第10話 懺悔する男

「ふーむ」

「うーん……」


 工場に並ぶ工作機械。

 大小さまざまだが、何をするためのものかもわかりはしない。

 それらを一つ一つ、腕を組み、あごに手をやりながら、名探偵のように見て回る。

 これじゃないと、首を振る。

 これも違うと、首を傾げる。

 そして、あらかじめ目を付けていた工作機械を前にした時に、わざとらしく大きな声をあげる。


「これだ! どうやら、ここから強い恨みを感じる」


 泣き出しそうに震える小沢。

 この機械は、唯子の父親の工場から譲り受けたもの。

 さっき見た記憶と比べても、大事に使われているのは間違いなさそうだ。スイッチにぶら下げられたお守りも、そのままにしてある。


「ちょっと、スイッチを入れてみてもらえませんか? さあ」


 躊躇する小沢に構わず、けしかける。

 その心境は、良心の呵責で押し潰されそうになっているはず。

 だが煽る。

 圧力をかけ、追い込む。


 少し潤んだ目の小沢が機械のスイッチを入れると、大きな音を立てて動き出した。

 しばらくその音を聞いた後、頷きながら、さらに責めるように声を掛ける。


「どうです? この音を聞いていると、怒りが伝わってきませんか?」


 怒りの音ってどんな音だ。

 自分で言っておきながら笑えてくる。そんな音などあるものか。

 だが、やましさのある小沢には、絶大な効果を発揮する。


「確かにこいつは、忙しい時に調子が悪くなったり、操作するのにコツが必要だったりと気難しいんですよ。言われてみれば、怒っているのかもしれない。裏切った奴に、こき使われてるんですからね――」


 もはや信者の発言。

 勝手に曲解して、言われた通りのような気になっている。

 だが、忙しい時ほど稼働率が上がるのだから、故障が多くなるのは当然。

 それに、これほどの機械なら操作にコツがいるのも当たり前。

 そして、音だって怒っているつもりで聞けば、そんな風にも聞こえてくる。


「――こいつはね、川上さんの所にあった機械なんですよ。借金の形に譲り受けました。鳴海沢さんが、強い恨みを感じるのも当然です」

「でもこの機械、安いものじゃないですよね? 借金の形に取れるほど、小沢さんは債権を持ってたんですか?」

「いえ、水野江さんが協力してくれた礼だと言って、資産価値をかなり安く見積もらせて回してくれたんですよ。他に欲しがる工場もなかったんでね」


 そこまでして水野江が手に入れた工作機械に、興味が湧く。

 しかし、この茶番劇もそろそろクライマックスだ。

 興味は後回しにして、芝居をやり遂げねば。


「川上さんは、倒産で全てを失った。恨みを鎮めるには、あなたもそれなりのものを失わなくてはならないでしょう」

「やはり、金ですかね……。少しお待ちください」


 ここからでも窓越しに、事務所の様子がよく見える。

 言い争う夫婦。見て見ぬ振りをしておく。

 こんな怪しげなお祓いに金を払うなんて、妻に同情する。

 だが、それは家庭内の問題。こっちの知ったことではない。


 鼻息荒く、戻ってきた小沢。

 そして手渡された封筒。結構な厚みだ。

 後ろを向いてコソコソなどせずに、堂々とその場で中身を確認する。

 三十万円。なかなかの大金だ。

 小沢なりの、唯子の父親に対する誠意ということか。


「こんなに、大丈夫なんですか?」

「ええ、パチンコで負けたと思えば安いもんです」


 ギャンブル好きは、散財する時に大抵この言葉を使う。

 なぜ、負ける前提なのだろう。

 負け続けたせいで、負け犬根性が染み付いてしまったか。


「これで充分ですよ」

「え、いいんですか?」


 三十万円の内、十万円を数えて返却する。

 温情ではない。これも策略。

 人は得てして、返却分を得したと思いがちだ。差し引き、二十万円支払っているというのに。

 それで、金のためではないと思ってくれれば好都合。さらに、返却した十万円で家庭サービスでもしてくれれば、妻の留飲も少しは下がるというもの。

 いわば、騒ぎたてられないようにするための保険だ。


 そして、封筒を目の前の機械に載せ、いよいよ儀式の開始。

 祈りを捧げるようなポーズで、片膝をつき、両手を組みつつ、小沢に指示を出す。


「これから川上さんに、あなたの誠意と反省の報告をします。聞き届けられれば、恨みは鎮まっていくでしょう。あなたも目を閉じて、川上さんに対する謝罪を強く心の中で思ってください」


 ここでも『聞き届けられれば』という卑怯な言葉で、保険をかける。

 結果に納得がいかないと後から言われても、誠意や反省が足りなかったことにすればいい。


 そして、五分ほど祈りを捧げてみせる。

 ゆっくりと目を閉じ、声に出さず口だけを動かし、一から三百までを数える。

 これだけで、何やら祈りを捧げているように見えるものだ。

 そしてゆっくりと目を開き、声を掛ける。


「お疲れ様でした。これにて終了です」

「あ、ありがとうございました」


 懐に封筒をしまい、小沢の方へと向き直る。

 そしてとどめに、作り話で最後の保険をかける。


「川上さんからメッセージを受け取りました。この機械を大事にしてやってほしいとのことです。ギャンブルにうつつを抜かしていたら、許さないそうですよ。真面目に頑張らないといけませんね」

「はい、亡くなった川上さんのためにも頑張ります」


 一応、小沢の当初の依頼は工場の不振。

 今回の件で、この男が心を入れ替えるかは怪しいものだが、ギャンブルをやめて真面目に仕事に取り組めば、自然と業績は上がるだろう。

 結局、占いなど何の関係もない。当たり前すぎる結論。


 仕事を完遂して、小沢の工場を後にする。

 彼は晴々とした顔で何度も何度も頭を下げ、感謝の言葉を繰り返していた。

 二十万円を支払ったことで、罪は償ったと自己満足に浸っているのだろう。

 そういう意味では俺の行動も人助けか。そして、その報酬が二十万円だったという話だ。


 しかし、すごく眠い。

 小沢の記憶を、相当に集中して見続けたせいか。

 このまま、歩きながらでも寝てしまいかねない。

 ちょうど通りかかったタクシーを捕まえ、自宅の住所を告げると、そのまま睡魔に襲われる。




(また、悪夢にうなされるのかな……)

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