第34話 遊園地-トークショー-
次に乗ったのは、キャラクターと会話が楽しめるという客参加型のアトラクションだった。
そのアトラクションは港に停泊した客船の中にある。
ミラとネネは客船の大きさに圧倒されていた。口をぽかんと開けて船を見上げているもんだから、面白くてちょっと笑っちゃったよ。
ミラ曰く、エンケラドスは星全体が氷に覆われており、川なんかも基本的に凍っているので巨大な船は海に行かないと見られないのだそうだ。
随分と寒い世界なんだな、エンケラドスってのは。
まあ、彼女の話す空想話にわざわざツッコミを入れるつもりはないけどな。
「それでは、足下に気を付けてお進み下さーい」
係員のお姉さんに先導されて、巨大な画面が設けられた部屋へと通される。
客席がずらりと並ぶ様は劇場のようだ。
「わくわくしますね、櫂斗さん」
僕の隣の席に座りながらミラが話しかけてくる。
僕はそうだなと適当に相槌を打って、椅子に腰掛けてふーっと大きく息をついた。
何でもこのアトラクションは、キャラクターの方から客を指名して質問を投げかけてくるらしい。
僕は人見知りというわけではないが、こんな大勢の人がいる中で大声で会話する度胸は流石にない。
どうか指名されませんように。そう願う中、トークショーは幕を開けた。
軽快な音楽に乗って、キャラクターが画面に現れる。
彼(?)は画面の中を泳ぎながら、こちらを覗き込むような仕草をして饒舌に喋り始めた。
なかなか話の上手い奴だ。ただ聞いているだけでも結構面白い。
「それじゃあ……俺の方から、質問させてもらおうかな」
さあ、向こうから話しかけられる時が来た。
一体誰が指名されるんだ?
「そこの……左から四番目の列の、前から十番目の席に座ってる、頭に金色の海藻を生やしてるお姉さんにしようかな」
専用のマイクを持った係員のお姉さんが、キャラクターの指示に従って席の間を移動する。
……え、ひょっとしてこれって……
係員のお姉さんは、ミラの前で立ち止まった。
ミラは自分に差し出されたマイクをきょとんと見つめている。
まさか、ミラが指名されるとは。
あれか、見た目が金髪で日本人離れしているから目につきやすかったのか?
「こんにちは、お姉さん」
キャラクターがミラに話しかける。
ミラはマイクを両手で握って、笑顔でそれに答えた。
「こんにちは!」
「早速だけど、君の名前を教えてくれ」
「名前ですか?」
彼女は一呼吸置いて、名乗った。
「ミラ・ウェルズ・ロクシュナと申します。ロクシュナ王国の第一王女です」
馬鹿、余計なことは答えなくていいんだっての。
ああ、ミラに注目している客たちの頭の上に疑問符が浮かんでいる。
キャラクターはほうと関心を示した声を漏らした。
「ほう、君は王女様なのか。凄いな。一体何処から来たんだ?」
「エンケラドスから来ました」
エンケラドスってなーに? と小さい子供が親に訊いているのが聞こえる。
そうだよな、普通はそういう疑問を抱くよな。あんたたちの反応は正しいよ。
他人のふりしてよう。僕はそっとミラから視線をそらした。
「エンケラドス……何だか凄そうな名前の場所だな。そんな場所からわざわざ来たってことは、何か目的があるんだろ? さぞかし凄い目的なんだろうな」
この流れ……何か嫌な予感が。
僕はミラを肘で小突いた。
「おい、ミラ、余計なことは言うな……」
「私がこの星に来た目的は、櫂斗さんと子供を作ることです!」
……ああ、言っちゃったよ、この女。
うおぉ、と周囲がどよめく。ひゅう、と口笛を吹く音まで聞こえてくる。
僕は頭を抱えて俯いた。
キャラクターの方も、流石にこの返答は予想してなかったのか反応に困っていた。
しばしの間を置いて、何とか言葉を絞り出した。
「櫂斗……って、彼氏か? おい、櫂斗、いたら返事をしてくれ」
まさかのとばっちりかよ。
ミラから押し付けられたマイクを渋々握って、僕は答えた。
「……櫂斗です」
「櫂斗、ミラが、お前と子供を作るのが目的だと言ってるが、子供を作るってことは……その、色々とやるんだろ?」
何なんだ、その質問は。
こいつは公衆の面前で僕に何を言わせたいんだ。
僕は髪を掻いて、適当に相槌を打った。
「ええ、まあ……そんなところです」
「そうか……」
再び沈黙するキャラクター。
「まあ……うん、その、何だ。頑張れよ」
おい、質問するだけしといてその反応かよ。
今のくだり、僕が好奇の目に晒されることになっただけじゃないか。
どうせならアドバイスのひとつでもしてほしかったっての。
あははは、と湧き起こる笑い声。ぴーぴーと甲高い指笛の音が時折笑い声に混ざって鳴り響く。
「ありがとな、ミラ、櫂斗」
ミラはキャラクターと会話ができたことが嬉しいのか、にこにこと満面の笑みを浮かべてキャラクターを見つめていた。
僕は溜め息をついて、マイクを係員のお姉さんに返却した。
本当に、人生はいつ何が起こるか分からないものだな。
なおも続くキャラクターの語りを聞きながら、僕は内心そう思った。
「楽しかったですね!」
上機嫌で船を降りるミラの斜め後ろを歩きながら、僕は腕時計を見た。
もう昼飯時か……そろそろ飯を食べる店を探さなきゃいけないな。
「姉様だけずるい。私も話したかった」
むぅっと頬を膨らませるネネを宥めて、僕は鞄からマップを取り出す。
それを広げて、二人に言った。
「喧嘩するな。そろそろ昼飯食いに行くぞ」
「御飯」
ぱっ、とネネの表情が明るくなる。
「何が食べられるの」
「ちょっと待て。今レストランを探してるから……」
食事処は、パーク内に結構設けられているらしい。エリアによって店の雰囲気や食べられる食事の種類が変わるようだ。
パスタが自慢のイタリアンの店から、ちょっと風変わりなキャンプ飯が味わえる店、など。
どうせなら、普段は食べないような料理が楽しめる店がいい。せっかくテーマパークに来ているんだから、食事もアトラクションの一環だと思って楽しまなければ損だ。
「……そうだな」
僕は目星を付けた店の名前を指差した。
「此処なんて良さそうだ。自然の中で食事が楽しめる店、ってある」
その店は、此処からはちょっと距離を歩いた場所にある。
まあ、迷わず行けば五分もかからないところだ。
「とりあえず、歩くぞ」
マップを鞄にしまう僕の腕に、ミラが抱き付いた。
「何だよ、ひっつくな」
「はぐれないようにしないと、櫂斗さんが心配するじゃありませんか」
「はぐれるなとは言ったけどいちいち手を繋げと言った覚えはないぞ、僕は」
空いている方の手をネネが無言で掴む。
この姉妹は、どうしてこうも僕の体を触りたがるんだ。意味が分からない。
僕は半ばミラに引っ張られる形で、目的の店を目指して大通りをまっすぐに歩いていった。
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