、私が勝利をしても得られるものはありません! なので、褒美をいただきたい!」

「なにがほしい!」

イヴィカーネの叫びに父も大声で応える。……一体、なにを考えているのでしょう?

「リュコナ姫との婚姻の話を進めたいのです! このような機会がなければ彼女との進展は望めないでしょうから」

なにを、言いだしているの……! 私は彼の唐突な発言に驚きます。周りの貴族や騎士たちもざわめき出しました。

イヴィカーネの視線が、私に向いたことに気づきます。その目が粘着質で……あの怪物の目を思い出し余した。獲物を食らおうとする怪物の目を。その欲望にまみれた瞳を。

ゾクッと悪寒が体に走り、思わず体が反応します。

……あの男と、そんな関係にはなりたくない。

決闘のトロフィー、そんなもの扱いされるのは辛抱なりませんでした。

「リュコナ。どうだ! 貴様の騎士は、自身の運命を賭けるに足りる男であるか!」

 父の声はよく通り、ざわめく観客が静まり返ります。

 ……威厳のある声と裏腹に、父は心配するような目をしていることに気付きました。……私は、シロの方を向きます。

 彼は兜を外さないので、その仮面の下にある表情も、目も見ることはできません。でも、なにかが私につたわってくるのです。

 任せて、そんな優しく強い気持ちが。

 私は、立ちあがり、息を大きく吸って、尻尾と耳を立てて言うのです。

「はい。私の騎士は、私の信頼に応えるものです。私を賭けようと賭けなかろうと、彼は絶対に、勝利をしてみせるでしょう」

 その言葉を、シロに向かって言うのです。絶対勝って。自分勝手なことだけど、貴方なら勝てるって信じてる。

 それが伝わったのか彼は、前を向き、イヴィカーネを見据えて武器を構えるのです。

「よかろう。では、勝利した場合の報酬は考えておこう。イヴィカーネ、負けた時は相応の罰があることを忘れるな」

「は……ありがとうございます」

 父には距離のせいで見えなかったのでしょうか。彼は頭を下げる瞬間、にやっと嫌な笑みを浮かべたのです。

 そして、イヴィカーネも武器を構え……戦闘がはじまりました。




相当鍛えているようだ。両手剣という身の丈の三分の二ほどある大きな武器でありながら、相当なスピードで武器を振るってくる。

「ぐッ」

 こちらが攻撃しようとした隙を突かれ、胴に一撃をくらってしまう。痛みで呼吸が浅くなる。

 その隙をついて、上段から両手剣を振り下ろされ、兜に重い一撃を受ける。脳震盪とまではいかなかったようだが、視界がゆれ、痛みでふらついてしまう。

 頭に違和感がある。兜がへこんでいるのかもしれない。

 絶対に、勝つ、なんて言っておきながらこんな様か……。

 実力差があるとは思っていたが、どうしようもないくらいだとは……。

 闇雲に振るっても意味はないと思いつつ、牽制するために、右から左へ、左から右へ、二回剣を振るう。

 かつん、と小気味いい音が響いたが、敵に攻撃が当ったわけでなく、向こうの剣にかすっただけだろう。

 兜から見える視界がそもそも狭いことに加え、視界がぼやけてきて、攻撃を中々避けられない。

 クソ……ッ。頭が衝撃でいまだに揺れて、落ちつかず焦りが募り、少しでも感覚を戻したくて頭を振る。

「さっきまでの威勢はどうした!」

 その隙を突かれ、もう一度、オレの頭に剣が振り下ろされる。反射的に頭を逸らし、側頭部を殴るようにガツンッと衝撃が走る。

 元々、歪んでいた兜の一部が砕け、視界が開けた。……視界は良好になったが、頭からあったかい液体が流れ、頬に垂れるのを感じる。

 兜の中にあるクッション材か……砕けた時の破片か……それらの要因で、頭を切ってしまったのだろう。

 脈打つように、ズキズキと遅れて痛みがやって来た。

「へ……へへへ」

 思わず、気持ち悪い笑みを浮かべてしまう。勝てるかどうか分からないけどさ。勝たなきゃいけないんだよな。

 実力差が見えても倒れないのってヒーローぽくないか?

「頭を打った衝撃で、気が違ってしまったようだな。終わらせてやる」

 ジリジリと近づいてきて……イヴィカーネはもう一度、オレに剣をふるった。




 ガン、ガギン、鉄が鉄を打つ鈍い音が響きます。

 その音は、狼の獣人である私には不快で……その音の発生源が彼だという事実に胸が締め付けられます。イヴィカーネも、王子として訓練を積んでいるとしてシロには勝てない。そう私は慢心していたのです。

 でも、彼は記憶喪失だと言っていたことを思い出したのです。記憶はなくても体が覚えている、ということもあるとは思いますが、シロは違うようで……。

 一方的に叩かれ続けます。

 貴族や騎士、この戦いを観戦している人々が失望の色を隠せていませんでした。こそこそと、ベルトを使ったのは嘘だった、そのようなものが戦えるはずがない、などと私のことをちらっと見ながら言うのです。オオカミの耳を持つ私には、それが聞こえてきてしまいます。

 その視線を受けるのはつらいですが……私は信じているから耐えることができました。

 だって彼は、鈍い音が響いて、何度もふらつき……それでも倒れないのです。彼が倒れるまで、私は信じ続ける。

 それに、彼からはまだ戦う意思を感じるのです。

「大丈夫ですよ、姫さま。彼は、秘策を持っていますから」

 すると、彼の控室で待っているはずのノクタが私の隣に現れました。慰めに来てくれたのでしょうか?

「秘策、ですか?」

「はい。……まあ、騎士らしくはないですけどね」

 すると、耳にチャリ、という音が聞こえてきました。元々、シロが揺れるたび、鎖の音は響いていましたが、その音は明確な意思を持っている気がして……。

 次の瞬間、シロが行動に移るのです。

 



 剣が弾き飛ばされる。これでオレは武器がなくなってしまう。

 ああ、でもその方がやりやすいな。オレは敵を睨みつけながら、もう一つの武器に手を伸ばす。

「ベルトの力がなければ所詮その程度。貴様にあれは相応しくない。もちろんリュコナもだ。どちらとも私が頂く」

 嘲笑混じりにやつはオレだけに聞こえるようにそう言ったのだ。

「……貴様は国外追放にでも処刑にもしてやる。リュコナが私のものになるさまを見せてからな。だから、そろそろぶっ倒れろ」

 ああ、リュコナこと言われたら、負けるわけにはいかないじゃないか。

 元より、負ける気はないんだけどさ!

 バカの一つ覚えのように、大きく剣を振りおろしてくる。その攻撃をオレは……肩で受け止める。

 こいつは、大ダメージを与えようとするときは必ず、剣を振り下ろさないと気が済まない。とくに、なにかしらな捨て台詞を吐きながら。

 ちょっとした気合いを入れる儀式なようなものだろう。

 左肩が外れるくらいの痛みに耐えながら、左手で握ったそれを、奴の腕に向かって打ちつける。

 それは……鎖分銅と呼ばれる武器だった。鎖の両先に、鉄の重りが付いている。分銅を打ちつけて攻撃するもよし、また、今みたいに敵を拘束するために使ってもよし。

 分銅がぐるりと奴の小手に回り、絡まった。人の手になら巻きつくだけで済むかもしれないが、相手は騎士甲冑である。

 鎧の隙間に引っかかり、そう簡単には外れない。

 上手くいけばいいな、ぐらいのアイテムだったがなんとか活用できたようだ。

「そんな小細工……!」

 やつは外れようともがき、剣を振るおうとするが。オレは鎖を引っ張り、奴を引き寄せる。

 武器が両手剣……大きな武器であることが災いした。この間合いでは満足に振るうことはできない。

「この距離なら……その剣は使えないなぁ!」

 思わず笑みがこぼれる。にやついてしまっているのが自分でも解った。こうも上手くいくなんて。

「王子さま、これから今までのお礼をしてやるから覚悟しろ」

「この……貧民がァッ!」

 左手の鎖を強く握り、そして引っ張りながら、後ろに大きく引いた右腕を前へ突き出した。



 バギン、という鈍い音が再び響きます。でもそれは……シロが殴られた音ではなく、シロがイヴィカーネを殴った音でした。

 ついに、彼の反撃が始まったのです。一斉に場の空気が代わり、貴族や騎士たちが二人の試合に集中し、先ほどとは違うざわめきが広がる。

「オラァ!」

 ここまで届き響くほど、大きな叫び声と共に、シロの右拳がイヴィカーネの兜の頬に吸い込まれます。それは一度でなく、何度も何度も続けて。

 さっきまでの一方的な戦闘が完全に逆転しました。今まで剣で殴られた分殴り返しているようです。

 イヴィカーネの一方的な暴力が不快だったからか、シロの一方的な暴力は胸がすく思いです。お姫さまとしてはあまりよろしくないのでしょうけど……負けていた彼が頑張る様子は嬉しいのです。

 同じ心境の人も何人かいたようで、歓声も上がれば、あの一方的な暴力にうめき声のような不快をしめす声も上がっています。

「乱暴ですね」

 私は思わずそんな言葉をこぼします。ノクタは隣で「ええ、乱暴ですね」と同意してくれました。

 その乱暴に、引く自分もいれば、その暴力がなんのためにあるのかを知っている私は、彼にあんな行動をさせているのだと、心が苦しくなる。

 あの拳は、シロの暴力は誰かを守るために振るわれるべきなのに。

 シロの拳が兜に当るたび、へこみ歪み、そしてついには兜が砕け、直接小手のついた拳がイヴィカーネの頬を打ちます。

 鎖でひっぱられ無理矢理立たされていたような状況でしたが、彼はついに気絶したのか、力なく崩れます。

 じゃららら、という音が鳴り、シロが鎖を握りしめていた手の力を緩め、イヴィカーネは土の上に倒れました。

「そこまで」

 父の言葉が修練場に響き、この決闘の勝敗がきまりました。

 私はすぐに観覧席から修練場へと続く階段を下り、彼に駆け寄るのです。

「え、へへ、ピース……」

 私が駆け寄ると、辛うじて立っていたシロは膝をつきながら、謎のサインをしました。

 彼を支えるように私は寄り添ったのですが……彼自身の力でまだ体を支えることはできたようです。割れた兜の下、彼の顔は傷だらけで……血が流れ、あざも出来ていて、とっても痛々しい見た目でした……。でもそれは彼が頑張った証で……。

 私はそっと彼の頬に触れます。

「いつ……」

 触れられたせいで痛みが走ったのか、彼は顔をゆがめて声をもらしました。

「ごめんなさい。ちょっとだけ我慢してくださいね。……癒しの木漏れ日を」

 私は手に魔力を集中させ、人の魔力に干渉し治癒能力を向上させる回復魔法を唱えました。魔法が得意ではないので、効果は弱いですが……彼の顔の傷くらいはどうしても治したかったのです。

「……シロ、ありがとうございます。貴方のおかげで、私自身と……国民が救われます」

 彼の頑張りは、痛々しいほどの努力は心にしみわたって……思わず涙がこぼれるのです。

「泣かないでください、リュコナ姫。私は友として、騎士として、為すべきことをしただけですから」

 シロは、二人きりではないのでかしこまった口調で、優しく慰めてくれます。その言葉が、より心を刺激して、申し訳ない気持ちでいっぱいになって……言葉が零れます。

「ありが、とうございます、シロ……」

 遠くで、父がこの決闘について閉めようとしている声が聞こえましたが、私はただただ彼を癒すことだけに集中してしまいます。

「どういたしまして」

 彼は、痛みに耐えながらほほ笑みました。

 これからは人間同士でなく怪物との戦いが待っている。だから、今だけはゆっくり休んでほしいのです。友達だから、支えてあげたいんです。

 すると、私の後ろで、うめき声が聞こえます。きっとイヴィカーネが目覚めたんでしょう。私は振り向かず彼の傷を少しでもいやすために、力を込め続けます。

「どうして……なんで私がァ……」

 がちゃ、っという鎧同士がこすれる音がなります。彼のお付きの騎士が歩み寄っているのを知っているので起こしてもらったのでしょう。

「どうして、貴様のような愚民なんかに!!」

 その叫びに、殺気のようなものが混じっていることに気付き、振り返った時にはもう、遅かったのです。

 私の頭上に剣が振り下ろされていて、それはもう目前まで迫り――……。


 黒い影が私を覆い、それを最後に視界に入れたところで、私は反射的に目を瞑ってしまいます。

 

 目をつぶっている私の顔に、温かい液体が、ぽつんぽつんと垂れてきます。この鉄の匂いは……鎧の匂い……? それにしては濃いような……?

 液体がなにか気になって、目を開けると……前に覆いかぶさるようにシロがいました。さっきよりも苦しそうな顔をして、彼が居るのです。

「し、ろ……?」

「よ、かった。姫を守れ、て」

 きっと私を安心させるために彼はほほ笑むのですが……その笑顔が痛々しすぎて、胸が苦しくなります。

「……予備の剣を真剣にするなんて、なんともずるいじゃあないですか? イヴィカーネ王子さま?」

 シロは、顔をあげて立ちあがります。暗かった視界に光がさし……彼の肩から血が流れていることが解りました。

 ……私の体に垂れていた血は彼の肩から流れていました。

 振り向くと、後ずさるイヴィカーネがいます。その手には剣が握られていて……その刃には血が付着していました。切っ先からぽつんと垂れるくらいに滴っています。

 ああ、また私は選択を間違えた。そう理解するのには十分です。彼を癒そうとしてたのに……より傷を負う選択をしてしまっただなんて……。

「……イヴィカーネを拘束しろ。ヒビノ・シロを今すぐ救護室へ」

 父の声が響き、何人もの騎士がイヴィカーネに襲いかかります。彼のお付きの騎士はなにもせず一部始終を見守りました。

 そして、担架を持ってきた騎士が、シロを乗せて連れて行きます。横になったシロは苦しそうな顔をして、なんの反応も示さず運ばれて行きました。

「……リュコナ、つらかったな。お前の正しさは証明された。改めて、彼に特別な役職を与えよう」

「はい……ありがとうございます、王よ」

 父は優しく、だけど王として私にそう言うのでした。……親子言えど立場を忘れずに振る舞うのは、当たり前ですが……少しさびしいと感じてしまうのです。

 ああ、早くシロの元に行かなくては。ぺこりと父に頭を下げたあと、彼のいる救護室に向かおうとすると、腕を掴まれます。

「ノクタ……?」

 その方向をみるとノクタがいました。その表情は少し苦しそうで……耳が少しだけ垂れています。

「今すぐ寄り添いたい気持ちはわかりますが、まずはお召モノを変えましょう。その格好では、嫌な目で見られます」

 そう言われ、私は自分の服装に視線を落とします。……私の騎士服は、彼の血で赤く染まっていました。

 こんなあとくらい気にしません! そういって走りだしたい衝動を抑え……「では、着替えの準備を……」とノクタに指示します。

 シロのいる場所ではなく、まずは王族の待機部屋へ向かいます。

 ああ、今すぐにも駈けつけて謝りたいのに……お礼を言いたいのに。

 私は、彼が倒れる直前にしたサインを真似ます

 人さし指と、中指を立ててハサミのような形のサイン。

「……ぴーす」

 少しでも、彼の側にいたくてサインだけでも真似てみるのです。




 私、イヴィカーネ・ヒュム・ウルレイスは、貴族用の監禁部屋に閉じ込められていた。

 監禁、といっても窓に格子がある以外は、貴族らしい豪華な部屋だ。しかし、その部屋にいる。それ自体が私にとって許しがたい。

 ああ、いらいらする。

「クソッ」

 痛みでずきずきする頭も、この状況も何もかもが私のささくれを逆なでし、いらつかせる。近くのテーブルに向かって、椅子を叩きつけ、八つ当たりをする。

 その椅子の脚が、壁に跳ねかえり、私の頭にぶつかり、尻餅をついてしまった。

 それもまたいらいらさせる。

「ヒビノ・シロォ……!」

 決闘までの流れは完ぺきだった。すべて私の計画通り。他の貴族たちを説得し、あの神狼のベルトを使ったのはデマだと流し、なんとか決闘させるまでの計画は完ぺきだった。

 私は、戦場には出たことはないが、騎士としての腕に自信があった。だから、決闘で負けるはずではなかった!

 決闘に勝ち、リュコナを手に入れ、ベルトも王座も手に入れれば、この国の王として優雅に暮らせるはずだったのに!

 そして……この国を人だけの国にできたはずなのに!

 憎しみがだらだらと流れだすように、拳を握る。はぎしりをする。いらいらが抑えられない。

 だが、まだ道が途絶えたわけではない。確かに決闘関係なく、攻撃をしたのは悪いことではあるが、私は王族だ。愚民一人斬ったくらい、どうとでもなる。

「あぁ……早くリュコナを犯したい……」

 今までの女と同じように、私の好きなように、あの女を弄びたい。オオカミの獣人というマイナスさえ除けば、体も顔も好みではあるのだから。

 ああ、だけどあの男を真っ先に気にかけたのは気にくわない。なぜ、私の心配をしない。苛立ちのまま斬りつけようとしてしまったのは失敗だったが……まあ、奴に傷を負わせられたのならそれは良しとしよう。

 あの体を味わう前に傷つけるのは失敗だろうからね。

すると、外から悲鳴が聞こえる。

 なにごとだ?

 扉の方を向いた途端、扉が砕け散る。その風圧で私は床を転がる。

 な、なんだなんだ!?

「人側の王家、イヴィカーネ王子とお見受けします」

 そんな風に、紳士風になにかが話しかけてくる。扉があった場所を見ると、男が立っていた。

 黒いコートに黒いスーツを着て、赤いネクタイをし、黒いハットを被った男。肌は異常なほど白く、不気味だ。顔は整っていて、好青年という印象を受けるが、やはり不気味だ。

 スーツはこの国ではあまり一般的な服装ではない。……隣国のロデウエクマ帝国の服装だ。つまり、その国の使い……?

「本日は、ご商談に参りました。商談に乗っていただければ、こちらにある商品と……あなたの命は見逃してあげましょう」

 好青年の顔に、にやりと不気味な笑顔が浮かぶ。手には大きな鞄が握られていた。

「こ、断ったら……?」

「上の人間から目撃者は殺せと言うことでしたので」

 今度はにっこりとやさしい笑顔を浮かべる。それが逆に恐ろしい。

「こ、断り様がないじゃあないか!」

「いえいえ、商談ですよ。さあ、どうします?」

「わかった。飲もうじゃないか! それで私になにをさせる気だ!」

 再び、嫌な笑みを浮かべると、やつは言うのだ。

「この国の崩壊を手伝っていただきたいのですよ」




 どごんっ、という爆発のような音が響いた後、なにかが崩れ落ちる音が聞こえてきた。

 その衝撃で、地面が揺れオレは飛び起きる。斬られた肩や、殴られた顔がまだ痛むけど、きっとこれはオレの仕事だ。そんな直感があり、オレはベットから飛び上がり、近くにかけてあった騎士服をはおり、駆け出す。

 気絶していたわけじゃないので、騎士宿舎の中にある救護室から外に出る道は把握していた。そして音の方へ駆けだすと、騎士たちが弓を構え空に向かって放っていた。

 見上げると……翼の生えた怪物がいた。ツバメの怪人だろうか……? くちばしのついた顔の下に人の顔に近い怪物の顔がある。ツバメと判断出来たのは腰の当りから伸びる二股の尾だった。

 ハーピィのように腕が翼になっているのではなく、人のような腕とは別に背中から翼が生えていた。

 ……ただ、飛び慣れている様子ではなかった。近くの城壁につかまったり、塔の上に降りたり、飛行していても矢を受けたりと、優雅には飛んでいない。

 攻撃する際も、滑空してくると言うよりは落下に近い。人型の脚で着地しようとして転がっていて、そこに魔法などの総攻撃を受けている。……あまり効果的ではなようで、騎士たちは反撃に合っているが。

 まるで、生まれ立て、もしくは空を飛ぶことを覚えたばかり、という印象だ。

 それでも腕力はすさまじく、壁や建物が壊され、騎士たちや城に使えている役人や女中に被害が及んでいる。一刻も早く倒さねば。

「シロ! まだ傷が治っていないのでは?」

 リュコナも騒ぎを聞きつけたのか、この場にやってきた。心配しているところ悪いけど……それどころじゃないよね。

「リュコナ姫、ベルトを!」

「え?」

 まさか戦うの? と言いたいような驚いた顔をしてリュコナの動きが止まる。その時間がじれったくて、彼女の側に駆け寄り、ベルトに手を伸ばす。

 以前と同じ要領でベルトは外れる。オレはそれを巻き、バックルに右手を当てる。

 ……王の前ではやらなかったが、やっぱり変身ポーズはあるべきだよね。

 オレは、左手を頭上に構え、ゆっくりと下ろしながら前につき出す。剣道の面を打つ動作をゆっくりするような動きだ。左手に意識を集中すると同時に、心が静かになり精神統一がなされる。

 変身ポーズとは、いわば儀式でありスイッチだ。戦う自分に変わるためのスイッチ。

 ゆっくりと精神が、心が、戦いに臨む覚悟を決める。

 胸の高さまで来たとき、オレは叫ぶのだ。

 戦うための言葉を。覚悟を決めたと表す一言を。

「神狼憑着ッ」

 ファインティングポーズを取るように拳を握り閉めながら、顔の目の前に構える。それと同時に雷が身を包み、一つの稲妻がオレの上に落ちてくることで、オレは神狼の力を持つ近代的な鎧に身を包んだ。

 これで戦える。ベルトのホルダーに差してある刃のない聖剣タイシンガミを抜剣する。

 いまだ、感覚でしか理解していない魔力の流れを意識し、聖剣に魔力を流す。すると薄い蒼色の魔力で作られた片刃の剣身が現れた。

 純粋な魔力だけの刃。それがあの怪物たちの弱点だそうだ。その次に弱いものは魔法らしいが……火力の高い魔法でなくては効果が薄い。

 さて……空を飛ぶあいつをどうやってたたき落とすか。

 今回の敵はあまり飛行が得意ではないようなので、どうにか出来そうだが……今後のために遠距離攻撃を編み出した方がいいかもしれない。

 オレは、一つの解決策を試すことにした。

 壁に向かって走り、勢いよく駆け昇っていく。

 より正確には、壁を蹴りあがっていく。一歩ずつ、力を込め蹴るのだ。もちろんレンガ造りで出来た城壁など、穴があいてしまうのだが……大事の前の小事だ。……まあ、人でなく建物だから言えることではあるけど。

 そして、下の騎士たちに気を取られている怪物より少し高い位置まで行き、両足で壁を蹴る。

 怪物の上に飛び乗るように。

 乗る瞬間に、振り下ろされないために、刃を背中の中心へと突き立てる。

『ピギャアアアア』

 刃はどうやら、怪物の体を貫通したらしく怪物が悲鳴を上げる。不安定だった飛行がより不安定になる。

 オレは、聖剣を離さないように強く握り、振り落とされないように気を付ける。

 もう片方の自由になっている腕を、怪物の翼の付け根に伸ばす。


 やつの翼を引きちぎるために。


 ブチブチブチブチと根元から粘着質な音を立てて翼を引きちぎることが出来た。黒い体液が飛び散り、翼をなくしたツバメの怪物は地面に落下する。

 オレは怪物を足場代わりにして、跳躍し安全に地面に降りる。

 あの怪物は見た目より重量があるのか、砂埃を激しく上げながら地面に落ちていた。

 五メートルもない距離、オレはゆっくり歩み寄りながら、右の拳に魔力を集中させる。

 拳から腕まで、激しいスパークを起こす。雷の魔力が集まっている証拠だ。

「これで終わりだ。鳥野郎」

 オレはいまだに倒れている怪物の頭に向かって、瓦割の要領で拳を落とす。

 バチン、という感電する音と、ブチ、という粘着質な液体がつまった物がつぶれた音が同時に鳴り響く。

『ぐげ』という短い断末魔と共に怪物は絶命した。

 そして、以前と同じように、膨れ上がり爆発する。

 これで二回目の怪物討伐だ。それに今回は一回目と違う。

「おお! 怪物をやっつけたぞ!」

「やっぱりあの男は本物だったんだ!」

 大勢の人の前だった。賞賛の声が、歓喜の叫びが、城内に響き渡る。

 これで、オレの力は決闘に加え、本当に証明された。

 ヒーローとして、この国の騎士として、誰かを守る力があるんだと皆に受け入れられたんだ。




 私は、戦闘を終えたシロの元へ駆け寄ります。かっこいい鎧姿から人の姿に戻って、ほっとするのと同時に……彼が今まで巻いていた包帯が見え、心臓が跳ねあがります。

 そんな状態で戦わせていたなんて……。

「……シロ、ありがとうございます。貴方のおかげでみんなが救われました。今回の件でよりみんなに認めて貰えると思います。……そんな状態のシロに頼らないといけないくらい私たちの国は弱い……だから精一杯フォローさせてもらいますね?」

 私は、今言える最大限の言葉を彼に送るのです。

 こんなに傷ついたのは誰のせいだ。それを考えるとまず最初に上げるべき人間は私、リュコナ・ヴォル・ウルレイスに他なりません。

 だから……出来る限り彼の手助けをしなくては。国を守るのが彼なら、彼を守るのは私、そう言えるくらい支えてあげなくては。

「リュコナ姫! 心配して来てくれたのかな?」

 すると、聞き覚えがあり、聞きたくない声が耳に届きます。

 ……イヴィカーネ王子です。監禁されていたはずですが……そういえば、ここは監禁室がある塔でしたっけ。

 もちろん、心配などしていませんし、私を切りつけようとして、シロに怪我を負わせたことは許せません。

「未来の伴侶としては合格な行動だね。そのように未来の王に、夫に対するいい心がけだ!」

 それにしては……ひどくおかしな態度でした。いつも、いやらしい目や陰湿な行動をとりますが、それに輪を掛けてひどい。

 怪物に襲われたせいで、少し変な状態になっているのかもしれません。鞄をギュッと抱きしめていますし。

 ああ、にしてもそんな目で、そんないやらしい言葉で、そんな自分のもののように扱われるのは我慢なりません。 

 もう、今までの私とは違うんです。

 そんな些細なものに時間を取られている場合ではないんです。

「申し訳ないが、イヴィカーネ王子。私は、貴方と寄り添うつもりはありません。そのような妄想、私に押し付けるのは止めていただきたい」

 ぴしゃりと言い放ちます。今まで、しおらしく振る舞っていたせいでしょうか、荷物を落とすくらいイヴィカーネは驚いていました。

「私は、貴方の心配などしていないし、もちろん貴方のモノになるつもりなどない。今後、そのような戯言は口にしないでほしい。今回の決闘の賭けで負け、さらに卑劣な手段を持ちいるような貴方に、そのような扱いをされるのは不快です」

 言うことだけ言って、私はシロに向き直り、「さあ、行きましょう。まだ動けるようですし、治療の続きは私の屋敷で」とシロに言って私は歩き出します。

 私の背中に向かって、イヴィカーネが何かを叫んでいるが、気にしないでおくことにしました。

「なんて言うか……」

 振り向くとシロは驚いた顔をしながら、私を見ていました。

「すっごく姫騎士っぽかったです」

「もう! それってどういうことですか!?」

「ああ、それそれ。いつものお姫さまっぽい」

 にこっと彼は笑いながらそう言うのです。さっきのはいつもの私らしくない……ちょっとはきっちりした私を見せられたのでしょうか?

 少しは頼れるんですよ! というところを私は彼に見せて行きたいです。友として一緒に戦うものとして。

 彼に負わせた責任の分、私は彼を癒したい。




 リュコナの屋敷に戻り、自室のベットに座る。

「取りあえず、魔法も施したので、明日には治るかと」

 ノクタさんとウルレイス王家お付きの治癒術使いが手当てをしてくれた。痛みはほとんど引いたのでその言葉は嘘ではないだろう。

「ありがとうございます。これでぐっすり眠れそうです!」

 怪我の痛みが気になって眠れない、そういうこともあるそうだから。

「……ところで、今日の一件でイヴィカーネのやつってどうなるんです? またリュコナ姫に手を出したりとか……」

「いえ、もうそういうことはなくなるでしょう。自分の立場を捨てて暴挙に出ることがない限り、彼はもうなにも出来ないようになるはず。とくに今日の一件のせいで」

 彼女は、道具を仕舞いながら続けた。

「元々、彼は評判が良くない。不良な態度が目立ち、国民全員に悪評が流れている。リュコナ姫さまと婚約の噂が流れていたから、彼女の夫になるのなら仕方がないと思う国民が大半でしたから……今回、リュコナ姫さまが強く仰ったおかげで、噂は消えるでしょう。あの場には何人もの人がいましたから噂はばっと広がります。彼に賛成していた貴族たちも彼の家柄についていた人たちです。この一件で考え直すでしょうし……この国の国王を決める制度は知っていますか?」

 オレが首を振ると優しく教えてくれる。

「この国は、王家の血筋であることと、国民からの信頼があることが大切なの。国王になるにあたり、軍部と国民議会から認められなければ国王になることはない。今までは噂程度のものが本当にあった事実になってしまったことや、元々領地での素行の悪さもあり、イヴィカーネは王になるのは無理でしょうね。それに……彼は常人至上主義者だから、この国においては一番王に選んではいけない人間なの。だから血を統一するにしても彼が選ばれることはありえない」

「なるほど……?」

 今までと今回の件で、どうしようもないくらい彼はダメな人間だと分かってしまったのか。

「だから、リュコナ姫さまにちょっかいは出すに出せないでしょうね。……ヒビノさん、この国は国民と王族との結婚は、可能ですが大変だから、手をだすつもりなら覚悟しておいた方がいいわよ?」

「いや、そういうつもりで聞いたわけじゃないですよ!」

 まあ、リュコナは可愛いと思うけど。とは声に出さず心で言う。

 彼女が好きかどうかで問われればそこまでの感情はまだ抱いていないのだから。

「ヒーロー……誰かのために戦いたい、だったわね。その思いは、記憶を失う前の貴方の考えなのでしょうけど……きっと、大事な願いがこもっているのでしょうね」

「今のオレは覚えてないけど……きっとそう、だと……」

 記憶喪失のふり。そう、思って言葉にした。

 けれど、今、オレは気付いた。それは、いつもポケットに入れてるはずの携帯電話を置いてきてしまったように。

 自分のあるはず記憶がぽっかりなくなっていることに。

「まだ体調が悪いようね? ゆっくり休みなさい」

「え、ええ。ありがとうございます。おやすみなさい」

 ノクタさんが部屋を出るのを視界の端で追いながら、焦りが生まれる。

 日比野白。日本人。高校三年生。十八歳。ヒーローに憧れていて、誰かを救いたくてたまらない。それは解るでも、なにがあってそうなったのかを全く……思い出せなかった。

 異世界転生という知識や。ヒーローという知識はあるのに、それを知った経緯や感想がない。

 昔のことを思い出す暇がなかったから思い出せなかった……? それとも自分で気付かないふりをしていた?

 ああ、そういえば、女神さまが言っていたオレの死因すら思い出してはいない。

 記憶喪失という設定が便利だから使っていたつもりだけど……自分の思い出だけどこかへいってしまたようだ。

 ……この世界に来るときに置いてきてしまったのだろうか?

 そもそも……オレは日比野白なのだろうか?




 別の監禁室に移された私は、意外と穏やかな気持ちでいられた。

 リュコナ姫を好き勝手出来ない上、あんな態度を取られ、腹が立っているのは事実だ。でもそれが些細なことに思えるくらい気分が高揚していた。

 テーブルの上に置かれている鞄を見つめ、思わず笑みがこぼれる。我ながら気持ち悪い顔をしているだろうなと思うくらいに。

 あの男は言った。この国を崩壊させろと。

 そして……。


「そして、私の国を……人がケモノを支配する国を作れとッ!」


 鞄を開け、怪しい光を放つそれをいとおしみながら、私はこれから起こす予定の内戦に思いをはせる。

 ケモノどもを皆殺しにする光景を、支配し奴隷として扱う未来を想像し、私は笑顔にはなれずにはいられなかった。

 きっと、あの黒い青年と同じような笑顔を浮かべているのだろう。

 

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仮面騎士ヒーローになってお姫さまの笑顔を守りたい! 綾崎サツキ @holic_maple

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