夢物語
@shion1475
少女との出会い。
神木 ゆうたは学校が終わり、決まった帰路に沿って家へ帰っていた。季節は春、今年で高校1年生となった。そんな神木は明日からの胸踊る高校生活に期待していた。神木ゆうたの家から学校は遠く、往復2時間はかかる。無論、電車を利用してこれだ。電車を利用してるとはいえ学校に行き来するだけで疲れる。正直、すでにこの高校を選んで後悔している。辛い。そして、長きに渡る旅を終え、我が家の最寄り駅の名古屋競馬場駅で降りた神木は、駅構内にある自動販売機に寄った。自他共に認めるコーヒー好きの神木は、ホットコーヒーを購入した。登下校の唯一の楽しみは、このミニカフェ屋のコーヒーになりそうだ。
「ん、あぁー。うーん。やっぱ微糖だな。」
家のコーヒーメーカーではブラックだが、自動販売機のコーヒーは微糖に限る。異論は認めない。小学校の頃よく母親の影響もありコーヒーばかり飲んでいた神木は、そのせいかコーヒー好きになっていた。コーヒーは美味しい。周りの友達はなかなか理解してくれない。なぜこの美味しさが分からないのだろう。あ、そういえばこの美味しさを伝える友達と呼べる奴はいなかった。神木は悲壮感を胸に抱き。今年こそと友達を、あわよくば恋人を作る事を決心した。
人の出会いは突然に。変わらぬ日常から生まれる。
「ただいまー。……って1人か。」
神木ゆうたの母はまだ仕事で家にはいなかった。仕事熱心な神木ゆうたの母、神木美奈子は、とにかく真面目だ。きっと今日も疲れて帰ってくるに違いない。母のためにお湯を沸かし、慣れた足取りで3階の自室まで行った神木は、ベットに横になった。六畳程度のその部屋には至る所に本が転がっていた。
「暇だなー。」
と神木は片手にスマホを持つ。なにをする訳でもなく。ただ、スマホによって時間を費やしていた。暇な時のスマホという名の相棒は、時を忘れさせ気づいた時にはもう数時間と経っている時もある。自分の悪い癖だと神木は反省する。ふと、神木はいつもならあるはずのないアプリのアイコンに赤い玉みたいな物が、つまりメールの通知がある事に気づく。母親か?と特に疑問を持つことなくメールを開くと。そこには。
「私と付き合ってください。返事は明日の放課後、特別教室棟屋上にて待っています。」
「………………はぁ?」
思考が整理できていない。つ、付き合え?って。まず誰だよこいつ!?とツッコミを入れるのを我慢した神木は、心当たりのある人物を想像する。部屋の静けさが神木の思考をより活発化させる。よし、さしあたってまず間違いなく(告ってくる相手の)心当たりが無い。いや、待てよ。これは新手のイタズラだ。クラスの男子がふざけて、名無しで送ってきたに違いない。我ながら鋭いなと神木は自画自賛する。しかし。
「ふ、ふざけやがって!?」
色々な思考が過ぎって、怒りがこみ上げてくる。いかにも友達がいなさそうな雰囲気だからってっ!今度は自己嫌悪に陥っていた。よし、こんなのは無視だ。無視……。ふと、神木はその思考をストップさせる。いや待てよ…?これがもし、本当の女子の告白だったら?よく考えろ神木ゆうた。そもそも、よく考えたらいくらドS基質な野郎でもまだ入学式が終わったその日にこんな酷なイタズラするわけがない。やるとしても相手の弱味を握ってから実行するだろう。ということは?このメールが後者の可能性。つまり、本当に女子の告白という可能性が出てきた。そしてその場合女子の告白を無視する行為は社会的に死ぬ事を意味する。都合の良い解釈かもしれないが、それでも、と。神木ゆうたは不敵な笑みをこぼす。何かを決心した神木ゆうたはベットから立ち上がる。
「何がどうあれ。明日に、屋上に行けば分かることだ。俺の時代が来た。」
明日の放課後。
やばい。やばい。やばい。やばい。神木ゆうたは現在、返事をしに屋上……ではなく。職員室に強制出向させられている。クソっ!こんな時に限って、放課後職員室呼び出しなんて。早く行かないと。職員室は先生と生徒の出入りのせいか、やけに騒がしい。特に、あの体育の教師は暑苦しいく騒がしい。
「はい、分かりました先生。もう授業中寝ないので許してください。ほんとすいません。なのでもう帰っていいですか?」
「いいやだめだ。君は反省していない。その態度は人に謝る態度じゃないぞ神木。まったく。」
と神木の担任教師の森田香苗は言った。ロングヘアにスーツが良く似合う森田香苗は呆れ顔で仁王立ちしている。神木とほぼ変わらない170cmほどの身長の先生は、女性の中では高身長だ。見てくれも悪くなく、神木が森田香苗と同じ年齢だったら、さぞ惚れていたことだろう。しかし何故だろう。この人からは、なぜかそこはたとなく独身オーラが漂っている。地雷をふみそうだから、あまり触れないでおこう。
「それだけじゃない、君は今日の授業全て集中してなかったそうではないか。数学の木村先生。国語の秋田先生。英語の高橋先生も。君のことに関して報告があった。授業が始まってすぐにこの報告の量は危惧すべき問題だ。なにかあったのか?」
「あ、いえ、何でもないです。ちょっと寝不足だっただけです。いや、本当に悪いと思っています。明日から切り替えるので、もう帰っていいですか?」
「いいわけあるか!……あと、時計ばかり気にしているが何か用事でもあるのか?」
「はぁ、まぁ、ちょっと家の用事が……。」
森田香苗の尋問に対して、神木ゆうたは焦る。早く行かないと。女の子を待たせてるかもしれない。そんな事で頭の中はいっぱいなのに。そんな、急いでいる神木に気を遣ったのか森田先生は。
「まぁ、今日はもう帰りたまえ。次回からは真面目にやってくれる事を期待しているよ。」
「はい。失礼しました!」
バダン!!神木は解放された嬉しさのあまり力強くドアをしめてしまった。教員の視線が気になったが、今はそんなことどうだっていい。これで、メールの相手に会える。そう思うと廊下を進む足取りが速くなっていく。そして、あっという間に神木は屋上への入口に着く。このドアを開ければ、メールの真偽は判断できる。神木は淡い期待に緊張し、足がすくんでいた。また、ここまで来たはいいものの、何も返事を考えていない。まずい。どうしよう。早く行かないと…。これ以上待たす訳にはいかない。既に30分くらい遅刻だ。最も時間など細かく設定されてない訳だが。だが、これは神木自身が問題にしていることであって、周りが善悪を判断できるものではない。あぁー頭が真っ白だ。神木は焦燥感に苛まれ変な汗が出る。緊張と焦りで脳が破裂しそうだが、ここで行かないと男じゃない!と、神木は勢いよくドアを開ける。すると、そこには1人の女の子が立っていた。肩まで掛かった美しい黒髪に整った顔、どこか幼さを残す愛らしい顔立ち。清潔感のある制服姿。遠くからでもわかる大きな美しい目。まさに、美少女と呼ぶべき人物がそこに立っていた。神木は、あまりの美しさに見とれてしまっていた。すると、その少女が神木の姿を確認してこっちに歩いてくる。それを見た神木はこれが夢ではなく現実だと自分に言い聞かせ、できるだけ無様な姿を晒さぬよう姿勢を整えた。取り敢えず女の子がいたが、まだ慌てる時じゃない。この子があのメールの人とは限らないのだからっ!正直この時点で神木ゆうたは、あのメールが本気だと1パーセントも疑ってなどいなかった。確信していた。この子が告白してくれた人だと。いや、それはむしろ神木ゆうたの願望に近かった。そして、神木の目の前まで来た少女は、細くて弱々しい腕を後ろに持っていき。
「私は、昨日連絡をした者です。名前は、広瀬イズムといいます。神木くんの返事を聞かせてください。」
イズムはそう言うと真っ直ぐ神木の目を見る。やはり、この子が昨日の……。返事は、返事は…。こんな可愛い子に告白されたんだ。素性も知らないし初対面だが。こんなチャンスは人生で一度きりしかない。そうだ。思えばメールが来た時点で神木ゆうたの答えは決まっていた。断る理由がない。付き合った後にでも関係を深めるのも遅くないはずだ。ましてや美少女だ。そして、神木ゆうたは最初から決めていた返事をした。
「あ、あの、はい。俺で良ければ。宜しく御願いします!」
おかしい。神木ゆうたは目の前の自分の彼女ことイズムを見てそう思う。あれから、1週間が経ち初めてのデートだ。神木ゆうたと広瀬イズムは人気の少ない、落ち着いた雰囲気のカフェでお茶をしていた。お互い遠慮がちでシャイなイズムは手を繋ぐのも恥ずかしそうに……なんて期待していた時期があった。いや、今もそうであると願いたいが。
「ゆうた。この世界ってなんなんだと思う?」
とイズムは突然話題提供と呼ぶにも抵抗がある訳の分からん質問をしてきた。
「何。どういう意味だ?」
「聞き方が悪かったわね。この世界が、本物の現実だと思うかしら?」
神木はイズムの質問に動揺を隠せなかった。イズムの言っている意味が分からない。いや、分かりたくない。もしかしなくても、イズムって思春期の子にありがちなあれか?
「いやぁーー、ちょっと何言ってるか分からない。」
「その様子じゃ、何も知らないようね。」
「何がだよ?」
「この世界の秘密。」
「……」
間違いない。と神木は心中で確信した。いわゆる中二病だ。嘘だと信じたい。信じたいが、『世界の秘密』とか言ってる時点でもう重症。早く更生してあげないと。神木は軽いショックと共に、話を変えるよう促す。
「それより、イズム。お前の口調、最初に屋上で会った時に比べて随分違うようだが?」
特に意味もなく。ただ、会話の接続をとぎらせないよう軽い気持ちで質問した神木。それがイズムの話をさらに飛躍させるとも知らずに。すると。
「よく聞いてゆうた。単刀直入に言うわ。この世界は、ある作家が描いた夢物語なの。私たちがこうして付き合って、現在に至るまで全てがその作者の筋書き通りに進んでいるわ。私がゆうたとあった時に使っていた口調は作者がそう設定したもの。」
神木は悵然とした。前言撤回しよう。これは、重症ではなく死傷で、すでに手遅れな状態だ。
「えっと……。まず、どこから突っ込んだ方がいいかな?」
「どういう意味よ。こっちは真剣なんだから真面目に聞いて。」
「いや、聞いてるけどさ。さっきから作者がどうとか。訳がわからん。」
すると、イズムふ何か考える素振りをして。
「ゆうたは小説とかよく読むわよね。」
「まぁね。」
「どんな小説でも、その世界を1秒単位で表現する作品はないわよね?」
「うん。それが?」
「つまり、今こうして話している時間はその作者が描いてない私達の本当の日常という事。」
「仮に、あくまでも仮にだが。イズムの話が本当だとして。何でイズムにそんな事がわかるんだ?」
と、神木は嘲笑混じりの笑みでイタズラな質問をイズムに投げかけた。馬鹿げている。そう内心思った。科学を知らない神木でも思う。非科学的だと。哲学は割と興味がある神木でも、この話には流石に乗り切れない。そんな神木の態度を凝視しているイズムは、表情ひとつ変えずこう繰り返す。
「この世界はおかしいと思わない?」
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