第10話

「えい!」


「ひゃあ、んっ……な、何をするの!?」


 乾いた衝撃のあとに、脳の奥でたぶん火花が散り、僕は身体のバランスを崩す。数秒のタイムラグがあって、五反田さんにビンタされたのだと意識する。


「あっ……ごめんなさい。いくらシンプルにセクハラされたとしても、ビンタが強すぎたのは謝らないとね。弐宮くん、立てるかしら?」


「いや……僕のほうこそごめん。ちょっと冷静じゃなかったみたいだ」


 いっときの感情に身を任せたとはいえ、さすがに女の子の胸を鷲掴みにするのはどうかしていた。でもこの一撃のおかげで五反田さんの奇行も収まった。


 それにしても、柔らかかった。できたてのパンでも触っているかのようで、食べたら美味しいんじゃないかって思ったくらいだ。もちろん、冗談だけど。


「ほら、弐宮くん。さっさと立ちなさい。セクハラの余韻に浸らないで頂戴」


「べ、別にそういう訳では……まあ、その通りなんですけど」


 視線を尖らせながらも、五反田さんは手を差し伸べてくれる。ここはひとつお互いさまということで、是非とも水に流してほしい。ご検討お願いします。


「きゃあっ!?」


「え、なに!? ……って、うわあっ」


 心のなかだけで冗談を言っていると、なぜだか五反田さんの身体がこちらに傾いてきていた。僕は少し反応するのが遅れて、そのまま彼女の下敷きになった。


 先ほど感じた柔らかさに包まれ、僕は後頭部に衝撃を受けて――暗転。

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