くっちゃね大魔王とジリ貧の俺が綴るのんき生活~ダンジョンを添えて~
日夜暁
第1話「本日は大魔王がやってきました」
気がつけば、俺はダンジョンの支配者、『ダンジョンルーラー』となっていた。
ピリリと辛口の大魔王を添えて。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「高給で待遇のいい職場はないものだろうか」
転職情報誌をめくりながら、夕食である辛味の強い麻婆豆腐をレンゲで口に運んでいた。
一人暮らしだから礼儀作法などどうでもいい。
4畳半の和室にちゃぶ台1卓とダンボールの上の20型テレビ。
「やっぱ、飲食か。年齢も年齢だし、経験を活かせるとしたらそれしかないか」
唯一の特技、それが料理である。
大学卒業後から料理人を志し、和洋中満遍なく修行の身として技術を磨いてきた。
和洋中何でも来いだが、最大の汚点があった。
一つに絞らなかったため、器用貧乏として終わったのだ。
気づけば、もう手遅れ。
今更職種を変えることなどできない。
「まあ…悩んでたって仕方ない。飯食って銭湯行くか」
その時、突然テレビの横で黒い霧が立ち込めた。
現れたのは大きな黒い角を生やした銀髪の超美少女だった。
14から16歳くらいだろうか。
身長は150から155程度。
胸は……黒いローブを羽織っていてわからないな。
いや、男だから胸に目がいくのは自然なことだし!
「余は大魔王シス!喜ぶがよい、お前を栄えあるダンジョンルーラーに任命する!」
「ええええええええ!?」
あまりの突拍子の無さに絶叫してしまう。
大人気番組の宇宙の果てまで逝ってトライの○川の叫びのように。
「フッフッフ、光栄に思うがよい!大魔王本人に直々に任命されたことを!」
「お、お前は一体…?」
「余は大魔王シス!天界と対成す魔界の神にして世界の調律者!」
「ええええええええ!?お、お前は一体…?」
「余は大魔王シス―ってもういいわ!」
なかなかにノリがいい。
唐突に出現したこの存在が人成らざる者であることはよくわかる。
突如意識が飛び、夢を見ているのか、はたまた突然死したのか俺の状況はわからない。
はっきりと言えることは、この状況は非常識だということだ。
大魔王か。
逆らったら殺されるのか?
ここは少し下手に出てみるか。
「そ、それで大魔王様がどうしてここに?」
「お前をダンジョンルーラーとして働いてもらうために来た」
大魔王の視線が麻婆豆腐にちょくちょく向いている。
可愛く、鼻筋が通った少し高めの小鼻がひくひく動いている。
「ダンジョンルーラー?」
「ダンジョンルーラーとはダンジョンを支配し、管理する者のことじゃ。魔族や魔法の無い世界に『ダンジョン』を出現させ、それに挑戦する人間に魔法や人知の及ばない力を授けることがお前の使命じゃ」
「え?それって魔族にとってはデメリットしかないのでは?」
「フッフッフ、これだから下等生物はダメなんじゃ」
ぐっ、なんだコイツ。
そんな下等生物に仕事を任せようとしているのはどこのどいつだ。
「ダンジョンには『
「つまり、ダンジョンに人を招き寄せて、人を殺して英気を吸い取るということですか?」
すでに大魔王の目線は俺には向いていない。
ただ一点、麻婆豆腐を凝視するだけ。
食べ物に興味あるのだろうか。
「…………」
「あの、聞いてます?」
「んっ!?あ、ああ、聞いておるとも!聞いておりますとも!」
コイツ、全然聞いてなかったな。
おあずけ食らった犬みたいになってただろ。
その時、彼女のお腹から、
ギュルルルルウゥ~……!
すごい腹の虫の鳴り方だな。
「い、いや、これは、その、なんだろ、今のは、そう!魔法!」
「ほーん…」
明らかに空腹から来る音だったぞ。
まあいい。話に集中できない原因がこれならすぐ平らげよう。
俺は大魔王の視線釘付けの麻婆豆腐の皿を持ち、レンゲで掻き込んだ。
「あ、あ、ああ…ああ…」
手をわしゃわしゃしながら子犬のような目で見てくる本当に大魔王なのか怪しい少女。
「……大魔王様も食べたいんじゃ?」
「そ、そんなわけあるか!余は大魔王シス!下々の者が口にする残飯に興味など皆無!」
この女、なんて可愛げのない…!
ギュル!ギュルルル!ギュルルルゥ~!
再び部屋中に鳴り響く腹の虫。
虫というより獣でも飼ってる勢いだな。
大魔王は顔をリンゴのように紅潮させ、体をプルプル震わせている。
「い、今のも魔法!!すっごい魔法使ってるんだー!」
口調が変わったな。
これが本来の口調なのだろうか。
大魔王なのだから、施しを受けられないプライドがあるのだろう。
でもまあ、外見はまだまだ子供だし、仕方ない。
「大魔王様、俺もう腹一杯で食べれないので、残り食べて頂けませんか?」
俺優しいなー。
「え!?」
彼女の顔がパァッと明るくなったようにみえる。
「ま、まあそれなら、仕方ない。しかしそんな態度じゃ受け入れられんな。残飯を食わすのだから、土下座して乞うがよい!」
いらっ!
うん、ここは俺の部屋で俺が主なんだ。誰が主かはっきりさせてやろうか。
「あ、それなら俺食べるんで。もう絶対あげませんからー!」
「貴様、大魔王であるこのシス様に平伏することもできぬとは、何たる無礼者か!貴様など余の大魔法で一瞬にして消し去ってやろう!」
まずい…俺怒らせてしまったのか…。
大魔王は胸の前で両手を丸め、詠唱し始めた。
「
そう言う放つと同時に、両手を俺に向けて突き出した。
突き出した。
突き出した…。
突き出した……。
「あれ…何も起きないぞ」
「………あれ…あれれ?」
目の前で非常に痛々しいポーズを決めている少女が目を丸くして首をかしげている。
「…さて、残りを食べるか」
「あれーーーーー!?この星は魔瘴が欠片もないのおおお!?」
「はい、お帰りはドアからお願いしますねー」
両膝をついて上半身を丸めて頭を抱える大魔王
「あああああああ!!ごめんなさいいい!!お願い!!食べさせてええ!!」
大魔王が脚にしがみついて半泣き状態でせがんできた。
うざっ!さっきまでの無駄に高い誇りはどうしたんだよ!
「だあああ!残飯なんだからいらないだろうが!そもそもたった今俺を殺そうとした奴になぜ施しをしないといけない!?離れろ!!」
「いやああああ!ごめんなさいい!!もうしないからああ!!もう100日も何も食べてなくて、お願いだから食べさせてえええ!!」
「100日とか、お前大魔王だろ!?大魔王なら贅の限りを尽くしてるんじゃないのかよ!」
「だって!だって!もうワームはイヤなの!あのグチュっとした紫の血滴る肉なんてもう食べたくないのおお!!」
「わかったわかった!作ってやるから!新しく熱々の麻婆豆腐作ってやるから!」
「本当にいい!?食べさせてくれるのおお!?」
「角が痛い!嘘じゃないから、嘘じゃないから離れて落ち着け!」
大魔王だか変質者なのかよくわからんが、態度変わりすぎだろ。
ジャージが涙や鼻水でぐしょ濡れじゃねえか。
「少し時間かかるから、その辺に座ってテレビでも見てろよ」
「ふぁい」
泣き止んだ大魔王はちょこんと座りながらテレビを見ている。
そういや大魔王のいる世界にもテレビってあるのだろうか。妙に馴染んでいる。
俺は二畳の台所に立ち、麻婆豆腐に取り掛かる。
料理人を目指していたことで、台所だけはしっかりとしている部屋に住んでいる。
「大魔王、さっき聞いたことなんだが、ダンジョンルーラーってのはダンジョンに人を招き寄せて、人を殺して英気を吸い取るということでいいのか?」
「大魔王じゃない。お前は余の
コイツ!ポンコツの癖に!
「麻婆豆腐作るのやめたー」
「わあああああ!!ごめんなさああいい!!」
またしても脚にしがみつく大魔王。
「いいか、大魔王だか
「ぐっ…はい…」
とは言ったものの、こんな若い子に偉そうにするなど、大人気ないよな。
「あー俺の名前は
「人を殺して英気を吸い取るってことかの?大体合ってるな」
「ふーん…って、いやいやいや、殺すのはダメだろ!?確かに俺は社会の底辺で這い蹲つくばってて、未だ異性と付き合ったことがなくて、将来子孫を残せるかも甚だ疑問の存在だけど一応同じ人間なんだから、同族を殺すってのはよくないだろ!」
「お前、自分をそこまで卑下するのはどうかと思うぞ…。そこは心配するでない。ダンジョンで死んでも生き返る」
「あ、そうなの。いやいや、お前は魔族だろ?魔族の言うことはちょっと信じられないな!」
「嘘ではない。余ら魔族は人がいてこそ存在できる。悪ではあるが、人と共存する種族なんじゃ」
そうは言われてもなあ。
魔族でしょ?魔族って極悪非道っていうイメージしかないんだよな。
俺は納得した振りをして、台所に戻る。
「ほら、できたぞ。この米と一緒に食べると一層旨いぞ」
「ふぁあああああああ」
シスの目が輝いている。
視覚的にも、ライムグリーンとオリエントブルーが混じったような瞳が光輝いている。
「いただきまあああああす!」
行儀いいな!
一心不乱に、口いっぱいに膨らまして、満面の笑みで食べることに集中している。
「
「こらこら、ちゃんと飲み込んでから話せよ」
自分の作った料理をこんなに喜んで美味しく食べてくれる人は初めてだな。
ふふっ。
ご飯粒だけになった茶碗にもう一杯足す。
余程腹が減っていたらしい。100日振りなら仕方ないか。
「ぷはあぁ~ごちそうさまでした!」
また行儀いいな!
「魔族もいただきますとかごちそうさまを言うんだな」
「これは令司の言葉に変換しているだけじゃ。まあ魔族にも似たような風習はあるがの」
なるほど。そういえば日本語話してるな、魔族なのに。
「令司は料理が超上手なんじゃな!余の専属シェフとして一生遣わせてやってもよい!」
「ありがとさん。じゃあ、お帰りはこちらからどうぞー」
「うむ!邪魔したの!」
…
……
「って違うわ!!」
いちいち面白いな、この大魔王。
「そうではなくて、お前はダンジョンルーラーとして働いてもらわないといけないのじゃ!」
「そもそも、なんで俺なんだ?」
銀髪碧眼黒角黒ローブ姿の美少女は手を顎に置き、考える仕草をしている。
「……うん!それはお前が選ばれた人間だからじゃ!」
「ウソだよな!今絶対ウソついたよな!?」
シスの先端が少し尖った耳がピクピク動いている。
コイツ、いちいち言動が信じられん。
人外であることは間違いないのだが、大魔王かが怪しすぎるのだ。
魔法は使えない(いや、使えなくてよかったんだが)、大魔王なのに100日も食べてないし、英気を糧にしていると言ってた割に普通に麻婆豆腐食ってるし、大魔王自らが下々の者に任命しに来るとか、ありえないだろ。
誰が考えてもクエスチョンマークだ。
「シスは本当に大魔王なのか?」
「ふぇっ!」
その反応だけで十分だよ。
「だ、大魔王だし!余は全魔族を束ね、畏怖される存在!
お前、さっき魔法使えなかったじゃねえか。
あーこれは、うん、これ以上詮索はしないでおこう。
これ以上関わると碌な事が起きそうにない。
そしてまた耳がピクピクしているってことは、嘘をつくと起こる反射運動みたいなものか。
「わ、わかった。シスは大魔王だな」
「では令司!早速ダンジョンルーラーとして働くのじゃ!」
「え、イヤだよ」
「…なんでじゃ…?」
「だって旨味が全く感じられないし、すっげえ危険そう」
あとはお前が胡散臭い。
「旨味か…フッフッフ。お前のこの部屋はものすごく狭くて陰気臭いのぉ。貧乏だということがよくわかるわい。カビ臭い、汗臭い、足臭い、最低の生活水準じゃ」
「あ、足臭くねえし!!」
このクソ魔族、気にしていることをずけずけと言いやがって…。
「じゃが、ダンジョンルーラーとなれば、金銀財宝よりどりみどり。こんな最底辺の地位から一気に貴族、いや王族以上の財を成すことができるんじゃ」
「ま、マジで!?」
耳がピクついていない。
虚言ではないのか?
「ああ。こんなボロ屋からはすぐに引っ越せること請け合いじゃ」
シスの顔にニヤリと微笑がこぼれる。
まるで悪魔の微笑。
貯金が残り6万6千円しかなく、来月の家賃を支払えば俺は無一文確定だ。
仕事も見つからないし、物は試しでやってみるか。
「それで…俺はどうすればいい?」
「ついてくるのじゃ」
「待ってくれ。ここには戻ってこれるのか?」
「案ずるな」
本当のようだ。
俺は靴と外出用鞄を手に黒い霧をくぐった。
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