第9*話
それからボクはワタシを知らない場所で、高校生になった。最初からボクがボクだったことにしたくて、制服を男子のものにした。ブレザーをいちばん大きなサイズにしたのに、それでも胸が苦しかったので、さらしを巻いたりした。
友だちはできなかった。当然だ。その頃のボクはいま以上に警戒心が強くて、誰にも近付こうとしなかった。特に男子は、同じ空間に居るだけで吐き気がした。
『ねえねえ、ユキは知っているかな。C組の変人クンのこと!』
『変人……? どういう感じで変なの?』
『もしかして、知らないの? 入学してからもうだいぶ経つのに、未だにひとりで居るヤツのことだよ! 屋上でたそがれまくっているヌシなんだってさ! でも――』
そんな噂を耳にすることもあったが、もちろん聞き流した。世のなかにはひとりで過ごしていたほうが気楽なタイプの人間だっている。群れていないと噛みつけないタイプだって。でもそれを否定する気にはなれない。だって、どうでもいいもの。
――ボクはボクだけを満たしていれば、それで構わない。他のヒトに時間を割く余裕はない。他人に愛されることがどれだけ不幸せなことか、ボクは知っている。
「……やっぱりボクは、ここがいちばん落ち着くなあ。教室なんかよりもずっと」
雑音のない静寂が心地よい。基本的に授業のない時間帯はこの屋上で過ごしている。ボクのセカイは青空だけで完結している。これから先に進むことはない。
物語として語るには惜しいほどつまらないかもしれない。だけどこれは、どうしようもなくボクのすべてなんだ。限りなくゼロに近いマイナスだって、ボクはボクだ。
「……とはいえ、ここに来るのはブレザーを脱ぐためなんだけど」
仕様の異なる制服を着るのは、すごく慣れない。身体にフィットしていないぶん、長く着用するのはストレスが溜まる。かといって、ブレザーを脱いでしまえばボクがワタシだということがバレてしまう。夏が来たらどうしよう。暑いだろうな。
でもそんなの、些細な問題だ。暑いのは我慢すればどうにでもなる。汗を多く掻くかもしれないけど、不幸なワタシを拾うのだけはボクが許さない。絶対に。
「――あれ、先客が居たの?」
そんなくだらないことを考えていると不意に、背を向けていた屋上のドアの錆びた蝶番が不快な音を響かせた。誰かが入ってきたので、慌ててブレザーを羽織る。
「ええと。きみもこの空を見に来たのかな?」
それだけ答えて、再び手すりに凭れ掛かる。考えてみると、ボクとして誰かと話すのは初めてだ。いきなり実践かよ。やっぱり声を低くしたほうが良いのかな。
「ええ、まあ。そんなところかしら」
女の子の声だ。やけに透き通っていて、なんの曇りもない。晴れやかで、しかし少しだけ悲しみを含んだような、脆くて柔らかい声だった。
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