第8話「本日は開店準備が整いました」
20日間の工期を終えて、ようやくダンジョン屋の店舗が完成した。
ヘイさんを始めとした魔族の作業員には感謝してもしきれない。
「おおおおおお!!ここまでしっかりとしたダンジョンルーラーは初めてじゃ!令司、なかなかやるではないか。さすがは余が人選した者だけある!褒めてつかわすぞ!」
シスがダンジョン屋の外観を見て言った。
「適当な人選だからお前の功績かは甚だ怪しいところだが、まあいい。どうだ、これでルーラーとしては恥ずかしくない出だしだろ?」
「うむ。余の大魔王城と比較するとプレハブ小屋じゃが、十分じゃろう!」
「謝れ!ヘイさんに謝れ!」
ったく、この似非大魔王は一言多いんだっつうの。
「よし、案内するのじゃ」
シスとベルゼに店舗内を案内する。
両扉を開けると、ロビーが広がる。
「まず出発ロビーだ。広さは150平方メートル。探索者が談話をしたりすることができる。そして探索カウンターでダンジョン探索の受付をするんだ」
受付はルーラーであるこの俺がする。
「更衣室とトイレはロビーからの廊下の先にある。そこで探索準備を整えるんだ」
更衣室、トイレは当然男女別々。
「探索者のダンジョン入場までの流れはこうだ。ロビーカウンターで受付し、更衣室で探索準備を整え、カウンター横の扉からダンジョンゲートのある部屋に向かい、入場する。完璧だろう!?」
「壁や床が全て木製だから貧相に見えるな」
「おい、ベルゼ。お前は昼夜を問わず働いた自分の部下をもっと労え。こんな短期間でここまで作ってくれたんだ、十分凄いだろう」
「一流の仕事ができない魔族など、私の部下には相応しくないな。全て終わったら相応の罰を与えねばなるまい」
だめだコイツは。
そもそも魔族ってのは部下を労るとか感謝するとか、そういう感情は皆無なんだろう。
なんてブラック!
「まだ作ってもらいたいことは山ほどあるんだ。そう簡単に罰を与えてたまるか。で、だ。カウンター裏は従業員スペースとなっている。帰還ロビーとも繋がっているから作業効率はは申し分ない」
従業員スペースは2階建てだ。
事務机や書類などを置く棚、荷物預かり所としても活用する。
探索者が更衣室で着替え、探索に不要な物を預かるクロークサービスも行うわけだ。
そして奥には地下1階、地上2階建ての倉庫がある。
「この倉庫はなんなのじゃ?」
「帰還してきた探索者から徴収した戦利品を保管する。いわゆる金銀財宝を保管するところだ!ははははは!ここから俺のサクセスストーリーの幕が上がる!」
「まあ、その…ルーラーとしての使命は別に金儲けではないのじゃが…お前のその欲望丸出しの感情は魔族としては正解でも人間としてはどうかと思うぞ…?」
「そして最後は帰還ロビーだな。造りは出発ロビー棟とほとんど同じだ。帰還ポイントである『バックスフィア』から帰還してきた探索者は通路を通って、帰還ロビーへ入ってくる。そこで戦利品の3割を徴収し、帰ってもらうという流れだ。出発ロビーにある更衣室とトイレもあるぞ」
「うむうむ。では少々遅くなってしまったが、ダンジョンルーラーとしての使命を果たすのじゃ!そしてこの世界を魔瘴で覆い、余の大魔王としての存在を一層高めるのじゃ!」
「ははははは!このダンジョン屋のオーナーとして、ルーラーとして俺は○ル・○イツ以上の富豪となってやる!!」
「おい、令司、ちょっと待て。この店舗のオーナーは余じゃ。勘違いするでない」
ん?
「おい、羽虫、待て。この店舗のオーナーはシス様で私が副オーナーだ。勘違いするなよ?」
んー?
「おいおい、何をバカなことを言っているのかな?俺はルーラーだろ。当然俺がオーナーだ」
「これだから学のない人間はダメなのじゃ。余がお前を任命した。任命した以上余がオーナーだ。お前は雇われ店長なんじゃ」
が、ぎ、ぐ、ぐぐ!
この女!工事中ずーーっと料理本を読んでは食って寝て俺にちょっかい出して2日に1回は銭湯で俺の財産を散財するっていう生活を繰り返し、なーーーんにも手伝わなかったくせしてこういう時には首を突っ込むとか、老害そのものじゃねえか!
だ、だがー?
こんなことでいちいち腹を立てていたらこいつと同等になるしー?
まあここは店長でも―
「おい、雇われ。オーナーと副オーナーであるシス様と私はコーヒーを所望する。早く入れろ」
ブチッ!!
「おや、すぐに行動するとは、あやつもようやく余らに対して敬意を払うことができるようになってきたの」
「全くです。あの下等生物は調子に乗りすぎでしたからね」
「コーヒーお待ちどう様です。では失礼します」
「おお!この芳醇な香りはいつ嗅いでも堪らんのう、ってこれは何じゃ?」
「封筒ですね。中に手紙が入っていますが」
『“雇われ”店長なので辞めさせていただきます』
「ま、ままままずううういい!!」
黒い霧をくぐり自室に戻る。
すぐにシスとベルゼがやってきた。
「あれれー?これはオーナー様と副オーナー様じゃないですか?どうしたんですかねえ?」
「ぐぐ…令司よ、その、なんだ…。ちょーっと余とベルゼは言いすぎたやも知れぬが…」
「いえいえいえー。オーナー様なんですからー?別になーんにも言い過ぎたことはありませんよ。ただ、俺は、雇われ、ですからー?辞める権利を行使させてもらっただけですねー」
「ここここ…この男……!」
「おやおや、副オーナー様、どうしたんですかー?」
「そ、そうじゃ!よ、余と共同オーナーということで…戻っては…きてくれるかの…?」
「し、シス様!?それでは私はこの粗悪品よりも下に!」
「し、し仕方ないじゃろ!ここは耐えるのじゃ!」
「ベルゼ、そういうことだ。お前は副オーナー!俺よりも下なんだよ!」
「わわわわわわ……わーーーーーー!!」
ベルゼがタックルしてきた。
「ぬわああああ!!何しやがるんだ!このハエ女!」
「ああああああ!また言ってはいけないこと言ったなあああ貴様あああ!!」
「でええええい!離せ!大体お前は後から来たじゃねえか!俺のほうが上なのは当然だろ!!痛い痛い!角が痛い!」
くそ!この女!
魔力使えなくとも予想外の力を持ってやがる!
「訂正しろおお!私はハエ女じゃないいい!!ベルゼだあああ!!」
「わかった!わかった!訂正するから!ハエとか言わないから!!」
「う……う……う……」
涙目になってるな。
はぁ~…泣くなよー女の泣き顔には弱いんだよなあ…。
「よ、よし!令司よ!これで共同オーナーとして再度働くがよい!さあ戻るぞ!」
こいつは誰が原因でこうなったかわからないのか。
「おいシス。お前にも問題があるんだ。それに誰が戻るって言った?」
「へ?」
「よく聞け、大魔王(仮)。あの店の権利は全て俺だ。例え共同オーナーでもそれは譲れん」
「は、はぁ~!?令司、調子に乗るなよ?せっかく主たる余と同じ立場に据えると言っているのに、それ以上を望むか!?誰のおかげで店舗ができたと思っておる!?感謝の欠片もないとか、人間として終わっているのではないかぁー!?はぁん!?」
「ヘイさん」
「へ?」
「ヘイさんのおかげで店舗ができたんだよ」
「き、貴様~~……」
「いいかよくきけぐーたら魔族!お前が向こうで一体どんな生活を送ってきたかここではっきり言ってやろうか!?毎日毎日お前達の部下が終日汗水垂らして働いているにも関わらず、そんなことこれーーぽっちも気にかけず日がな一日料理本をよだれ垂らして読み耽っては、朝昼晩ごはーんごはーん、夜になったらなったで銭湯三昧!」
「ふぁあああああああああああ!!」
「そして工事がうるさいからって人の部屋で惰眠を貪り、カビくさーいせまーいの文句一辺倒!お前のやったことなんてゲート出して鶏捕まえることだけじゃねえか!どーこの世にお前のおかげで店舗ができましたとか感謝するやつがいるんだよ!」
「うわあああああん!!令司が言っちゃいけないこと言ったあああ!!取り消してよ!!その言葉取り消してよおおおお!!」
「だあああああ!!痛い痛い!!誰が取り消すか!!いいか!あの店舗は共同オーナーでも俺が全権を持つんだよ!!そして働かないお前らには金輪際もう用はねええ!!それがイヤだってんなら、働いて俺を手伝え!!拒否するなら料理本とかも全部没収だからーー!!」
「ああああああ!!ごめんなさーーいい!!余が悪かったからあああ!!捨てないでえええ!!ちゃんと働くからあああ!!だから料理作ってえええ!!ああああん!」
「ぐはああああ!!もう十分刺さってるからあ!ってかだから料理って、ルーラー業はどうでもいいのかよ!?って痛い痛い!!わかったから!ちゃんとこれから手伝うなら捨てないから!!」
「ひぐっ……ひぐっ……えぐっ……」
あーもーまた涙と鼻水でびしょ濡れじゃねえか。
ベルゼもまだ涙目だし…。
俺、女を泣かすほどの下衆なのか?
ちょっと強く言い過ぎたかもしれないな。
「あーその、悪かったよ。ちょっと俺の言い方がきつすぎた。ごめん。お詫びに甘くて美味しいもの作るからさ、許してくれよ」
「ひぐっ…ほんとに?じゃあホットケーキというお菓子作ってくれる…?」
「ああ。作る作る。ほらベルゼも、悪かったよ」
「うう……ショートケーキも食べたい……」
「ああ、それも作るよ。だからもう泣き止んでさ」
「あと私も共同オーナーがいい……」
「え?」
「う……う……」
コイツ、よっぽど俺が上の地位にいるのが嫌みたいだな!
また泣くし!
「余はオーナーでベルゼが副で令司は店長がいい……」
コイツら!
絶対反省してないだろ!
はぁ~~。
「わかったわかった。俺は店長でいいから、そのかわり店舗の権利は俺だからな。あとちゃんとお前らにも働いてもらう。それでいいか?」
「「うん」」
偉く嬉しそうだな!
俺はなんだかんだで甘いなあ……。
「よし!では店長令司よ!戻ろうぞ!」
「令司、戻ってショートケーキを作るんだ!」
「……はいはい…」
まあ……ある程度権利も得たし、交渉としては上出来だろう…。
店に戻ってきた。
「明日開店する。ということで、まず制服を用意した。クネさん、服を」
「あ、あの令司さん…?ほ、本当にこの服をお二方に……?」
「ええ。心配いりませんよ。ただ、クネさんは離れていたほうがいいですね」
クネが店から出ていった。
「なんなのじゃ、令司。余らに制服を着させるのか?」
「そうだ。働く上で制服はひっじょーーに重要だ。これを更衣室で着てくるんだ」
更衣室に行く二人。
時間が経つ。
通路を走る音がするな。
「おおおおーーい令司!!なんだこの服は!?」
「この無礼者がーー!なんなんだ、この不埒な服は!?」
「なにって、制服だよ」
シスの制服。
上は胸元がV字に大きく開いた執事服風にだらしなく胸元に垂れたタイ。
下は黒と白のミニサーキュラースカート。
黒のオーバーニーソックスとハイヒール。
ずっとローブ姿で露出の少ない服から一気に露出度アーーーップ!
ベルゼの制服。
上はシスと同じ。
下は黒のピッチピチのパンツスーツにハイヒール。
勿論スカートもあるよ!
以前の服装より肢体のラインがバッチグーー!
「こここ、こんな制服着れるわけないじゃろうが!す、スースーするではないか!」
「そうだ!むむ、胸が!しかもお尻のラインが丸わかりだ!!」
二人とも顔が赤い。
あ、なんかかわいく思える。
「いいか?お前達は外見が超と絶が付くほどの美女だ。だが、性格は超と絶が付くほどのブサイクだからいまいち女としての魅力が伝わってこない。だから、ちょーっとばかしセクスィな制服を着て、これから来る探索者に店の魅力を口コミで広げてもらうんだ」
「ちょ!性格がブサイクとかどこがじゃ!?それにダンジョンとは全く関係ないでわないか!い、嫌じゃ!こんな卑猥な服着たくない!」
前かがみで俺に指差して抵抗を試みるシス。
ほぅほぅ…。
これはなかなか…小さいけどなかなか…。
「ああああ!!シス様!このゲス、シス様の胸元を凝視してます!!」
「ふぁああああ!?」
慌てて両手で胸を隠すちょっとばかしかわいく思えるようになった元大魔王。
「令司!みたじゃろ!?お前、余の高貴な胸を見たじゃろ!?」
「見てない」
首を振る。
「う、う、嘘じゃ!見た!見たのじゃ!」
「そうだこの変態!!じっくりとそのキモチワルイ目で凝望していただろう!」
「俺、見てない。冤罪、です」
「ああーー!?今、私の下半身を見たな!?」
「見てない。変な言いがかりはやめてくれないかな?」
「貴様ーー!こんな服は捨ててやる!」
「おおっと、それは職務放棄と受け取っていいのかなー?はぁ…残念だなぁ~。制服を着た従業員には休憩の時に、お菓子が提供されるのに…。ま、仕方ないか。お前達はオーナーだし。従業員じゃないもんな。じゃ、更衣室へ戻ってどうぞ」
「な、なななんじゃとおお!?貴様、なんて卑怯なことを!!」
「こ、こここのド変態があ!そ、そそんな脅迫をするとは何たる失礼千万!」
「さーて、ホットケーキはいらないから捨ててこよう」
「わああああああ!!待って待って!!これでいいからああ!ちゃんと着るからああ!」
「うう…私は魔王なのに…魔王ベルゼブブなのに……うう…」
「そう…それでいいんだ」
ニヤリ。
やったぞ!
こんなブラックな職場にやっと楽しみが増えた!
「お前がこれまで異性と付き合ったことがないという原因がわかった気がするのじゃ…」
ホットケーキを食べる二人。
だが本気のホットケーキは作らない。
そう。
俺の料理は武器なのだ!
日々舌が肥えてくるこの魔族に飽きられたら俺の身が危ないからな。
さて、明日はいよいよ開店日だ!
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