第1章 居候は雪と狼
居候は雪と狼
少しずつ明るくなり始めた十一月下旬の朝。まだ太陽も完全に上り切っていない早朝の中でカーテンを全開にして外を眺めているのが相馬亮人そうまあきと。
まだ十七歳と高校二年という社会的立場を持ち、一人では大き過ぎる一軒家で健やかな日常を過ごしている。
寝癖も酷く、目が覚めたとしても他人からは眠たそうに見える瞳。無駄な贅肉も殆どなくて、それでも骨ばかりなのでもなく、要するに特徴的な部分が見た目には少ない。そんな高校二年。
そんな彼も朝早くから起きては、
「今日もいい天気だなぁ、お前もそう思うだろ?」
「ニャッ!」
愛猫のクロを優しく抱き寄せて外を一緒に見ていた。だが、そんな彼の愛猫のクロは「まだ眠いっ!」と言った感じに暴れては、まだ亮人の温もりがある温かいベッドの中へと潜り込む。
「起こしちゃダメだったかな?」
亮人が起きた時間は午前五時。クロなどの動物もまだ眠りに就いている時間だ。
だが、亮人の起床時間は毎日このくらいで、時々はクロと一緒に外の天気を見たいと思ったのだ。
そんな亮人は少し残念そうにクロが潜り込んだベッドを見つめながら、二階にある自室から一階のリビングへと降りて行った。
「さてと、今日の天気予報を確認しておこうかな」
リビングの机の上に置いてあるリモコンを手に取ればテレビの電源をつけてニュース番組に合せる。
最初の十分程は普通のニュースをしているがその後には天気予報が流れ、亮人はそれを確認しながら冷蔵庫から牛乳をコップへと注ぎ、ゆっくりと口に含む。
毎朝の一連の動作。それを淡々と熟しながら亮人はテレビを消した。
「今日は快晴……いい天気だね。本当、毎日こんな天気が続けばいいのになぁ」
誰に話しかけるわけでもなく、亮人は独り言のように口を動かしてはもう一度牛乳を口に含み、喉へと通す。
「少し味が落ちたかな?」
お気に入りの牛乳。毎日のように飲んでいれば、少しでも味が変わればすぐに分かるようになっていた。
「今日は残念なことが多そうな一日だよ……どう思う?」
『さぁ、私には分からないわね。最近まで私たちの存在を知らなかったあんたに教えるようなことは何一つないわ』
亮人の語りに返事を返した存在。
この家には亮人以外には人は誰も住んでいない。住んでいるといえば愛猫のクロくらい。そんな中で亮人に返事を返した存在。
「それよりもさぁ、俺から離れてくれないかな? 結構、近くにいられて寒いんだよね、君って」
『そりゃ、私も分かってるわよ。だって、私は雪女なんだから』
そう、相馬亮人には人間ならざる存在が目に見える。これもつい最近になってから。
彼自身もなんでいきなり見えるようになったのか知りたいところだろうが、それは誰も分からないこと。病院に行こうが、神社に行こうがどうしようもないこと。だから、亮人は自分の成り行きを真摯に受け止めている。
「わかってるよ。でも、雪ちゃんが近くにいると寒いんだよね……お願いだから、もう少しだけ遠くにいてくれないかな?」
亮人の目の前にいるのは雪女。絹のように綺麗な肌を持ち、そして白い装束を着ている。そして、白く長い髪が腰当たりまで伸びている。その姿はそこらへんにいるような女子高生と同じようだ。
雪女曰く、『まだあんたと同じ十七歳よっ!』ということ。
亮人から見て、雪女は普通の女子なんかよりも美人に見える。
『ゆっ、雪ちゃんって、どんな呼び方よっ!? 亮人っ、あんたは分かってるの? あんたがどれだけ私たちに必要な存在なのかが』
「まぁ、いきなり雪ちゃんが見えるようになった時に教えてもらったからね。俺はあれなんでしょ? 妖怪の女の子に健康な子供を授ける。要するに婿養子的な感じでしょ?」
『簡単に言えばそうだけど……そんな簡単な話じゃないのよ? 私達が生き延びていく為には、私達の存在を確認できる人間じゃないといけないの。だけど、最近はそんな人間が少なくなってきたから、亮人みたいな人間は妖魔にとって重要視される存在なの』
「うん、そうだね。それで雪ちゃんは朝ごはん何が食べたい? 今なら何でも作ってあげるけど」
『あ、朝ごはん? そうねぇ……なら、日本料理らしく焼き魚が食べたいかも。雪女って雪ってついてるせいか、温かい物食べられないってイメージ付けられてるけど、実際は温かいご飯だって食べるんだから……』
「わかった、じゃあ今日の朝ごはんは焼き魚にしようか。雪ちゃんも食べるなら、食器とか出して貰ってもいいかな?」
『わかった、どの食器ならいいの……って、話を脱線させないでよっ』
「はは、バレちゃったかぁ……残念」
亮人は細く苦笑いしながら雪女を見つめる。そして、冷蔵庫の中から鮭を取り出して、油を敷いたフライパンの上へと載せて焼き始めた。
頬を膨らませながら見つめる雪女は少しだけ怒りたい気持ちを抑えて、目の前で自分の分の料理を作ってくれている亮人を見つめている。
何でこんな奴が私たちの事を見れるんだろう……。
単純な疑問を抱いた雪女は少し照れくさそうにしながらも、食器棚から丁度いい大きさの食器を取っては、亮人の横に置いて行く。
「ありがと、雪ちゃん。焼き終わるまでテレビでも見ててくれないかな? 他にもお味噌汁とか一緒に作りたいから、一人でキッチン使いたいんだ」
『うん……わかった』
結局雪女は妖魔がどれくらい人間を必要としているのか話せずにはぐらかされた。
テレビのリモコンをちょこちょこと弄る雪女に、そんな彼女の事を気にも留めずに一緒に暮らす相馬亮人。
この二人はこの二週間もの間、毎日のように同じことを繰り返しながら一緒に生活をしていた。
「雪ちゃん、ご飯出来たよ」
『ありがとう、亮人』
「どういたしまして、それじゃあ早く食べて俺は学校に行こうかな」
亮人と雪女、その二人の姿はまるで新婚夫婦のような形だが、雪女は普通の人からは見られることはなく、そして亮人は普通の人たちからは特徴が無い人間だと思われている。
秋の早朝からこんな風景が見られるのはこの相馬亮人の家だけ。
亮人の物事に対する許容量も凄いが、雪女の亮人に対する態度も普通ならあり得なかった。
一般の妖魔たちは人間を種族繁栄の存在か、自分の食料としか人間を認識しないが、雪女はそんな認識は一切なく、まるで家族のように接している部分がある。
そして、そんな雪女の事を自分の家族のように迎え入れている亮人も普通の人から見れば凄かった。
それは亮人の人生がさまざまな出来事に苛さいなまれたことで得られた心の許容量だが、それでも亮人の人格の賜物。
「雪ちゃん、俺は学校に行ってくるからその間に、食器とか洗っといてくれる?」
『うん。わかったから早く学校に行ってきなさいよ。もう学校まで時間無いわよ?』
「ほんとだ……走るの嫌だけど、行ってくるね」
『行ってらっしゃい。ちゃんと帰って来てよ?』
「帰ってくるから安心して待ってて」
高校の制服を身に着けた亮人は急いで玄関まで駆けて革靴を履いて、猛ダッシュで玄関を飛び出していく。
そんな光景を見送る雪女は亮人に言われた通りに食器を全部洗ってから、亮人の部屋へと戻って行った。
『今日は亮人が帰ってくるまでゆっくり寝てよう』
亮人がいなくなった家を荒せるという状況でも、雪女はそんなことをせずに静かに亮人の帰りを待つ。
そして、雪女は亮人が毎日のように使っているベッドの上で布団を掛けながら眠りに就いた。
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