第15話 執念の男

 後継者となるにしても、心の準備は必要だ。

 それに今はまだ、目覚めて間もない母の容態が気懸かり。

 祖父への返答は保留し、ひとまず凪ヶ原へ舞い戻って、母の病室を見舞う。


 目を閉じたまま眠りに就いている、ベッドに横たわる母。

 思わず不安になり、隣の剣持に問いかける。


「また目覚めなくなるなんてことは、ないですよね?」

「ついさっきまでは起きてたんだ。訪ねてくるタイミングが悪かっただけだよ」


 そう言って剣持は軽く笑ったが、目覚めている母を見るまでは安心できない。

 かといって、眠っている母を起こすのも気が引けたので、そのまま面会者用の椅子に腰掛け、目覚めを待つことに。

 そして何気なく目を向けたベッド横のラックに、豪勢な果物の詰め合わせが置かれていることに気付いた。


「これは? 剣持さんからですか?」

「いや。なんでも、名も告げずに受付に預けていったらしいぞ。お前さんと似たサングラスをかけた、年配の人って話だ」


 こんなサングラスをかけて、母を訪ねるような人物なんて伯父しか浮かばない。

 何か手紙でも入っていないかと、かごに入った果物を一つずつ取り出し、中を確認する。


 ――あった。


 宛名も何も書かれていない茶封筒。

 中の便箋を取り出して広げてみると、そこには達筆な伯父の字が躍っていた。


『私は命を狙われ、逃げなければならなかった。携帯電話を持ち出せなかったので、連絡も取れなくてすまない。そして和子さんの病室を訪ねたが、転院したと知らされたので、今日ここへ来た次第だ。和真よ、君には話さなければならない大事なことがある。必ず来てくれ』


 指定されていたのは一週間後の正午。場所は、近所の喫茶店だった……。



 指定の日時通りに待ち合わせ場所に行くと、伯父はボックス席に腰掛けていた。

 向かいの席に座り、さっそく話しかけてみる。


「伯父さん。大事な話ってのを聞かせてもらいましょうか。俺も、聞きたいことは山のようにあるんで……」

「…………」


 しかし、俯いたまま無言の伯父。

 話しづらい内容だというのは想像がつく。だが、呼び出したのは伯父の方だ。

 少し苛立って、強い口調で再度呼びかける。


「伯父さん。伯父さんの方から話しにくいなら、俺の質問を先にしましょうか?」

「…………」


 沈黙どころか、微動だにしない伯父を不審に思い、隣の席へと腰掛け直す。

 そして、身体を軽く揺すった時だった……。


 ――ドサッ。


「伯父さん! 大丈夫か!?」


 そのまま横に、伯父は体勢を崩す。

 ガラス窓にもたれ、口から泡を吹いている伯父。

 そしてその険しく見開いた目を見つめた時、記憶が流れ込んできた。


 当時の家の玄関を開け、廊下を奥へと進む。

 そして台所に入ったところに、父が横たわっていた。

 揺すり起こしてみるが反応のない父。どうやら、すでにこと切れているらしい。


 その後、横に落ちていたロープを拾い上げ、天井から下げる。

 そして父を背後から抱き上げて、ロープへと首を通そうとしたところで母の帰宅。

 当て身を食らわせてその場から逃げ出したのは、祖父の記憶で見た通り。


(なんてこった……。俺は大きな勘違いをしてたってことか?)


 我に返り、慌てて伯父の身体を揺さぶる。

 記憶が見えたということは、ひょっとして生きているのではと、かすかな希望を抱いたが、伯父は脈もなく呼吸もしていない。

 俺は大急ぎで店員に事情を告げ、救急車と警察の手配を頼んだ。




 遺体の第一発見者として警察に任意同行を求められたが、その開放は早かった。

 伯父の死因は毒殺。

 そして店内の防犯カメラは、俺の来店よりも二十分ほど前の出来事をしっかりと捉えていた。


 普通に入店し、極自然に伯父の隣の席に座る男。

 そしてそのまま声を上げられないよう口を手で塞ぎ、そのまま三分後には伯父は力なく俯いていた。

 話によれば、伯父の左の太ももには注射痕があり、どうやらそこから毒物を流し込まれたらしい。

 そして男は、何食わぬ素振りで店を後にする。その落ち着き払った手際の良さは、プロの犯行と呼ばざるを得ない。


 一体誰の仕業か……。

 いずれ警察が真犯人を捕えるかもしれないが、きっとそれは無意味だ。

 この世には、殺人をもみ消したと断言する男がいるぐらいなのだから。



 死んだ人の目を見ても、記憶が見えたことは今までになかった。

 死んで間もなかったせいなのか、それとも伯父の執念だったのかはわからない。

 だが俺のこれからの行動に、大きな影響を与えたのは確かだ。




(――記憶をいくら覗き見たって、真実なんてわかりやしない。結局実際に体験しなけりゃ、真実になんてたどり着けないのかもしれないな……)

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