手順35 距離を縮めましょう

「なんか違うなあ……どの写真も悪くはないんですけど……」

「へえ、わかるのか」

 部室に着くと、早速ボクは部室に飾ってあったりコンクールに提出したという作品や、部員の写真をまとめた写真集なんかを見ながら呟く。

 無駄に上等な製本と印刷なあたり、部費は潤沢なようだ。


 写真を見ても正直、誰が撮った写真とかよくわからない。

 でも、部室に飾られている作品には全部、年度と学年、クラスと名前が書かれている。

 つづらの写真を撮ったのが先生なら、ボクがファンという事にしている撮影者の写真はない。


「なんか上手く言えないんですけど、姉に送られてきた写真は見てたら胸の奥がゾワゾワ~ってするんですけど、この写真とかにはないんですよ……やっぱり個人で撮ってる人なのかなあ」

 胸に手を当てながら、なんだかそれっぽい事を言ってみる。


 つづらの写真を見た時は本当にゾワゾワしたけれど、それはまたつづらが変な奴に付きまとわれているという悪寒だ。

 まあ、それでも写っているつづらは可愛いけど。


「なあ、井上はその写真を撮った奴を見つけてどうしたいんだ?」

 ボクが写真集を見ていると、飯島先生が尋ねてくる。

 よし、仕掛けるなら今だ。


「どうしたい? そうですね……友達になりたいです。あなたの撮る写真が好きですって伝えて、あと、あんな素敵な写真を撮る人がどういう人なのか知りたいです」

 可愛らしく小首を傾げて悩むようなフリをしながらボクは用意してきたセリフを吐く。


「それだけか?」

 よしきた。

 期待していた通りの返しがきて内心ボクはガッツポーズをする。


「それだけ……うーん、あと、ちょっとずうずうしいかな、なんて思うんですけど、ボクもあの人に撮ってもらいたいなー、なんて……あ、やっぱり今のナシで、恥ずかしいから忘れてくださいっ!」

 袖で口元を隠しながら慌てたようにボクは恥らう。

 言い終わった後は両手で頬を包み込むようにして俯く事も忘れない。


「なあ、部員の写真じゃないが、オレが趣味で撮ってる写真もあるんだが、ついでに見てくか?」

「そういえば、飯田橋先生も撮ってるって言ってましたよね、見てみたいです」

 慌てて話題を変えようとする風を装って、ボクは話に食いつく。

 ここまでは寺園先輩の考えてくれた台本通りだ。


「最近のだと、こんなのとか、だな……」

「…………」

 飯田橋先生が取り出したアルバムを受け取り、ボクはそのページをめくる。


「休みの日に水族館に行った時の写真なんだが……」

「…………」

 先生の言葉は無視して、ボクはじっくりと写真を見つめる。


「風景なんかの写真もいいが、俺はやっぱり生き物の写真を撮っている方が……」

「…………」


 水族館で泳ぎ回る写真や、辺りを行き交う人達の写真を見ながら、ボクは思う。

 コレ、つづらの写真と同じ人が撮ったんだよといわれると、確かに、なんて思いそうだけど、全く別人ですと言われても普通に納得できてしまうと思う。


 でも、そんな事を正直に言ってしまってはロマンスは生まれない。


「井上?」

「……飯田橋先生だったんですね」

 ずっと黙っているボクを不審そうに覗き込んできたタイミングで、ボクは呟いた。


「お前、わかるのか」

 俯いているから飯田橋先生の表情はわからないけど、声で驚いているのがわかる。


「あ、あたり前じゃないですかあっ!」

 ボクは俯いたまま元気良く立ち上がる。


「そ、そうか……」

 呆気に取られたような飯田橋先生の声が聞える。


「帰ります!」

 ボクは机の上に置いた通学用のカバンを掴んで出口へと向かう。


「お、おい、どうした急に!」

 後ろから駆け寄ってきた飯田橋先生がボクの肩を掴んできたタイミングでボクは立ち止まり、1拍置いてから勢いよく振り返る。


「そんなのっ、恥ずかしいからにきまってるじゃないですか……だってボク、本人の前であんな……」

 眉を下げて上目遣いでボクは言う。


 チークで頬は赤いし目薬をさしたので目は潤んでいる。

 飯田橋先生を迎えに行った時から同じ顔だったけど、そこは部室に入ってからさっきからあの手この手で顔を隠してたのと、この場の雰囲気で勝手に勘違いして欲しいところだ。


 そして飯田橋先生はボクの顔を見るなり、ひるんだようだったので、演出としては上手くいったらしい。

「……お、俺は嬉しかったぞ!」

 少し間を置いて、飯田橋先生がボクに言う。


「……ほんとに?」

「本当に! それに井上が、全く違うものを撮っている写真を見ただけで気づくとも思わなかった」

 ボクが上目遣いで見上げれば、飯田橋先生は大きく頷く。


「……気づくに決まってるじゃないですか、先生の写真は何度も見てたんですから」

 少し先生から身体を引いて、恥ずかしそうに口元をパーカーの袖で隠しながらボクは言う。

 これは、寺園先輩が考えた対飯田橋先生用の殺し文句と演出だ。

 ボクも他の先輩達もこのセリフと演出を聞いた時はなんてえげつないんだと思ったものだ。


「…………」

 しかし、どういう訳か飯田橋先生の反応がない。

 もしかしてボクの演技が下手で感づかれてしまったのか。

 不安になって恐る恐る飯田橋先生の方を見れば、笑うでも驚くでもなく、ただボクの方をじっと見てくる。


「……なあ井上、今度先生の写真のモデルやらないか?」

「え?」

 しばらく間を置いて出てきた飯田橋先生の言葉に、ボクは首を傾げる。

 どうやら作戦がバレた訳ではないみたいだけど……。


「いや、先生も人物撮るのは好きなんだけど、身近に頼める相手がいなくてな」

 急に先生の態度がいつも通りのものになる。


 作戦は上手くいっている……?

 だとしたら……。


「……尚」

「へ?」

「じゃあ、二人だけの時は尚って呼んでくれるなら、いいですよ」

 だとしたら、今はもっと踏み込んで飯田橋先生との距離を近づけるべきだろう。

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