間章Ⅳ<使徒降臨>
漆黒の天空に煌く円環。静謐の台座に輝きを宿し、ただ静かに天空と虚空、そして遥かなる大地をも睥睨するそれら。
かつては神族の王冠とも称されたもの。それらは今、地に堕つる星となった。
眼下にて渦を巻く、紫。周囲から収斂するその光は、ただ中央の一点を目指して弧を描き、次第にその回転半径を狭めていく。
まるで擂鉢状に空間が歪んでいるのではないかと思わせるような、その光景。それら絶対的な吸引力を持つ一点に抗うかのように、屹立する柱があった。所によっては亀裂が入り、今にも砕け折れるのではないかと思われるほどのものであっても、柱群は微動だにせず、ただ天蓋を失った宮殿の廃墟のように黙している。
柱の最上部には石を磨いて作られた球体が鎮座し。その不安定な場所を足場として、長衣を纏う人影があった。
柱は全部で十二本。
それら全てに、人影は見受けられた。身長、体型の差異はあれど、どれも一様にして直立しており、その高度と眼下の渦に恐怖を抱くものはおらぬ。
「聖なるエヘイエー、そして聖なる四獣カイオト・ハ・カデシュの名に於いて守られし光よ、出でよ」
男の言葉に導かれ、蝟集していた紫の光の中枢より、眩いばかりの輝きが浮上してきた。それはゆっくりと中空に浮上し、人影の双眸がそれらに照らし出され、浮き彫りにされる。
驚くべきことに、彼ら彼女らは様々であった。
幼き少女もいれば無骨な男もいる。淑女もいれば、老齢の紳士もいる。
「我等、ここに、<秩序の庭園>への全面干渉を議決する……異議はないか」
「写本の行方を掴んだか」
「写本は存在する。ただし、早急に手を打つ必要がある」
「早急に、とはいささか不明瞭よな」
「新たなる力を手に入れたのだよ。新たなる存在への昇華、というべきか」
呟きがそこかしこから漏れ滴る。
それらの言葉に載せられた強烈な言霊は、殷々たる旋律をもって空間を揺らす。
「昇華?」
「彼らは、三次元の律を超えた」
「非実体となることで、彼らは物理的距離に左右されぬ干渉が可能となったのだよ」
「生体憑依よりも効率的、というわけよな」
「電子、そして霊子ネットワークでの相互干渉が可能となる、不可思議な文字列からなる存在」
「膨大な容量を食い尽くす、自己増殖と自律を可能としたプログラム」
「それはちと、手綱を緩めすぎたのではあるまいな」
ばさり、と長衣が風無き風を孕んだ。
「黄金の雄牛と白銀の龍とは、まさに天と地の縮図」
白亜の王冠の護り手、アルバート・ガードナー。
「これ以上の写本の収束は、避けるべきね」
妖艶なる夜の妃、モルガン・シーモア。
「矩形の世界が崩壊する前に、悪霊の徒は裁かれねばな」
狂気と魔の紡ぎ手、ノルベルト・ナターニエル。
「茶番は、茶番として終わるべきよ」
深遠なる業火の巫女、アリス・エルランジェ。
「綴られた秘儀を解せぬ、蒙昧なる輩の王国とは、皮肉なもの」
紋章と文字の霊位の詠い手、ハインリッヒ・メンデルズゾーン。
「……いざや牙を剥け、死門の天使」
運命と命脈を刈る刃、ヒュー・サマセット。
「全ては我が主の為に……我が朋、啜れ屠れ」
深緑にして瞬きの剱師、バスティアン・フォーゲラー。
「天位と人の手によりし錬金の業、その世界を見せてもらいますよ」
凍れる海より産み落とされし堕天、マランジェ・カミュ。
残る四つの人影もまた、面を上げる。
そして、唇から放たれた言霊が、渦の中枢にて炸裂する。
「我等十二の位階を宿す者、いざ星辰の虚空に身を躍らせ、破滅への鍵を抱く腕を切り落とさん」
最後の一音が響き渡ったとき。
柱の上には、既に人影はなかった。
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