第14話 揺らぐ男

 無駄に広い和室の中央で目が覚める。

 昨夜は疲れていたので、用意された布団に潜り込むなり眠ってしまったが、よくもこんな雰囲気の中で眠れたものだ。

 今夜もここに泊まるのであれば、布団は壁際に寄せなければ……。


 障子を開くと廊下の向こうには、これまた無駄に広い手入れの行き届いた庭。もはや日本庭園の趣き。きっとここが、小池谷の記憶にあった屋敷に違いない。

 そしてこれが祖父の持ち物だとすれば、その権力の大きさも想像ができる。

 『伯父の殺人をもみ消した』と臆面もなく断言するぐらいだから、それも相当のものだろう。

 心安らぐ庭を眺めながら、昨夜の祖父の言葉を頭の中に並べてみる。どうやら俺の歩んできた六年間の旅路に、終止符が打たれようとしているらしい。


 そもそも六年前に最初に抱いた疑問は、なぜ俺にこんな能力が宿ったのかだった。

 父の無念を晴らすために宿ったのでは? なんていう、宿命的なことを考えていた時期もあったが、結局のところは遺伝。

 小池谷と父のポーカー勝負の様子を聞いて、父も能力を持っていたことは予想していた。そこへ、能力を有するという祖父まで現れたのだから間違いないだろう。


 裏カジノで、小池谷や黒服の記憶に伯父の姿を見たのも、全員が祖父の組織の一員だったからという顛末。

 父が小池谷の悪事を暴いたのも、祖父の組織に絡んでのことだろう。

 その父の書いた記事を俺が追いかけていたのだから、全てがつながるのも当然。

 偶然と思われた出会いも、必然だったというわけだ。


 そして祖父によって明かされた、父の過去。

 父方の親戚付き合いがなかったのも家を飛び出したからだし、その理由も父の性格を考えれば納得のいくもの。

 伯父が父を殺害した動機は理解し難いものの、祖父を経由して覗き見たその光景から、それも認めざるを得ない。

 どうやらこれが、ずっと俺が追い求めていた真相という奴か……。


 『父は自殺』という警察の結論は、最初から疑っていた。

 根拠は、あの父が絶対自殺をするはずがないという思い込みでしかなかったが、それはどうやら正しかったようだ。

 だが探し求め続けた真相も、辿り着いてしまうとあっけない。

 そしてその犯人が、この世で唯一信頼していた人物なんて……。真実は残酷だ。


 住処を転々としながら、常々考えていた。俺が真犯人を突き止めたら、その時一体どんな行動に出るだろうと……。

 法の裁きを受けさせるように画策するだろうか?

 それとも、納得いくだけの金銭を要求するだろうか?

 はたまた、復讐に燃えて殺害するのだろうか?


 ――結果は何も感じない、だった。


 犯人が伯父だったからなのかもしれない。

 だが不思議と、裏切られたという感情は湧かなかった。

 世の中信じられるものなんてない。そんなことはわかっていながら、どうして伯父を信じていたのか……。

 むしろ、信じていた自分の愚かさを再認識した。


 再び敷きっぱなしの布団に寝ころび、天井を見上げる。

 一夜明けたせいもあるのかもしれないが、思ってもみなかった冷静な自分に、我ながら驚いている。

 結局、俺は真実を知りたかっただけなのかもしれない。

 ただの探求心が満たされて、満足してしまったのかもしれない。

 次にやるべき目的をなくし、心に穴が開いてしまったようだ。




(祖父の後継者か……。それも悪くないかな……)

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