第11話 鍵を握る女

「私は幸せになれますか?」


 水野江攻略に行き詰って、久しぶりに気分転換で駅の商店街に出した露店。

 目の前にちょこんと座ったのは唯子だった。

 突然すぎて、さすがに驚く。


「最近よく当たる占い師がいるって噂を聞いて、どんな人かなって様子を見にきたら、鳴海沢さんだったんですね」


 誰が流した噂なのやら。普通の占い師なら大歓迎の評判だろう。

 だが、あまり目立ちたくない俺からすれば、この街との別れの時期の知らせ。だったら時々はずしてやればいいものを、それができないのも俺の性分だ。

 さすがに今回はちょっと早すぎる気もするが……。


「占って欲しいのか?」

「いえ、どんな人かなって思っただけですから。そうだ! 私が鳴海沢さんを占ってあげましょう」

「いやいや、遠慮しとくよ」

「うーん……。うーん……」


 彼女は唸りながら、眉間にしわを寄せる。演技のつもりだろう。

 素人芝居は人のことを言えないが、さすがにわざとらしい。

 まさか、俺のように特別な力を持ってたりするのではと、よぎる若干の不安。

 だが開かれた口から出てきたのは、取り越し苦労を示す占いの結果だった。


「――鳴海沢さんは明日、私に食事につき合わされますね。間違いなく」


 真剣な表情で、あまりにも馬鹿馬鹿しいことを言い出すので、思わず吹き出す。

 そしてその決めのポーズも、なんとなく気に入った。


「ああ、いいよ。何時ごろにする?」

「え……。ええ? ほんとにいいんですか?」

「ダメだったの? 誘ったのはそっちだろ?」

「いえいえ、もちろんダメじゃないです。でもきっと、お断りされるんじゃないかと思って――」


 彼女の見立ては正しい。普段だったら間違いなく相手にしていない。

 だが今は、唯子の記憶といい、小沢の記憶といい、掴めそうで掴めない水野江の決定的な弱みに、じれったさを感じていたところだった。

 たまには気分転換もいいだろう。


「――じゃあ、夜の八時ぐらいに。詳しくは電話しますね」


 そう告げて、彼女は駅の方へと駆け出していった。




 二人ともに平らげた、イタリア料理のフルコース。

 最後のデザートに手を付け始めたところで、二人の声が重なる。


「聞きたいことがあるんだけど――」

「ちょっと、気になる記事を見つけたんですが――」


 そして、お互いの気遣いの言葉が再び重なる。


「お先にどうぞ――」

「鳴海沢さんの方からどうぞ――」


 ありがちな展開。

 こんなきっかけで何かが始まるような純情さは持ち合わせていないが、妙に気恥ずかしい。

 こちらが聞きたいことなんて、他愛のない世間話。彼女の『気になる記事』には遠く及ばない。


「じゃあ、先に私の話を――」


 唯子が手元のバッグを開きながら、話を再開させる。

 取り出したのは、小難しそうな専門誌。

 小さく丸められていたせいで、ロールケーキのように型がついてる。


「――えーっと……。どこだったかな……。あった、これこれ。この記事なんですけど」


 差し出されたのは、【水野江工業 大型設備投資で業界首位の座を狙う】の見出しが躍る特集記事。業界紙らしく、専門知識のない俺には上辺の内容しか読み取りようがない。


「この話なら知ってるよ。新聞で見た」

「そうでしたかー。鳴海沢さんのお役に立てればと思って、色々調べてみてたんですけどね」

「俺の役にって?」

「ギャフンと言わせたいって、言ってたじゃないですか」


 律儀に覚えていてくれたのか。さすがの生真面目さだ。

 俺の役に立ったところで何のメリットもないだろうに、何というお人好し。

 まあ、水野江に一泡吹かせられれば、メリットと言えなくもないか。


「それで、気になることって?」

「ここに写ってる機械、昔うちにあったやつだなーって。それにこの新工場が建てられてる所って、昔うちの工場があった場所なんですよ。因果なものですね」


 もう一度雑誌を借り受け、記事と写真を見直す。確かに見覚えがある。

 小沢の記憶の中で、唯子の父親の得意気な表情と共にあったのが、こんな機械だった気がする。


「でもこの手の機械なんて、結構似たようなもんじゃないのか?」

「ここ見てください。ここが今までにない画期的な新技術なんだって、父がいつも得意気に話してくれたんですよ」


 なるほど、水野江はただの悪人ではないらしい。

 新工場の生産ラインの中心となっているのが、量産されたこの工作機械。

 借金の形に機械を奪い取って、それを使って『業界首位を狙う』か……。

 大した悪党だ。


「川上さん。実は、お父さんの工場は、狙って潰されたんだよ。手口は――」


 水野江を追い込んでやろうにも、迫れるネタが相変わらず見つからない。

 小沢から聞いた話も証拠にはならないし、証言としても弱い。

 そして、目の前の唯子も大した情報は持っていない。

 それでも何かきっかけでも思い出してくれればと、サングラスを外し、知っている話を全て伝えてみる。



「……そうだったんですか……。工場が潰れてからの父は、ずっと惨めな人生でした。コツコツと大きくした工場も土地も全部取り上げられて、無念だったと思います。

 なんか、父はずっと謝ってばっかりの人生だったな……。工場が倒産した時も『商売の才能がなくてごめん』、母が弟を連れて家を出ていった時も『苦労ばっかりかけてごめん』て……」


 涙を浮かべて、思い出話を語り始める唯子。

 特に気になる記憶も見えてはこない。やはりダメだったか。

 これでは、唯子に辛い真実を突きつけただけ。

 せめてもの贖罪しょくざいに、もうしばらく話に付き合うとするか。


「私が高校に合格した時も『こんなものしか、あげられなくてごめん』って。何しろ、もらったのは手紙だけでしたからね……。ああ、そういえば変な手紙だったんですよね――」


 唯子は、再びバッグを手繰り寄せる。

 そして、ファスナーに括りつけてあるお守りを開き、中から小さな紙切れを取り出した。

 小さく折りたたまれて、やや黄ばんだ手紙。

 唯子は丁寧に広げて、それを手渡す。


「――その数字なに? って父に聞いても、『おまえにやる』って言うだけで、教えてくれなかったんですよ。何だったんだろ」


 渡された手紙に書かれていたのは、七桁の数字。

 確かに何だかわからない。

 そして『こんなものしか、あげられなくてごめん』か……。

 意味不明だが、とりあえず携帯電話で写真に撮り、手紙は返却。


「ちょっと詳しく調べてみるよ」

「ありがとうございます。ずっと気になってたから、スッキリすると嬉しいな」


 重苦しい雰囲気の食後のひと時。

 気分転換とは程遠い幕切れ。




「――役に立てない上に、逆に調べもの頼んじゃって……ご迷惑かけっぱなしですね、私」

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