旅人は毎日あてもなくただふらふらと

流れに身を任せ歩みを進める

「どこから来たの?」

尋ねられても答えなんか出ない

わざわざ帰りもしない場所のことなんて覚えていない


あの日からどれだけ月日が過ぎただろう

田舎のラブホ やかましい高架下 暗い公園のベンチいつも俺が泊まるのは人の少ない場所だ

いつからこんなに人を避けるようになったんだろうか


笑っちまうよな

この後に及んでまだ救ってくれる人を探している

いや 見つけてもらうのを待っているのかもしれない

それならヒッチハイクでもすればいいのによ

臆病な旅人は結局道路脇に立つことすらしなかった


嫌んなっちまうぜこんな旅

何をしたってあくまで人生

全部欲しいのに全部が怖い人生

誰かがきっとやってくれるさ

そればっかり頭の中で引っ搔きまわす

かき回してかき回して行動しない

甚だ可笑しな建物が並んでるぜ俺の脳みそん中に

引っ掻き回すのは逆さになってるてるてる坊主

馬鹿だ

俺は馬鹿だ

こんなのは旅と呼ばない

これは壮絶な迷子だ

それに気づいた旅人は

途方にくれてその場にしゃがみ込んだ


名前も知らぬこの街の路上

冷たい雨がポツリポツリと降り出した

やがて本降りになると

手足の感覚が無くなり 仕方なく立ち上がった

行くあては今日も特に無いが

フラフラとどこか屋根を探し歩き出した


こりゃ風邪を引くな

そんな事思いながら

たどり着いたのは踏切

遮断機の音が鳴り始める

ひとつ またひとつ 雨の跳ね返るアスファルトを進む

嗚呼これで僕の旅は終わる

ようやく辿り着けるゴール

耳鳴り

視界は白くなりフラッシュバックに身を投じた


線路に入る直前

視界の隅から何かが入り我に帰る

空の棺桶みたいな回送電車が走り去る音の間

「傘、どうぞ」


雨雲の張った空の下で

聴こえた声に何故かホッとして

涙溢れ 崩れ落ち

それに合わせてしゃがんだ彼女の温かな肌が頬に触れた

優しい母の温もりに匹敵する優しさ

優しい母にも無かった形容し難きこの温もり

旅人は彼女に身を預けた

何もかも忘れて目を閉じた


あの日からどれだけ月日が過ぎただろう

優しい家族 ささやかな収入 暖かいアパート そして老衰

人生はよく旅に例えられる

ゴールを迎えた旅人は旅の様子を語っている

「みんな優しい人でした」


悔やむな 先はまだある

人生こんなもんじゃねえって震えて上がれ

曇天なんて切り裂いて進め

みんな否定する人ばかりじゃ無いんだ

悔し涙を飲んだら腹をくくれ

辛くなったら逃げてもいいんだ

だってこの世界は優しいんだから

あなたが思っているより

遥かにこの世界は優しいんだから

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文鳥 @buncho321

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