第5話

 なつと賢一が談笑しているあいだ、行き場を失ったので僕はひとり虚しく自分の席に着く。隣の席の少女――五反田さんは真剣な表情で読書をしていたが、僕の視線に気付くと、少し微笑んだ風に顔をあげて話し掛けてきた。


「おはよう、弐宮くん。ずいぶんと肌の発色が良いみたいだけれど、素敵なことでもあったのかしら? それとも、化粧水でのスキンケアを普段の倍でやったの?」


「おはよう、五反田さん。素敵なことか……確かにあったよ、昨日。そういう五反田さんは僕と違って、哀愁感が半端ない感じがするけど、大丈夫なの?」


「なんとなく体調がすぐれないのよね。五月病の類だとは思うのだけれど。今朝から悪い夢を見ちゃって、あまり眠れていないのも可能性としてあるかもしれないわね」


 夏が始まる晩春の季節だというのに五月病はないだろ、という卑劣な指摘は飲み込んでおく。女の子の体調のことをからかうのは、男として最低な行為だ。


 少し考えて提案してみる。やんわりと五月病の可能性を否定して。


「食欲もないって感じなら、夏バテかもね。そういうときはあまり無理はしないで保健室に行ったほうがいいかもね。なんなら、僕が連れて行こうか?」


「お気遣いはありがたいけれど、ひとりで大丈夫よ。あなたはなつの傍に居なさい。精神が不安定で危なっかしいの。特になつと彼を近づけさせないほうが良いわ」


「……?」


 五反田さんはアイコンタクトだけで彼――二取くんを示した。物憂げな表情で頬杖を突いて窓の外を見つめる二取くんは、なんだかアンニュイな雰囲気があった。


 同年代であるはずなのに、大人びて見える。彼の口調は理性的で、やけに言葉巧みな精緻さが窺える。どこか影を落としていて、闇を孕んでいる気がする。


「――うん? 真後ろでボクの陰口とはなかなかのメンタルだね、五反田ゆき」


「別にあなたの話をしていた訳ではないのだけれど。ねえ、弐宮くん?」


「え、えっと……」


 言葉に詰まる。だってしょうがないじゃないか。ふたりとも、威圧感のある佇まいで、現場の空気をひとつも手放してくれないんだ。こんなの、勝てないよ。


「そんなことより、弐宮雄二。ボクの恋人に変なことはしていないよね?」


「も、もちろんだよ。今朝は一緒に登校しただけで疚しいことはなんにも……!」


「ふうん? その割には聞いていないことも冗長に喋るみたいだけど?」


 や、やばい。心臓の鼓動が早くなって、冷や汗が止まらない。上手く取り繕いたいけど、二取くんに嘘は通じなさそうだし、どうしよう。わりとパニックだ。


 五反田さんに目配せしようとしたが、体調の良くない彼女を頼るのは気が引けた。あとは僕が適当にハッタリをかますしかないってことか。よし、やってやる。


「お、幼なじみのよしみってやつだよ。だから細かいことまで言っちゃった!」


「その結論はまったく分からないけど、きみの冷や汗の量に免じて見逃してあげるよ。命拾いしたね、弐宮雄二。でもあまり調子に乗られると困るからやめてよね」


 助かった、のか? だいぶ情状酌量な気もしなくはないが、まあいいや。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る