第30話
大切なモノ。それは物かも知れないし、者かも知れない。キリ君に大切なモノを尋ねると彼は心と答えた。目に見えるもの、目に見えないもの…
私の大切なモノは何なのだろう…
「桜も花びらは闇に染まらない」
兄はそう言いながら桜の花びらを愛でた。
私は突然義兄に連れられて夜の散歩に来ている。
そして兄は公園の奥の小高い場所に来ていた。
そこには桜の大樹があった。
公園の広場の方を見ると沢山の人の楽しそうな笑い声が響いていた。
「楽しそうだよね」
私がそれを眺めながらそう言うと兄は水筒のお茶をコップに注ぎながら
「ケイトもやっぱりああ言うの憧れる?」
と言った。
少し胸がチクリとした。この辺りにも人がいない訳ではないけれどあの楽しそうな笑い声がとても遠く感じた。
「ごめん。ちょっと意地悪な事言った」
兄はそう言うと私を後ろからぎゅっと抱いた。
兄も私も強くない。欠点が無いように見える兄も本当はとても弱いのだと昔フウヅキさんに言われた。
兄は普段強くいられる理由は大切な者があるからだと言ってた。それは多分私だ。
出会った時から兄はいつも私を一番に考えてくれていた。私は兄の過去を知らない。だから兄がどんな傷を持っているかは知らない。それでも大きな傷がある事はわかる。兄はその傷を私で埋めているんだ。だったら私はせめて兄に大切にされようと思っている。
私は回された兄の腕を握った。
「もしかしてお兄ちゃん、イジケてたの?キリ君がずっと一緒にいるから」
私がそう言うと腕がビクリとなった。
兄は慌てて手を離すといつもの笑顔で桜の木の根元に置いていたお茶を私に手渡した。
私はお茶を啜りながらじっと上目遣いで兄の顔を眺めた。兄はとても繕うように笑いながらお茶を飲んでいた。
「私にはお兄ちゃんだけだから」
兄を真っ直ぐに見ながらそう言うと兄は安心したように目を細めた。
兄は桜は人を惑わすんだと言っていた。それは本当だなと兄の珍しい姿を見ながら思った。
コップの中に舞い込んだ桜の花びらと月明かりがとても綺麗だった。
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