アホ毛には不思議な力があるって知ってた?

プル・メープル

第1話 始まりの日

今日も平和だ。

窓から入り込む風が少女のアホ毛をなびかせる。

彼女の名前は神坂こうさか 成瀬なるせ

ただひたすらに流れ続ける時に抗うことなく、人生に反発することもなく……

ただの女子高生だ。


「ねぇ、なるなる!今度一緒にアイス食べに行こうよ!」


『なるなる』―――これは成瀬の親友、池橋いけばし 三恵みえが成瀬を呼ぶ時の愛称だ。


「今度……ねぇ」


「ん?どうかした?なるなる」


「いや、今度って言うけどさぁ―――――」


三恵は今度今度が口癖だ。

『今度返すから』『今度やるから』

一体、人生にいくつの『今度』を作るつもりなのだろう。


「今回は約束するよ!ぜーったいに!」


拝むように手をすり合わせながら頭を下げられて、成瀬は渋々うなづいた。


「やった!じゃあ今度の日曜日ね!」


そう言って三恵は教室から飛び出して行った。

気づけばもう街がオレンジに染まる頃合い。


成瀬は窓を閉めて鞄を持って教室をあとにする。

歩きだと意外と時間のかかる通学路だが成瀬はかたくなに徒歩を好んでいた。

別に理由はない。

ただ、歩いた方がダイエットになるかな?的な女子的な考えがあってのことで深い意味は無い。


―――――だが、今日ばかりはそれがあだとなってしまったようだ。

かなりの時間を教室で部活をする生徒を眺めてすごしたため、あっという間に辺りは闇に呑まれてしまった。


毎日歩く通学路だ。

周りが見えなくても感覚が覚えている。

ただ――――――、


(なにかの気配がする)


成瀬のアホ毛が察していた。

特に特殊能力がある訳では無いが何者かにつけられているようなゾワゾワした感覚がアホ毛の先端から全身に流れ込んでくる感じがした。


(少し足をはやめよう)


気のせいかもしれない。

だが、振り向くのは怖かった。

成瀬は少し歩みを早める。

だが、背後の感覚もまた、早くなる。


(くっ!走ろう!)


こうなれば振り切るしかない。

そう思い、1度止めた足にグッと力を込める。

成瀬は決して足が速いわけじゃない。

逃げ切れる確信なんてない。

それでも今は、逃げることが最優先だ。

たとえ間に合わなくても家の近くまで行けば叫べばきっと気づいてくれる。


成瀬は自分を信じて駆け出した。

暗い夜道、街灯が少なく、足元もまともに見えない。必死で角を曲がる。

初めは突然の行動に戸惑ったのか、背後の感覚は離れていった。

だが、並の早さではないスピードで急接近し、今は背後にピッタリくっついている。


(まずい!つかまる!)


最後の角を曲がり、自宅が見えた。


(あそこまで行けば――――助かる!)


最後の力を振り絞って走る。

相変わらず背中の気配は消えない。


(あと少し……あと少し!)


あともう少しで家の前、その時だ。


「あっ……」


ズテーン!

足元が見えないせいでなにかにつまづいて転んでしまった。


「!?」


だが、慌てて身体を起こし、気配の正体を探す。


「………………いない?」


だが、そこには暗闇が広がりばかりだった。



怖くなった成瀬は慌てて家に飛び込む。

帰りが遅いと怒っていた両親も、成瀬の震える体を抱きしめてなぐさめてくれた。


誰かに追いかけられることにこんなにも恐怖するとは思っていなかった。


その日、脱衣所で服を脱いだ時、膝から血が出ているのに気づいた。

さっきは恐怖から、気にする余裕がなかったが、意識してみると結構痛い。


風呂で頭を流しても成瀬のアホ毛は立ったままだ。

どういう訳か、このアホ毛はいくら直してもまた立つ。

何回切ってもすぐに生えてくる。

不死のアホ毛なのだ。


成瀬は恐怖と湯冷めで震える体を抑え、眠りにつく。


さっきの気配は並の人間の気配ではなかった。それにスピードも……。

なら幽霊か?

そう聞かれると頷けない。

成瀬はそういうのを信じるタチではない。

ただ、そう思わされざるをえない程のものを感じただけだ。



翌朝、今日もアホ毛は元気だ。

だが、本体は元気ではない。

昨晩はあまり眠れなかった。

無理もない。

恐怖というのはそういうものである。


朝ならば同じ通学路を使う人も多く、人通りもあるため、恐怖は感じない。

いつも通り通学し、いつも通り授業を受けた。


「なるなる、大丈夫?顔色悪いよ?」


三恵が心配そうに聞いてくれる。


「うん、大丈夫、ありがとう」


正直ツラいが三恵に心配をかけるわけにはいかない。

そう思い、無理やり笑顔を作って見せた。


「ムゥ〜、なるなる〜?嘘はダメだよ」


だが、三恵にはお見通しだったようだ。

腰に片手を当てて、もう片手で赤ちゃんを叱るように「めっ!」っとしている。


「何かあったの?話してよ」


確かに昨日の気配がストーカーや変質者であれば自分一人で収まる話では無いかもしれない。

三恵にも注意してもらおうと思い、成瀬は昨日の出来事を話す。



「…………そんな事が」


三恵も心配そうな顔をしている。

そう言えば前にも三恵はストーカー被害にあったことがあった。

犯人は逮捕されたがその恐怖はまだ深く、根付いているのだろう。


だが、成瀬の家と三恵の家は反対方向だ。

一緒に帰るには片方の負担が大きすぎる。

仕方なく今日も一人で帰ることにした。

昨日よりも時間は早いし暗くなるわけじゃない。

だから大丈夫だ、そう信じていた。

――――――――――でも、


コツッ


「!?」


コンクリートの道路に足音が響く。

昨日と同じだ。だが、まだ遠い。

成瀬は勇気を振り絞って振り返る。

すると離れたところの電柱の横に男の子が立っていた。

男の子はニコッと笑って手を振ってくる。


(えっ!?あれがストーカー?)


予想とはかけ離れたストーカーの容姿に戸惑うも、危険なことに変わりはないと振り返ってまた歩き出す。


コツッコツッ


やはり足音はついてくる。

成瀬は昨日のように歩みを早める。


コツッコツッコツッコツッ


後ろの気配もさらに早くなる。


(やっぱり走るしか……!)


昨日は逃げきれた。

姿の見えている今日なら尚更逃げられる!

なんの確証もなかったが成瀬の身体はもう走る体勢に入っていた。


(よし!逃げ切る!)


成瀬が走り出した、その瞬間。

成瀬の目の前に黒い物体が現れた。


「!?」


前に進む体勢になっていた身体はバランスを崩して尻もちをついてしまう。


「イテテテテ……」


顔を上げて前を見るとそこにはさっきまで後ろにいたはずの男の子が立っていた。


「や、やっぱりありえない早さ!?

あ、あなたは何者!?」


「僕はユウだよ!

成瀬くん、やっと見つけた!」


やっと見つけた……その言葉に違和感を感じる。


「成瀬くん、君には僕と一緒に来てもらうよ」


「へ!?」


いきなり手をとられて立ち上がらせられる。


「転送!アホがく!」


ユウと名乗る少年がそう唱えると二人の体は光に包まれてその場から消えてしまった。


「え、ちょ!まっテ――――――――――」

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