手順36 色仕掛けをしましょう

「尚……」

「ふふっ、なんですか? 先生」


 飯田橋先生がボクの名前を呼ぶので、ボクは笑顔で返事をする。

 これからこの人につづらに嫌がらせをした報いを受けさせるとだと考えると、笑顔も自然と浮かぶ。


「あ、そうだ。先生やっぱりインスタやりましょうよ! 先生の撮った写真、もっとたくさんの人に見てもらえますし」

「あ、ああ……」


 なんとか飯田橋先生がボクに気を許してきたタイミングで、ボクは再び飯田橋先生にインスタグラムを勧める。

 今度は結構大人しく自分のスマホを出してくれたので、ボクはアプリをダウンロードして初期設定をするところまで教える事にした。


「……位置情報は教えないようにしておいた方が無難ですね~、よし、これで初期設定は終わりです。それで、これがボクのアカウントです」


 初期設定はすぐに終わり、ボクはその流れでチュートリアル的にボクのアカウントを飯田橋先生のアカウントでフォローする。


「おお……なるほど……」

「それと、こうやって相手のアカウントを出して、ここの紙飛行機のマークをタップすると、相手にダイレクトメッセージが送れるんです。試しにボクから先生に送ってみますね」


「なんか通知が来たな」

「はい、それでここをタップするとメッセージが見られます」

 そして、丁寧にDMの使い方を教える。

 これで事実上の連絡先ゲットだ。


「思ったより操作も簡単だな」

「でしょ? ……それに、これならいつでも二人だけでお話できますね」

 元々部室に二人だけだけど、あえて飯田橋先生の耳元に内緒話をするように言う。


「そ、そうだな……」

「ふふっ、じゃあボクもう帰りますね」

 ニッコリと笑ってボクはカバンを持って出口へと向かう。


「尚」

「はい、どうしました?」

 出入り口の戸に手をかけた瞬間、飯田橋先生に呼び止められ、ボクは振り向く。


「今度、ダイレクトメッセージで連絡する……」

 振り返れば、ボク達がさっき座って話していた場所に飯田橋先生は立っている。


「待ってますね。それじゃあ先生、さようなら」

「ああ、気をつけて帰れよ」

 そう言ってボクは部室から出て戸を閉め、お料理研究部の部室の前まで歩き、また振り返ってみたけれど、特に飯田橋先生が部室が出てくる様子は無かった。


 ちょうどいいので、そのままボクはお料理研究部の部室へ入室する。

「あ、尚くんお疲れ様☆」

 戸を開ければ、スマホをいじっていた寺園先輩が笑顔で迎えてくれた。


「それで首尾はどうかな?」

「順調です。だいたい寺園先輩の台本通りに行きました」

 ボクは寺園先輩の隣の席に移動して、今日の休み時間から先程までの事を憶えている限りできるだけ事細かに説明した。


「特に写真を撮ったのが飯田橋先生だって確証がとれた事と、写真のモデルをする約束を取り付けたり、インスタグラムのアカウント作らせてDMから直接やり取りも出来るようにしたのはお手柄だね☆」

 寺園先輩はボクの話を最後までうんうんと聞いてくれた後、そうまとめた。


「ちなみに、写真のモデルするって話を持ち出したのは飯田橋先生でいいんだよね?」

「はい、一応先生が自分の正体を明かす前に姉に写真を送って来た人のファンで自分も撮られたいみたいな事を言いましたけど、その話を言い出したのは飯田橋先生です」

 確認するように尋ねてくる寺園先輩にボクは頷く。


「うんうん、なかなかいい傾向だね☆ 尚ちゃん、そしたらこの後の作戦は一つだよ♪」

「え、どうするんですか?」

「調子に乗らせるんだよ♡ 木曜日には先生に手を出させないといけないからね☆」

 僕が聞けば、明るく寺園先輩は答える。


「具体的に、何をすれば……」

「相手にコイツは自分の事が好きだ、言う事はなんでも聞くと確信させつつ、弱みを握らせれば短期間でも手を出そうとしてくると思うよ☆」

「なるほど……」


 だとしても、まともな人間だったら普通はわかっていても手は出さないだろう。

 特に、相手の事を本当に大切に思っているのならなおさらだ。


 なので、もし飯田橋先生がどうやってもボクに手を出そうとしてこなかった時には大人しくつづらの机に嫌がらせしている映像だけを公開して学校を辞めてもらうだけしかできない。


 だけどもし、飯田橋先生が隙あらば自分に好意を抱いている生徒へ弱みを握って男女の見境無く手を出そうとするような人間だった場合は当然それなりの対処をさせてもらう。


 そして、今のところ監視カメラで見たつづらの机に嫌がらせをしている以外は飯田橋先生は比較的まともな教師のようにも見える。

 ……ボクの色仕掛けにまんまとはまっていたけども。


 きっとこの時のボクはまだ、つづらの事はボクが守るとは思いながらも心のどこかで自分の身近にそんな絵に描いたようなクズがいるなんてしんじたくなかったのかもしれない。




 火曜日


「ああ、いいにおいだ、まるで女の子みたいじゃないか。肌もこんなにスベスベで……」

 ボク達二人以外は誰もいない写真部の部室で、背後から僕の髪のにおいを嗅ぎながら飯田橋先生はボクの内ももをさすりあげる。


「…………」

 よし、こいつ(社会的に)殺そう。

 ボクの決意は固まった。

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