鎖の涙が癒えてない(2/2)

第1話

『そっち行ったぞ~、雄二ぃ。トス! トスできるかぁ!?』

『わっ……! わわっ! できたっ。できたよ、賢一!!』


 青い空、白い雲。断続的に聞こえる波の音に、見渡す限りの大海原。そこそこ繁盛している海の家。砂浜の枕詞みたいな、凡庸なナレーションが脳内に響く。

 ビーチバレーを楽しむ賢一くんたちを遠目に眺めながら、私――四葉かなたはひとり、日陰にあるリクライニングチェアで寛いでいた。……日焼け怖いもん。


「はあ……せっかく、水着新調したのに。お小遣い前借りした意味が……」


 賢一くんにだけ見てほしいのに、私の新衣装お披露目配信()にはどういう訳だか、原動力が100%純粋な性欲の有象無象系男子しか来ないし。

 投げ銭してくれるんだったらいくらでも見ていいんだけど。失費の元取れるし。

てか、普段の学校生活でもどうせジロジロ見てるんだから、やめてくんないかな。


「ムリか……権化だもんね。だからといって、一切の許容はできないけど」


 なんの気なしに波打ち際近くのほうを見ると、名前と顔の一致しない同学年の男女数名が、ふた昔前のラブコメのシーンみたいに海水を掛け合って燥いでいた。

 ああいうのが世間一般で云うところの「青春」なのだとしたら、彼らの大多数は相当なお花畑に違いない。

 ――でも、少し羨ましい気もする。



「私もあんな風に、頭空っぽで気楽に『青春』を楽しみたかったなぁ……」

「……じゃあ、混ざりに行ってくれば?」

「きゃっ……冷たっ!?」


 背後から声がして不意に、心臓が飛び跳ねる冷たさが首筋に襲ってきた。骨伝導の要領で炭酸のしゅわしゅわ音が全身を駆け巡る。涼しくて心地よい。

 こんないたずらするヒトは誰だろう、と思ってチラッと一瞥をくれてやると、完璧すぎるプロポーションの蛍が、グラビアアイドルよろしく四つん這いになっていた。


「ラムネ。びっくりした?」

「ほた……ケイ。海が君を大胆にさせるの?」

「なにそのキャッチコピーみたいな。こんな暑いのにサラシなんか巻いていたら、汗だくになっちゃうよ。周りの目が気になるけど、女子は基本みんなそうだもんね」


 隣のリクライニングチェアに腰掛け、蛍がラムネをお裾分けしてくれた。上体を起こし、受け取った栓抜きで悪戦苦闘しながら、ようやくの思いで王冠が空に弾けた。


「良い音。これだけの音を24時間ずっと聴いていたいものだね」

「あー。いま流行りのASMRってやつ? シュポンのみを1440分も聴き続けるなんて、修行もいいところだよ」

「そうかな。好きな曲だけを厳選した性癖の塊みたいなプレイリストなら、かなただってずっと聴いていられるんじゃない? 86400秒なら一瞬だと思うけど」


 論破されてしまった。さすがは蛍。理路整然としていらっしゃる。

 ラムネに口を付ける。冷たくてしゅわしゅわでサイコー。蛍のほうを見ると、退屈そうに瓶のなかに落ちたガラス球をころころ転がして遊んでいた。

 目が合う。蛍はラムネのガラス玉に興味を失くしたかと思えば、急に口を開いた。

 

「かなた……こんなところに寝ているだけで終わっていいの?」

「どうして?」

「ボクはともかく、かなた。きみには何か、やることがあるんじゃない?」


 示し合わせた訳ではないが、おそらく同時に私たちは、砂浜で遊ぶ班のみんなを眺めた。賢一くんたち4人が2対2でビーチバレーをしている光景だ。


『ゆき~、いっくよ~!』

『任せて頂戴。渾身のゆっきーバズーカをお見舞いしてやるわ!』

『おい、雄二! ゆっきーバズーカ来るぞ! 構えろ!!』

『ええっ、また!? 五反田さんっ、今度は僕のほうじゃなくて賢一を狙ってね!』


 ゆきが自分の名前を冠した必殺技らしきアタックで、賢一くんのチームに止めを刺そうとしていた。私はもちろん推しの賢一くんを応援するが、蛍は敵側――ゆきの味方に付くらしい。

 賢一くんがんばれ。胸の内でそう呟いたが、


『ぐはあぁっ! やっぱり僕の領域にゆっきーバズーカがぁあ……!』

『ズルいぞ、五反田ァ! 雄二のところにばっかりゆっきーバズーカを!!』

『反則でもないのだから文句は言わせないわよ。そういうゲームだもの。バレーに限らずとも、卓球とかも元来、相手の陣地にボールを叩きこむスポーツよっ』

『やったーっ! これで4対2だよっ! あと1点で勝ちだあ!!』


 弐宮がポンコツ過ぎて点を決められてしまう。なにあいつ。賢一くんと同じチームなのが許せない。ぐぬぬ……弐宮の分際で賢一くんを辱めないでっ。

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