手順21 疑問を持ちましょう
「握手しましょう!」
「え!?」
おじさんは僕の前にやってくるなりそう言うと僕の手をとりそのまま僕の手を彼の股間の方へと持っていこうとする。
「ちょっ! 誰か! 誰かー!!!!」
一体何と握手させる気だ!
ボクは声をあげるけど、辺りは住宅街だと言うのにびっくりする程反応がない。
「はなせ! はなせったら!!」
おじさんと揉み合いになるけど、意外に力が強くて離れない。
どうしたらいい、こんな時、どうしたらいい!?
「ぐっ……!?」
けど、ボクがパニックになりかけた時、突然おじさんが短いうめき声をあげてボクを掴む手を緩めた。
慌ててボクが後ろに距離を取れば、どうやらおじさんは後ろから誰かに股間を蹴り上げられたようでその場にうずくまる。
「火事だー!!!!」
うずくまったおじさんの後ろから現れた寺園先輩は、辺りに響き渡る大きな声で叫んだ。
すると、さっきまで誰も出てこなかった家から次々に色んな人が顔を出してこちらを見る。
「っ……!」
うずくまっていたおじさんはふらつきながらボクを押しのけて逃げようと走り出す。
「逃がさないよっ♪」
しかし、寺園先輩は素早くおじさんに追いつくと、おじさんを裏投げし、うつ伏せ状態にさせた後、腕の関節を極めておじさんを動けないように押さえつける。
「尚くん、これで警察に通報して☆」
寺園先輩の流れるような早業にボクがポカンとしていると、寺園先輩はボクにスマホを渡してきた。
けれど、なぜかそれはボクのスマホだった。
警察に通報してパトカーが到着するまでの間に聞いた話によると、どうやら寺園先輩の部屋にボクがスマホを忘れていたようで、寺園先輩は走ってボクの事を追いかけてきてくれたらしい。
警察が到着してからは事情聴取だとかで色々大変だったけど、寺園先輩が最近この辺で出没してきた通称握手おじさんの逮捕に協力した事は翌日の新聞の記事にもなり、学校の朝礼でもその事が取り上げられた。
おかげで週明け早々、寺園先輩はちょっとした有名人になる。
「ニュースでやってた不審者を捕まえた女子高生って料理研究部の寺園先輩だよね?」
「助けられた後輩ってナオミちゃんだったんだね~」
「柔道部の先輩が寺園先輩と幼なじみらしいんだが、寺園先輩の家って柔道の道場やってて本人もむちゃくちゃ強いらしいぞ」
「ちなみに寺園先輩の家に遊びに行った帰りだったらしいけど、もしかしてそういう関係だったり?」
しかも、ご丁寧に朝礼で寺園先輩の家から帰る途中だったボクを寺園先輩が助けた事まで説明してくれたおかげで、日曜日、ボクが寺園先輩の家に遊びに行っていた事まで知れ渡ってしまった。
……まあ、一番この事をバレたくなかった相手には警察の方から家に連絡が入った時点でバレているので学校の方は今更ではあるけど。
「…………」
「つづら、寺園先輩から聞いたんだけど、また机にイタズラされてたんだって? 今回は机の上に花が生けられてたらしいけど、一体誰が……」
現在ボクは寺園先輩から朝学校に来たらつづらの机の上に花が生けられていたと聞いて昼休みの時間につづらのクラスまで直接様子を見に来ていた。
「そんなのどうでもいいもん……」
拗ねたようにつづらが言う。
「どうでもよくないよ! ……ボクはつづらが心配なんだよ!」
「そんな事言ってホントは杏奈ちゃんに会いに来たんでしょう! 日曜日みたいに私を仲間はずれにして!」
つづらは昨日からずっとこの調子で拗ねている。
今日わざわざお弁当を持ってつづらの教室に来たのは早く仲直りしたいという気持ちもあった。
「アレは尚ちゃんに相談に乗ってもらってただけだよ☆」
「相談って、なんの?」
「内緒♡」
つづらに聞かれれば、寺園先輩は口の前で人差し指を立ててあざとく内緒のポーズをする。
「……今度は、私も一緒に遊びたい、です」
頬を少し染めながら、おずおずとつづらが言う。
……今のはつづら的にかなりヒットだったらしい。
「うん、三人で遊ぼう♪」
「約束だからね!」
寺園先輩がつづらの手を取って言えば、つづらも嬉しそうに頷く。
……どんどん彼女はつづらの扱いが上手くなってる気がする。
「やあ、君がつづらちゃんの妹? 噂通り可愛いね~」
そして、話が一段落したところで、癖っ毛のほわほわした雰囲気のイケメンが話しかけてきた。
「妹っていってもあんまり顔は似てないのな」
「連れ子同士らしいからね、でも仲良しなのは良い事だよ」
「こんなに慕われているなんて、やはり、つづらさんの人徳の成せる業なんでしょうね」
「それより今日はつづらの妹もここで飯食って行くんだろ? とりあえず座れよ」
更に次々にボクに話しかけてくる色んなタイプのイケメン達を見てボクはすぐに彼らが例のつづらの取り巻きなのだと気づく。
……思った以上に容姿の平均レベルが高すぎて驚く。
単体で見たらイケメンに見える岡崎先輩がこの中だと凡庸な容姿と錯覚してしまうレベルで容姿のインフレが起きている。
「えっと、はじめまして、井上尚です」
この後、ボクは岡崎先輩を除く五人のイケメン達と挨拶と自己紹介を交わしたけれど、その時思ったのは、確かにこれだけ全員キラキラしてると誰が誰とか逆にわかりにくいよなあ……だった。
「それで、今日は姉の机に花が生けられていたそうですが……」
「あれなあ、一旦収まったと思ったんだけどなぁ」
「しかし、毎回手を変え品を変え……無駄に豊かなバリエーションですよね」
赤い髪の大林先輩と眼鏡の伊田先輩が言う。
「なんか担任の先生にもやたら本当に困ってる事はないか、何かあったらすぐ相談しに来るんだぞって、前々から言われてたけど、今回はものすごい念押しされちゃったよ」
「それはつづらが気にしなさ過ぎなんだと思う……」
困っちゃうよね~とつづらは軽く言うけれど、そこはもう少し重く受け止めて欲しい。
結局、つづらの下校は毎回誰かが付き添う事になり、つづらの取り巻きのイケメン達による曜日ごとのシフトが組まれた。
全員お互いをけん制しあっているのか、つづらは常に二人以上のイケメンが家まで送り届ける事になり、ボクはつづらが普通のイケメン好きな女子ではない事に感謝した。
……だけど、ボクはこのままでいいのだろうか。
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