手順23 特技を探しましょう

「それで、今日井上に来てもらったのはお前のお姉さんの事だ」

「はあ……」


 つづらにあんみつを作ってもらった翌日、ボクは休み時間に古文の飯田橋いいだばし先生に国語準備室へと呼び出されていた。

 ちょうど今は他の先生もいないのか僕と飯田橋先生の二人きりだ。


「知ってるかもしれないが、先生は井上のお姉さんの担任なんだ」

「ああ、そうなんですね」

 それは知らなかった。


「それで、相談というのはお姉さんの家での様子なんだが……何か変った事はないか?」

「変った事?」

 ボクは首を傾げる。


「ほら、最近また嫌がらせをされているようだし、学校では明るく振舞っているが落ち込んだりふさぎ込んだりしてないか!?」

「大丈夫ですよ、本人全く気にしてませんし」


 どうやら飯田橋先生はつづらをかなり心配しているようだ。

 自分のクラスでいじめのような事が起こっていると知って見過ごせないのかもしれない。


 実際は机へのイタズラ以外の被害はないようだし、当のつづらは今度はどんなイタズラを仕掛けてくるのかと楽しみにしている節さえある。


「そ、そうか……ところで、君は弟でいいんだよな?」

 飯田橋先生は目の前に座るボクを上から下まで見ながら言う。

 ……この手の視線には憶えがある。


「はい、男ですよ? ……紛らわしいですし、僕の事は尚って呼んでください」

 パーカーの裾で口元を隠し、上目遣いで小首を傾げながら僕は言う。


「いや、特定の生徒を特別扱いする訳には……」

「そうですか、なら、二人きりの時にでも」

 言いながらボクは閉じて座っていた脚を、不自然にならない程度に大きな動作でゆっくりと組む。

 飯田橋先生の視線がボクのスカートに注がれるのがわかる。


「お、大人をからかうんじゃない!」

 ボクが脚を組み終わると、ハッとしたように飯田橋先生が僕に言う。


「あっはっは! だって先生の反応が面白いんですもん。残念ながらこのスカートの下は男物の下着ですよ?」

「そんな情報いらん!」

 見た目の年齢的に飯田橋先生は父さんより少し下くらいだろう。

 そんな相手をからかえるのは、正直楽しいと、最近ちょっと思い始めている。


「それはそれとして、姉には心配してくれる友達も多いので大丈夫ですよ。特に寺園先輩はボクもこの前、助けてもらいましたしとても頼もしい人ですよ。自分より大きい相手を簡単にのしちゃうんですから」

「そ、それもそうだな……ならいいんだ……」


 寺園先輩の名前を出せば、飯田橋先生も妙に納得したような顔になる。

 やっぱり寺園先輩はすごい。




「……っていう事があったんですけど」

 その日の夜、ボクは寺園先輩にライン通話でその事を報告した。

 変質者事件後の寺園先輩の事が気になったので、その前置きの世間話だ。


「なんだろう、ものすごく納得がいかないよ☆」

「そうですか? ボクは寺園先輩みたいになりたくてなりたくて震えますよ」

 本当になりたくてなりたくて震える。


「私はこの前の不審者の一件で家族や響くんからまた柔道をやらないかってものすごく勧められてて怒りに震えてるよ♪」

「え、怒りに震えてるんですか?」

 うんざりする、ではなくて、怒りに震えるのか。


「だって、おじいちゃんもお父さんも響くんも皆かよわい女の子が好きなくせに、私にお前は強い☆ 才能がある♡ 世界をとれる♪ とか言って来るんだよ!?」

「な、なるほど……」


 寺園先輩はかなり憤っているようだけど、身内とはいえ元柔道選手の人にそこまで言わせる程の才能って相当なんじゃないだろうか。

「でも、現役離れて結構経ってるはずなのに、素人のボクにもわかるくらいものすごく鮮やかな技でしたよね」


「うーん、体形維持の為に今も走ったり基礎的なトレーニングとかはしてるからかも♪ 小さい頃からの癖で目の前の相手はどう動いてどうすれば勝てるかとかいつも勝手に考えちゃうし☆」

 この人と話していて、たまに異次元の答えが返ってくるのにも段々慣れてきた。


「……なんか、ボクなんかが寺園先輩みたいになりたいなんて軽々しく考えちゃってすいません」

「なんで謝るの!?」

「いえ、ボクじゃ到底到達できそうもない境地なので……」

 現役を退いたという割に、むしろ行動が武の道を極めるための特別な修行みたいになってる。


「それも納得いかないなあ……でも対面した相手に対して直感的に勝てる☆ とかこれは普通に戦ったら勝てない! とか、そういうのを感じる事はたまにあるでしょ?」


 そんなあるある体験みたいに言われてもそんな事考えた事もない。

 というか、負ける、じゃなくて普通に戦ったら勝てない、と常に勝利への可能性を模索している姿勢がすごい。


「ないですよ……あ、でも相手の反応を見て、これはいけるとか無理そう、とかならわかりますよ」

「いけるって、何が?」

「脈アリというか、からかえそうというか、そういうのです」

 これは女装をし始めてから身についたスキルではあるけど。


「そうなんだ☆ ちなみに私は?」

「付け入る隙が全くないですね」

「わあ! 嬉しい☆ ……あれ? 隙がないって、恋愛的な意味においての?」

「そうですね」

 精神的にも肉体的にも全く付け入る隙がない。


「それ、響くんに対しても!?」

「いえ、よっぽど鈍感か異性として意識してないとかじゃないかぎり、寺園先輩の脈ありサインは岡崎先輩に届いてると思いますよ?」


「なーんだ、そっか☆ って、日曜日に響くんが全く私を異性として見てないっぽいみたいな話したよね!?」

「ですね」

 それで岡崎先輩が寺園先輩のピンチを救うようなイベントがあれば、という話をしていたのに、実際はボクが寺園先輩にピンチを救われてしまった。


「うっ……変質者に襲われたのが私だったらよかったのに……」

「だとして、何事もなく制圧、通報して終わりじゃないですか?」

「こんな力……! 私は欲しくなかったのに……!」

 それは寺園先輩の魂の叫びだったのかもしれないけど、ボクはちょっとかっこいいと思ってしまった。

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